Sords Of Hers 4
「……わたし?」
服装こそ違っていたけど、その姿はわたし自身と瓜二つだったんだ。どうりで聞き覚えがあるような気がした。それは、わたしの声だったんだ。
「どうして……」
「ふん、相変わらず面白くない姿だな」
わたしのとなりで、アルーヴァが皮肉げにその人に言う。
「まあ、そう言わないでよ」
わたしの姿がアルーヴァと対等そうに言葉を交わしている。妙な気分だった。
「仕方ないんだよ。わたしには明確な姿というものがないからね。相対する本人の姿と声を反射するしかないんだ」
「?」
混乱するわたしの方を見て、わたしの姿をしたその人は優しく微笑んだ。
「ああ……アルーヴァには彼自身の姿でわたしが見えている。君には、君自身の姿でわたしが見えているはずだ。わたしはダンタリアン。まあ……君達と同じお仲間かな」
「……吸血鬼、なの?」
「その呼称はあまり好きじゃないな。そもそも吸血鬼という言葉は、俗称のひとつに過ぎない。
血を吸うという行為自体がその呼び名の由来だとすれば、わたしは違う。わたしはここにいる限りは、血を吸うことは愚か、一切何らの補給行為は必要ないからね」
「マスターと同じ?」
「マスター」
その人――ダンタリアンが眉をひそめた。
「レンヴィスのことだ」
アルーヴァが言うと、明らかに不機嫌そうな表情になった。
「まあ、似てないことはないけど……あれと同格扱いされるのは吸血鬼と呼ばれるよりも不愉快だね」
「え……?」
「そもそも、彼がどういう存在か知っているのかい? 君は」
「その……吸血鬼の王、ずっと遠いご先祖さまだって」
「ふう……まあ、君達の属する世界では仕方ないかもしれないな」
ダンタリアンは額を押さえた。
「王だなんてとんでもない。確かに彼は比類なく強大な存在だけれど、上位に君臨する存在ではない。むしろ自身の存在の方向性すらない、ひどく不安定な魔力の集合体でしかないんだ。そういう意味では人間以下の存在でもあるんだよ。
そもそも、世界にはそういった明確に独立性をもってして圧倒的上位に在る存在なんてないんだよ。神と言っても、その世界にそれぞれ存在する。その数は、無数だ」
「…………?」
彼の言うことはよくわからなかった。
でも、わたしの言葉が彼を不機嫌にさせてしまったのだとしたら――
「あの、ごめんなさい……」
「あ? ああ……こちらこそすまない。少々感情的になってしまったよ。下手に知識があるせいかな……悪い癖なんだ」
「あ、いえ……」
「それは、そうと……ああ、まだ君の名前も聞いていなかったね」
「シェイラです……」
「ふん、わざわざ訊ねるまでもなかろう」
アルーヴァが意味ありげに鼻を鳴らした。
「おまえは、ここに訪れた時点でその者の名前やおおよその情報は知ることができるんだろう?」
「以前そうだった時、君は不愉快になったじゃないか。だから、今は規制をかけてあるんだ」
「ふん……そうだったな」
このふたりは顔見知りなんだろう。
「それで? アルーヴァ、何の用だい? まさか、ただ会いに来てくれたってわけじゃないんだろう。それはそれでも大歓迎なんだけどね」
「なに……少々学びたいことがあってな」
と、わたしを見る。
「こいつが血を吸うのは御免だと言うんだ。かと言って俺の真似事をするつもりもないだろう」
「なるほど……魔力供給の方法を身につけたいと」
「……あるんですか?」
「うん、あるよ」
いともあっさりと言う。
「そもそも吸血行為の意味を知っているかい?」
「……え? その魔力の補給、だって」
「そう、魔力の補給。では、そもそも魔力とは何か」
「…………」
答えにつまるわたしに、ダンタリアンは続ける。
「魔力とは、不可視の力の具象したもの。生命体の持つ生命力が変化したものだとも言える。普通は生物は栄養を補給して存在するね。
動物しかり、人間しかり。でも、吸血鬼は違う。血液そのものを栄養素として存在しているわけじゃない。吸血を行うことは、その対象から生命力を吸い出す簡易魔術なんだよ。
君達の世界では……人間達は血そのものが生命力だという思想がまかり通っている。だからこそ血を吸い上げられると、生命力を放出してしまう。まあ、人間自身が無意識的にそういった魔術を行使していると言ってもいいね。
人間以外の血を吸っても意味がないのはそのせいなんだね。動物達にはそういった信仰が存在しないから。あ……無意味とは極論かな。血を吸う側にそういう信仰があれば、生命力は吸い上げられる。でも双方ではなく一方によるものだから、効率は著しく悪くなるだろうけど……」
「あ、その……」
「あ? はは……ごめんごめん。急に言われても理解はできないね。まあ、繰り返すけど吸血や同族捕食以外にも君の存在を保つ方法はあるってことだよ。決して簡単な方法ではないけどね。
まあ、ここにこうやっていられるんだから……それなりの魔術の素養はあるんだろう」
「……え?」
「ちんけな魔力の持ち主では、ここにやってこれないということだ」
アルーヴァが言う。
「そういうこと。ここには魔道書の類いもたくさんあるからね。半端な魔力の持ち主の目に触れれば危険なものも山ほどある」
「それでは、俺はそろそろ行くぞ」
「え?」
「ここで学べば、それなりに意味はあるさ。まあ、せいぜい頑張れ」
そう言って背を向けるアルーヴァ。わたしは呼び止めたかったけれど、言葉にではできなかった。
「もう行くのかい? せっかくなんだ。少しはわたしの相手をしていってくれてもいいじゃないか」
「まあ……次の機会にしてくれ」
アルーヴァの前に、ここにやってきた時と同じ渦が生じた。渦はアルーヴァを飲み込むと、再び消えてしまった。
わたしと、わたしの姿をしたダンタリアンがその場に残る。
「さて、どうする?」
その言葉にわたしは振り返って――
「あの……お願いします」
「うん、わかった」
彼――彼女? ダンタリアンはどこか嬉しそうな様子だった。
右手をさっと動かすと、近くの本棚から一冊の本が浮かび上がる。その本は静かに、その人の前に降り立った。金箔の装丁の、分厚い本。表紙には文字のような模様のようなものが描かれていた。
「早速はじめようか。まずは、このアイレウス写本の序論を理解してもらうよ」
こうして、わたしはしばらくの間ダンタリアンの講師のもとで、学ぶことになった。




