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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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Sords Of Hers 3

 目の前を、紅い後姿が歩いていく。



 アルーヴァは、わたしのマスターじゃない。わたしも、彼のスレイブじゃない。


 だから、こうやって一緒にいる理由なんてない。


 それでも、わたしはどうしていいかわからなかったから。


 こうして、アルーヴァについていっている。


 ついてくるな、と彼は言わなかったから。


 


 マスターだった彼の元で、わたしはアルーヴァの行動を追っていたことがある。


 アルーヴァは同族である吸血鬼を狩って、喰らっていた。今でも同じことをしている。


 あの時は気が付かなかったけれど、わたしはアルーヴァの行動からあることに気が付いた。


 アルーヴァは吸血鬼を狩ってはいるけれども、それは無差別ではなかった。わたしは例外なのだとしても――


 ある時、人里離れた森の中で過ごしていた吸血鬼に会ったことがある。その吸血鬼は確かにヒトの血を吸っていたけれども、他の吸血鬼とは違っていた。


 絶対に犠牲者となった人間を死なさないようにしていた。犠牲者を屍食鬼へと変貌させないようにと、予防となる魔術儀礼を施してから吸血を行っていた。


 更に、吸血自体をその本人だけではなく周囲の人達にもわからないようしていた。催眠術で犠牲者の記憶を奪う。目撃者も決して出さないようにと細心の注意を払っていた。


 アルーヴァは、その吸血鬼は狩らなかった。



 ――どうして?



 そう尋ねたら、



「奴は気に入らなくはないからだ」



 そう、答えた。



「きちんと自身を理解し、相応の行動をとっている」



 気に入らない吸血鬼。


 アルーヴァが狩るのは、そういった吸血鬼だけだった。


 人間を苦しめることを何とも思わない。あるいは、楽しんで人間を弄ぶ吸血鬼。

 アルーヴァが狩るのはそういう吸血鬼だけで、そうでない吸血鬼――その数は本当にごくわずかだったけれど――を対象にしたことはただの一度もなかった。



「どうして?」



 もう一度訊ねると、アルーヴァはにやりと笑って訊き返してきた。



「そういうお前も、どうして人間を襲わない?」



 どうしてだろう?


 わたしは、吸血鬼に属する。そのほとんどがヒトの血を吸って自身を保つ。だけど、わたしは今まで一度だってヒトの血を吸ったことはなかった。


 それは、今までは必要がなかったからだ。


 マスターがいた。マスターに魔力を分けてもらっていたから、自分で魔力の補給を行う必要はなかったんだ。


 だけど。


 これからは――違う。


 アルーヴァはマスターに代わって、わたしに魔力を供給はしてくれないだろう。その方法とは恋人同士の営み。そのようなこと、アルーヴァは絶対にしてはくれない。


 だから、わたしは何らかの方法で魔力を補給しなくてはならない。しばらくは今のままでもいい。アルーヴァと違って魔力を急激に消費しているわけではないから、まだかなりの時間は持つのだと思う。


 でも、いつかは――



「その時は、人間の血を吸うか?」



 そう言われて、わたしは頭を振った。


 それは、嫌だった。


 どうしてかはわからないけれども、絶対に嫌だった。


 ううん、理由はわかっている。


 簡単なことだった。


 わたしは、人間を襲うのが嫌だったんだ。


 そうして、気が付いた。


 今までマスターの犠牲になる人達を見過ごしてきた。だけど、わたしは望んで見てきたわけじゃない。目にするのが、楽しかったわけじゃない。


 きっと嫌だったんだと思う。


 だから、見ない振りをしてきたんだ。


 だから――


 わたし自身が、人間を傷つけるのは絶対に嫌だった。


 そうするくらいだったら、消えてしまった方がいい。


 吸血鬼は不死身に近い存在。だけど何があっても滅ばないわけじゃない。存在を保つための魔力の補給を絶って、それを受け入れて消えてしまったら――多分、もう二度とよみがえれない。



「その方が、いいよ……」 



 人間を襲って血を啜る存在になるくらいだったら、その方がいい。


 べそをかくわたしに、アルーヴァはまた怒るかと思ったけれども――



「だったら、少しついてこい」



 どうしてか、どこか満足そうに微笑んでいた。


 先ほどの笑みもそうだったけれど。


 アルーヴァのそんな顔を見るのは初めてだったのではないか。

 侮蔑でも、怒りでも、嘲笑でもない。そんな肯定的な表情をわたしに向けてくれたのは――


 その時は、その理由がわからなかった。


 


 鬱蒼とした森の中――


 わたし達は普段はこうやってヒトから離れた場所にいることが多い。ヒトではないから。やっぱり、ヒトから遠い場所の方が落ち着くのかもしれなかった。



「ダンタリアン! 聞こえるか? おまえに用がある。扉を開け!」



 周囲に向かって、アルーヴァは声を荒げた。誰もいないはずなのに、呼びかける。



「……アルーヴァ?」



「まあ、待っていろ」



 不意に。


 わたしの前の空間がぐにゃりと歪んだ。そうしたと思うと、そこに渦があらわれる。

 ヒト一人が通れるくらいの大きさの渦。その激しい運動に反してまったくと言っていいほど音のないそれは、確かに扉みたいだった。



「あ……」



 一瞬驚いたけど、何となくわかった。それはどこか他の場所に通じる門なんだ。きっとアルーヴァが呼びかけたダンタリアンとかいう人の場所へつながっているんだろう。



「さあ、来い」



 言うなり、さっさとアルーヴァはその中に入っていってしまう。


 わたしも少し戸惑ってから、その後を追った。


 


 渦の先は、どこかの屋敷の中みたいだった。


 立ち並ぶ沢山の本棚。息苦しいくらいにたくさん置いてある。

 とても広い場所で、果てが見えない。先まで続く本棚、気が遠くなりそうだ。


 そこにぎっしりとあるのだとしたらいったいどれだけの本棚が存在しているんだろう。

 窓らしい窓はなくて、所々本棚の横に備えられたランプが薄暗いそこを照らしている。現実離れした空間だった。



「やあ……」



 呼びかけてくるその声には、どうしてか聞き覚えがある気がした。その人の姿を目にして、わたしは息を飲んだ。



 立派な机を前に、これまた立派な椅子に腰掛けるその人は――



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