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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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〈リーザ〉Madion Bleeds For The Blessing 6

 目を覚ますと、彼女の姿があった……。



「シェイラ……」


「大丈夫?」


 彼女は、いつものように穏やかな笑顔を浮かべながら、聞いてきた。

 ベッドのとなりに椅子を置いて、シェイラはそこに座っていた。わたしがうなされているから、こうやって付き添ってくれていたんだ。

 珍しいことじゃない。

 悪夢から目を覚ますたび、彼女はそうしてくれていた。


「あ……うん」


 嫌な夢の切れ端が残っていて、ひどく気分が悪い。吐き気がする。頭痛がする。全身が熱くて、冷たい。

 だけど……額に置かれたシェイラの手のひらのおかげで安心できる。

 わたしが身体を起こすと、彼女の手がそっと離れた。


「え、と……」


 今は夜中だと思う。

 吸血鬼になってからは、暗い所でも目は見えるけど、今までとの違いに時々こうやって戸惑うことがあった。


「……ねえ、リーザ」


 ふと、シェイラがそう言った。


「え? な、何」


「お茶でも飲まない?」


      ◇ 


 わたし達は寝室を出て、居間に向かった。

 シェイラがランプに灯をともしてくれた。やっぱりこの方が落ち着く。

 カップをふたり分用意してから、ひとり腰掛けて待つことしばし……シェイラが湯気(ゆげ)の立つポットを持ってやってきた。

 わたし達は向かい合って、カップをすする。

 夜中に、ふたりだけのお茶会。彼女の用意してくれたハーブ・ティーはとても温かく、気分が落ち着いた。


「ふう……」


「おいしい?」


「え? う、うん」


 わたしが頷くと、シェイラは嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。お代わり、まだあるからね」


 その笑顔はとてもかわいらしくて、どきっとしてしまう。同じ女の……だよねのはずなのに、何とも複雑な気分だ。

 そのまま、会話らしい会話もないままに、お互いに二杯目を飲み干す。

 シェイラの方はどうかは知らないけど、その沈黙が何だかはがゆい。

 何か話さないと間が持たないようなむずがゆさがわきあがってくる。


「………………」


 わたしはしばらく迷ってから、


「……ねえ、シェイラ」


「何?」


 それが相応しい言葉かはわからなかったけれど、訊いてみることにした。


「え、えーと……そのね。前から訊きたかったんだけどさ」


 でも、ちょっと思い切りが足りなくて、言いよどんでしまう。


「アルーヴァさんのこと……好き?」


「……え?」


 彼女の瞳が、ちょっとだけ揺れた。


「あ……あーっ、その、違くて!」


 今の自分の発言が、まるでわたしが『アルーヴァさんのことを好き』だって言ったみたいだったから、慌ててしまう。あたふたと手を動かすわたしは、さぞ間抜けに見えただろう。


「シェイラ……アルーヴァさんのことをどう思っているかなと思って……」


「…………」


 シェイラは、ただ黙ってこっちを見ている。

 もしかしたら、ぶしつけな質問だったかもしれない。

 不安と、少しの後悔。

 だけど、わたしは決してシェイラとアルーヴァさんの仲をかんぐって、冷やかしたかったわけじゃないんだから……。


「もし、ね……」


 ……ずっと気になっていたんだ。

「もし……シェイラがアルーヴァさんと一緒にいたかったのだとしたら……その、わたしのせいで離れ離れになってしまったでしょう? ……だから」


 その先は、喉に詰まってしまう。

 好きな人と離れなければいけない辛さや哀しさは、嫌というほど知っている。

 わたし自身、思い知っている。だから、もしもわたしのせいで彼女に同じ思いをさせているのだとしたら……ずっとそんなことを考えていた。


「……そうだね」


 シェイラは考えこむみたいだった。


「うん……好き、だと思うよ。自分でもどういう意味で好きかはわからないけど……」


 自分自身で、自分のことを考えている。


「ちょっと複雑なんだ。わたしとアルーヴァの関係はね」


 さらりとそう言ったけど、その時シェイラは微笑みはしなかった。

 それが、妙に印象的で……それ以上の追及はできないような気がした。


「え、と……一緒にいたい、てことだよね?」


「う……う、うん」


「確かに……そうだね。アルーヴァとは一緒にいたいよ」


「! だったら――」


 やっぱり、わたしのせいで……。


「……でもね」


 思わず声をあげかけたわたしに、シェイラは変わらぬ声で続けるんだ。


「だからって、ずっと一緒にいるのは違うと思う」


「……え?」


「……そのね。うまく言えないんだけど……」


 彼女自身、言葉にするのに戸惑っているみたい。


「一緒にいるだけで……それで、自分が何かできないのは違うと思う」


 彼女の言葉は胸に突き刺さった。

 痛くはないけど、とても激しく入り込んできた。


「わたしはね……少なくてもあなたを放っておけなかった。それが、アルーヴァと離れることだとしても、わたしは、あなたの面倒を見ることを選んだ。他の誰でもない。わたし自身が選んだことなんだよ」


 とてもまっすぐな言葉。

 その瞳は澄み切っていて、曇りない。


「…………あ」


「面倒を見る、なんてちょっと偉そうかな。あなたはわたしと一緒にいるの、嫌かもしれないけど……」


「そ、そんなことないよ!」


 わたしは思わず立ち上がって、大声で彼女の言葉を否定していた。そう言う彼女がどこか寂しげに見えたからかもしれない。幼い少女に見えて、胸が高鳴ったのかもしれない。

 わたしに色々してくれている彼女が、そんなことを口にするのが納得いかなったからかもしれない。


「そんなことないよ! その……シェイラ、かわいいし……そばにいてくれると安心できるし……!」

 

 だから、そうやってまくしたててしまう。

 うまく言葉にならないまま、口にしてしまう。

 頭のどこか冷静な部分が、何だかこれって告白みたいだな(しかも、女の子に)……とか思ったりしながらも、あふれ出す言葉はとまらない。


「えと……それから、それから……!」


「ありがとう」


 きょとんとしていたシェイラが、そう言って微笑む。

 不覚にも、わたしは心臓が跳ね上がるのを自覚してしまった。

 もうこれで、何度目だろう。

 こう、何だって……彼女の笑顔は、こうもわたしの心にあっさり入り込んでくるんだろうか? 

 何だか、ちょっと悔しい。


 本当に……外見はわたしよりも幼いくせに、シェイラはまるでお姉さんかお母さんみたいに思える時がある。そりゃあ、わたしよりも長生きのはずだから当たり前だと思うけど……。でも、きっとそれだけじゃない。


 きっと、彼女が彼女だから。

 吸血鬼だからとか、人間だからとか、そういうのとは関係なしに……彼女が他の誰でもない。シェイラという存在だから。



 ――きっと、わたしは彼女が好きなんだ。

 だから……わたしは頑張れる。

 彼女はいつかは、いなくなる。ずっと一緒にはいられない。

 それでも……大丈夫。覚えていよう。忘れないでいよう。

 彼女と過ごした日々。

 彼女と交わした言葉。 

 そして、わたしの中に、(イクス)への想いがあるならば……。

 わたしは、頑張れる。



 ……きっと、頑張れるはずだから。


 リーザの話は、ここで一区切り。次回は、挿話を挟み、紅い吸血鬼アルーヴァの戦闘となります。吸血鬼ものの、本領発揮です。

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