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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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〈リーザ〉Madion Bleeds For The Blessing 5

 そうして、シェイラとの共同生活が始まった。


 早速次の日に、彼女がわたしの家から家財道具を少しずつ持ってきてくれた。

 やっぱり人間じゃないんだなあ。

 その小さな身体で、ベッドやらタンスやらを抱えて持ってきた時に思い知る。でもその光景はどこかおかしくて、思わずくすり、と笑ってしまった。

 そのことに、きょとんとしていたシェイラにも口元がゆるんでしまった。

 まるですねたようなその顔は、とてもかわいかった。

 最初はまるで能面みたいで、無感情に見えた彼女も時折年相応(というのはおかしいと思う。きっと、彼女はわたしよりもずっと年上なのだろうから)の表情を見せてくれて……そのことがとても嬉しかった。


 ほんの時々の彼女の笑顔は、とても貴重だった。

 めったに見つけられない宝物みたいに。


 食料も彼女が用意をしてくれる。森の中で魚や獣を狩ったり、野草を採ったり。わたしの村から、時折パンや野菜も持ってきてくれた。

 その間、わたしが何をしているかというと……鍛錬だ。

 もちろん血を吸わなくても生きていけるようにするために。

 

 魔術で、直接生物から生命力を吸収する方法もあったらしいけど、それは却下した。やっぱり抵抗がある。

 覚えるのは、木々や草花から少しずつ力を分けてもらう方法と。月の光を浴びて魔力を生成する方法だ。理論はほとんど魔術や法術のそれだから、会得するのは大変だ。

 だってわたしは今の今まで、そんなものかじったこともない。

 才能のある者が相応の努力をして、ない者ならばそれこそ血がにじむような努力をして、ようやく会得できる奇跡の御業(みわざ)


 ちなみに『法術』とは人間が神の力を借りて行使する神秘の御業。

『魔術』とは、悪魔やそういった存在が邪悪な力を源に行使するものだとされている。


 だけど、今のわたしにとってはその違いなんてどうでもいい。

 ヒトでなくなった代償として、才能を得ることはできたかもしれないけど、それでも楽な道のりではない。


 でも、やりとげなくてはならない。

 そう――血を啜る化け物にならなくてもいい道があるならば。

 村のみんなには、わたしは森の中で治療をしていると言ってあるらしい。


「あなたが吸血鬼になったってことは、まだ言っていないから」


 シェイラはそう言っていた。

 それは、きっとわたし自身の問題だから。彼女が言うべきことではない。わたしが村に戻った時に、わたしが自分で口にしなければならないことなんだ。


「ロゼッタっていう子が、あなたのことずいぶん心配していたよ?」


 それは、昔からずっと仲のいい友達の名前だった。

 彼女も無事だったんだ。


「みんな、無事だったんでしょ?」


 アルーヴァさんに彼女はそう言っていたのを思い出す。


「ひどい怪我とかしている人は、いなかったの?」


 だとすると、殺されかかったのはわたしだけなのかもしれない。ほんと、運が悪い。

 ちくり、と胸がうずく。


「ううん」


 シェイラは首を振った。


「そうだね。普通に手当てをしただけでは間に合わない人もいっぱいいたと思う」


「普通の手当てじゃない……?」


「わたしが、治癒の魔術で治療をしたの」


 さらり、と言う。それこそ他愛もないことだと、でも。

 だけど、そんな簡単なもんじゃない。あまりくわしく知っているわけではないけど、治療の魔術は、数ある魔術の中でも習得がとてつもなく困難なもののはずだ。

 教会の魔術師――確か、教会では『法術師』というけれども。その中でも、数える程しかいないらしい。

 教会に属さない……それは異端と称される数多くの魔術師の中でも、同じだと聞く。


「へえ、すごいんだねシェイラは……」


 あれ? 

 でも、疑問が浮かぶ。吸血鬼は確か、そういった治癒魔術なんか必要ないくらいにとんでもない再生力があるはずでは?

 その疑問を口にすると、シェイラはこう答えた。


「だって、それじゃあ自分以外の人を助けられないでしょ?」


 ――って。

 思わず、わたしは言葉を失った。自分を助けるためにではない。他の誰かを助けるために。それを、さも当然と……口にしたんだ。


 吸血鬼の彼女が……だ。


 それなのに。


「でも……だったら、わたしもその方法で助からなかったのかな?」


 ――そう。吸血鬼にならなくても、と。

 わたしはそんなことを口にしていた。わかりきっていただろうに、そんな――


「ごめんなさい」


 彼女を、傷つけるような言葉を口にしてしまっていた。


「治癒は、万能ではないの。でも、もしかしたら……わたしが、すぐに駆けつけていたら……」


「あ、ああ……ごめん!」


 慌てて、わたしは言う。


「その……ごめん、今の忘れて……ね?」

 辛そうに顔を伏せるシェイラに、わたしは罪悪感がふくらむのを感じた。誰かを助けるために頑張っていて、今もこうして見ず知らずだったわたしのために色々してくれている彼女に……何てひどいことを言ってしまったのだろう。

 どうしようもない自己嫌悪。自分が自分で嫌になる。自分が嫌いになりそうだ。

 でも。

 ほんの少しだけ、言い訳が赦されるならば……

 わたしは参りつつあったのかもしれない。

 ()が出ている間は、ずっと倦怠感が離れない。

 時々、思い出したように頭痛がする。吐き気が、下腹部から突き上げてくる。

 低級な吸血鬼や幽鬼には決定的となる太陽がその程度ですむのはありがたいのだろうけど、それでも耐え難い。


 でも、まだそれはいい。どうしても辛ければ、昼間は太陽のもとに出なければいいんだから。

 問題は……夜。

 血が飲みたくなる。

 無性に血が欲しくなる。

 辺りが静かになる代わりに、わたしの中がうるさいくらい騒がしくなるんだ。

 それが辛い。

 どうしようもなく、辛い。

 アルーヴァさんは言っていた。吸血衝動は、本能のようなものとして刻み込まれると。

 吸血鬼が血を吸うのは、魔力を補給するためだ。血を吸うことにより、相手から生命力を吸い上げ、自身の体内で魔力へと生成するもっとも簡単な方法。

 でも、ただそれだけだったら、他の方法で……そう、今わたしが必死で会得しようとしている方法でなんとかなるはず。


 でも、違う。

 それがよくわかった。

 わかってしまった。


 吸血鬼の吸血衝動は、ヒトで言えば食欲とは違う意味でも沸き起こるんだ。

 きっと、それは、ヒトがヒトを殺したいとか。

 そういったヒトが……流れる血を見たいとか。男の人が、泣き叫ぶ女の人を犯したいとか……そういった次元での欲望。

 生きるために必要でなくて、仕方なしに行うんじゃなくて……ただ、自分自身のあさましさゆえに傷つけて、奪って、犯して。ああ、どうしようもなく身勝手で、ひどく醜くて、ただ忌まわしいだけの――そんな欲望。本当に、悪魔そのもの!


 それが、わたしの中にいる。

 その実感。

 その事実。

 自己嫌悪なんて言葉では、物足りない。


 そんなのは絶対に嫌だ。

 飼い慣らすのは、骨が折れる――。

 不可能だとは言っていなかった。

 だったら、飼い慣らせばいい。

 身体はもう、ヒトではない。

 だけど、わたしは……わたしでいたい。

 彼を想い、彼を待つと誓った――わたしのままでいたいんだ。そうでなくちゃ、意味がない。何のために、こんな選択をしてまで生き延びたのかわからないよ……!



 だけど――その夜。

 わたしは、彼の首筋に牙を突き立てる夢を見た。

 赤い液体をたっぷり啜って、ごくりごくりと、飲み干して……。

 ひからびた彼の身体を抱きかかえて、あはは、アハハ、と狂って笑う自分の姿を……ユメに見た。


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