〈リーザ〉Murderer And Vampire 3
それは、春の日のうららかな昼下がりのこと。
吹きこんでくる優しい風に、白いカーテンが翻る。
それは、陽光をきらきらと照らしていて、いつか見た銀髪を思い出す。
わたしはまどろみの中にいる。
――紅い世界の夢を、今はもう見ることはない。最期にミアと会ったのは、何時のことだっただろう。
彼女は、今でも彼のことを待ち続けているのだろか。
窓際のベッドの上で、彼の胸に顔を埋めている。
彼のかさかさになった手をぎゅっと握りながら。
ずっと寄り添い続けた彼の存在を感じながら……。
わたしは、ずっと変わらない少女の姿のままで……ここにいる。
「なあ、リーザ」
「……何?」
「俺は、吸血鬼には血を吸われたくない」
「ん……」
「だけど、おまえならばいいと思う。おまえにだったら、吸われてもいいって思えるから……」
――それは、いつか彼が言った自分を投げ出す言葉とは違っていた。
……それでも。
わたしはあれからただの一度も血を吸わず、もちろん人を殺すこともなかった。
彼とわたし。
殺人者と吸血鬼。
ずっと、お互いに相手の痛みは知らないまま。そうやって、一緒にいた。わからないままで、そばにい続けた。
でも……それでいいと思う。
後悔はない。
きっとない。
子供もつくれない。
一緒に年を取ることも出来ない。
それでも、わたし達は確かに夫婦だったから。
だから――今ならば、きっと心の底から言える。
生きて、生き延びた……その先に。
赤い影のあの人に。
銀髪のあの少女に。
そして。
ずっと、そばにいてくれたこの人に。
「……ありがとう」って。
――そう言えるから。
〈シェイラ〉
森の中。
ひっそりと、その墓標は佇んでいた。
吸血鬼と、その恋人が眠る場所。
取り残されたような場所で。
けれども確かに、手入れが行き届いていた。
誰かが参ったのか、綺麗な花も添えられている。
その在り様が、全てを物語っていた。
わたしは、そっと手を伸ばす。
冷たいはずの石が、ほんの少しだけ温かい気がした。
「見事だな」
声。
振り向く必要はない。
誰かは、わかっていた。
紅い長身――アルーヴァの声は、不釣り合いに優しかった。
「あの娘は、ヒトとして生き抜いた」
だから、きっと。
恋人と一緒に、逝けたに違いない。
吸血鬼は、滅ばない。
化け物は、生き続ける。
だから。
リーザと呼ばれた少女。
十六歳で、その年齢を止めてしまった彼女は――
きっと最期まで、人間だったのだ。




