Sords Of Hers 5
「あの……ただいま」
その言葉が適当なのかどうかは自信がなかったけれど、他に何と言えばいいかもわからなかった。
どのくらいの時間が過ぎたかはわからない。それでも、多分それなりの時間を過ごしてわたしは戻ってきていた。
「ああ……」
木の下で足を投げ出していたアルーヴァはわたしの姿を認めると、薄く微笑んだ。再会も、森の中。太陽が西に沈む手前の時間。世界は、茜色の光に照らされている。
「ほう、出で立ちが変わったな」
以前は、マスターのスレイブだった頃は黒い服を着ていた。
胸元がはだけて、太ももまで覗けていた白いフリルがついていた。今は、丈の長い紫のローブと、頭には帽子をかぶっている。
それは、ダンタリアンの助言だった。気持ちを切り替える意味でも、服装を変えてみたらどうだろう、って。
でも、アルーヴァはわたしの服装にはすぐに興味をなくしてしまったみたいで、
「それで、どうだ?」
「うん……終わった。月の光で魔力を合成する方法と、擬似的に人間の肉体を作り出す方法。短い間だけど、人間に近い存在として活動できる」
「ふん……」
アルーヴァは、また興味をなくしたみたいだった。
「それで?」
「え?」
「それで、おまえはこれからどうするんだ?」
「その……」
わたしは少し言いよどんでから、
「まだ、よくわからない。だから……まだアルーヴァについていってもいいかな?」
「好きにしろ」
おずおずと言ったわたしの言葉に、アルーヴァはいつかと同じ返事を返した。
「それで、あの……」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「その……ごめんなさい」
「あ?」
頭を下げるわたしに、アルーヴァは怪訝そうな顔をした。
「アルーヴァと別れてから、色々と考えて……謝らなくちゃいけないと思って……」
今更だとは思うけれど――
まだわたしがマスターのスレイブだった頃のこと。
「わたしは、あなたを殺そうとしたから……」
勝手な理由で、アルーヴァに牙を向いた。
だから、それは謝らなくてはいけない。
「はあ?」
アルーヴァは、馬鹿にするみたいに目を丸くした。覚えがない、とでも言いたげに。
「おいおい、何を自惚れてやがる? おまえ程度に、俺が殺せるわけがないだろう」
嘲るように、そう言い放つ。
「……え?」
白々しいアルーヴァの言葉。
だけど、それでもわたしがアルーヴァに憎悪をぶつけたのは事実だった。アルーヴァもそれに応えたはずだ。わたしとアルーヴァはお互いに殺しあったはずだ。あんなにも激しく、ぶつかりあったはずだ。
わたしは戸惑い、口ごもる。
忘れているのだろうか。
彼の真意がわからない。
最初はわからなかったけれど――
「あ……」
何となく、わかってくる気がした。
「その……ありがとう」
だから、わたしはそう言っていた。
謝罪ではなく、感謝の言葉を。
「妙な奴だな。謝罪の次は、感謝の言葉か」
マスターだった彼とは違う。
甘やかさせてくれるわけじゃない。べったりと寄りかからせてはくれない。その意にそぐわなければ、容赦なくわたしをはねのけてくる。
それでも――
「まあ、女々しい言葉を吐くよりは小気味いい。おまえ、少しはマシになってきたじゃないか」
にいっと、不敵に歯を見せるアルーヴァ。
「……そう、かな」
わたしも、少しだけど微笑めた気がする。
アルーヴァは――
彼とは違うけど。
ううん、彼とは違うからこそ……
優しいんだ。
少しだけ、胸がどきどきする。
だけど、同じくらいに切なかった。
アルーヴァは、絶対にわたしの恋人にはなってくれないことを――痛いほどに知っていたから。
彼の心にはずっとひとり。
変わらず、消えずに、ずっとひとりの少女が住んでいる。




