〈リーザ〉Murderer And Vampire 1
「リーザは……どうして生きたかったの?」
「――え?」
突然の質問。
あまりにも不意打ちだった。
シェイラは、わたしをじっと見つめてくる。静かに、わたしの答えを待っている。それが、彼女にとってはとても大切な意味を持つのだとでも。
わたしは迷い、でも結局答えはそれしかないのだから――軽く息を吸ってから、万感の想いを込めて、言葉に乗せた。
「それは……」
――約束があったから。
「待っているって約束したんだ……」
それは、どうしても果たしたい想い。
守りたい約束。
戦場に旅立つ少年の背中。その背を見送りながら、わたしは誓った。
「そう……」
そう言って、シェイラは微笑んだ。
それは、優しくて、だけど儚げで……どこか寂しげな笑顔。それは、わたしの気のせいだったのかもしれない。
「それじゃあ、頑張らないとね」
次の瞬間には、いつもの笑顔。
輝く微笑み。控えめで、太陽ではなく月の微笑み。
あきれるくらいにわたしを振り回して、数え切れないほど途方に暮れさせた魅力的な笑顔がそこにあったんだ。
〈リーザ〉殺人者と吸血鬼
ふと、あの時を思い出していた。
彼女の質問に対するわたしの答え。
それが、彼女にとってどういう意味を持ったのか、わたしにはわからない。
きっと、これからもわからないかもしれない。
それでも、いいと思う。彼女は確かに微笑んでくれたんだから。
その姿が、今のわたしの寂しさをほんの少しでも満たしてくれるのだから。
わたしは今、故郷の村ではなく、彼女と過ごした森の中の家にいる。
血を吸わなくても生きていける。多少の不都合はあっても、今までと同様に過ごしていけるはずだった。
わたしがヒトでなくなったことは、漠然と村のみんなに知られていた。
だけど、かつて村を傭兵達の襲撃から救ってくれたのが吸血鬼なのであったから、そのことについてはそれほど抵抗はなかった。
少なくとも、表向きは。
だけど、時が過ぎるにつれ、わたしは疎外されていく。
自分から、あるいは周囲から。
周囲は変わっていく。だけど、わたしは変わらない。変われない。
それが決定的で、大きな理由。
それは、仕方のないことかもしれない。
わたしが吸血鬼になったという事実だけならば、わたしがそれにともなう行動をとらなければ問題はなかったと思う。
実際、わたしは一度も村の人の血を吸ったことはない。
本能にも似た狂おしいまでの吸血衝動。
わたしは飼い慣らすことに成功できた。
だけど、外見だけはどうしようもない。年を取らないこの身体。
時の流れに見放されたわたしの身体に、みんなは嫌がおうにもわたしがヒトではないことを思い知ってしまったんだ。
――だから、わたしは村を出た。
ロゼッタは反対した……してくれたけど、だからこそ迷惑はかけられなかった。
そして、ここでひとり、彼の帰りを待っている。
待ち続けている。
ずっと。ずっと。
……そして。
彼が村を発ってから、二年が過ぎた。
「リーザ……」
扉が開き、わたしを呼ぶ声がする。
懐かしい声。それは、涙があふれる程に、聞きたかった声だった。
「……イク、ス……?」
夕日を背中に浴びて黒かった人影が家に入ってきて、その姿が露わになる。
過ぎ去った日々のせい? その日々を戦場で過ごしたせいかもしれない。幼馴染みの少年は記憶の中にあるよりもずっとたくましくなっていた。
だけど、彼だ。
ずっと、ずっと待っていた彼だ。ああ……! 彼が、ようやく帰ってきてくれた。返って来てくれたんだ……!
わたしはあまりの衝撃にしばらくの間呆けてしまい……今一度名前を呼ばれて、我に返った。堰を切ったように、感情があふれてきてしまう。
「イクス……!」
わたしは駆け出して、そのまま抱きついて勢いのまま押し倒してしまう。
「イクス……イクス……!」
その胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。
「リーザ……ただいま」
言いながら、わたしの背中をそっとなでる。
ああ、ずっと待っていた言葉だ。胸が焦がれるほどに待ち続け、何度も夢に見た。その言葉が……声が……
どうして、哀しげに聞こえてしまうの?。
――そして。
ドウシテ、わたしの口の中がどろりとしたもので満たされているの?
何度も夢に見たからか。
幾度も悪夢に見たからか。
現実感がなかった。まるで、どこか遠い場所での出来事のようが気がしてしまって……。
でも、それは現実だった。
わたしは……
彼の――首筋に牙をツキタテテ――しまっていた。




