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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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〈シェイラ〉It Passes ,Her Days 8

 アルーヴァに血を吸われて、彼の奴隷(スレイブ)になることによってわたしは救われた。


 だけど、アルーヴァはすぐにわたしに自らの血を飲ませた。

 そうやって、アルーヴァの奴隷(スレイブ)から解放された。

 同情だと、言い捨てた。哀れだから、助けたと言い切った。

 それ以上は――なかった。

 アルーヴァは彼とは違い、わたしを寄りかからせることはなかった。

 そんなアルーヴァに――


「あなたのことが、好きです」


 懺悔(ざんげ)にも似た、告白だった。


「…………」


 静かに、わたしを見返してくるアルーヴァ。

 空気が凍て付く。

 沈黙が刃となって突き刺さる。息苦しささえ覚える、互いの無言。


「――それで?」


 長い沈黙を破って、アルーヴァが口を開いた。張り詰めていた静寂が、震える。

 それは、乾いた声だった。あまりにも乾ききった声だった。

 そう、わたしは思った。


「おまえは、何を望む?」


 ぞっと背筋がそそけ立つ、亀裂のような笑み。鋭く、切り裂くような笑み。間違えば、きっとわたしを殺すかのような。


「俺に、愛を囁いて欲しいのか?」


 ――彼のように。


「俺に、抱きしめて欲しいのか?」


 ――彼が、してくれたように?

 そうだとしたら、どうだろう。アルーヴァに寄り添えたら、どんなにか幸福だろう。どれほどに満たされるだろう。

 そんな想像をしてみる。

 ――だけど。


「ううん」


 ごく自然に、わたしは頭を振っていた。


「絶対、そんなことはしてくれないでしょう?」


 どうしてか、わたしは微笑んでいた。きっと当然に。どこか誇らしげに。それは、心の底から浮かんでくる笑みに違いなかった。

 その幸福は、猛毒だ。わたしを殺す。

 満たすのは、絶望だ。わたしを壊す。

 アルーヴァは、彼とは違う。

 違うから――


「――当然だ」


 満足そうに、アルーヴァは笑った。

 凍て付いてた空気が、静かに溶けゆく。

 わかっている。

 確信している。

 アルーヴァは、わたしの想いに応えはしない。きっと、他の誰にも応えはしない。 

 だって、アルーヴァの心には、ずっとひとりだけだから。ヒトであった頃の想いと共に、ひとりの少女が今でも住んでいるのだから。

 それでいい。

 そうであってこそ、『アルーヴァ』という彼なのだ。


「それでも……わたしにとって、きっとあなたは憧れだから」


 わたしは、素直にその想いを言葉にしていた。哀しい告白だけれど。報われない思いの丈だけれども。

 もしかしたら、恋ではないのかも知れないけれど―― 


 ――それでも。

 彼に憧れたこと。

 彼に惹かれたこと。

 彼のことを、眩しいと思ったこと。

 その想いだけは、確かなものだ。

 他の誰でもない。わたしだけのものだ。

 与えられたものじゃない。

 わたしが、わたし自身で手に入れたものだ。

 そう――信じられるから。



「では、そろそろ行く」


 うっすらと夜が明け始める頃になって、アルーヴァは言った。


「リーザには、会っていかないの?」


「その必要もないだろう」


 素っ気無く言うけれども、それはもしかしたら彼なりのわたしへの優しさだったのかもしれない。彼なりに、わたしの告白を特別なものとして扱ってくれたのかもしれない。

 きっと、そうだろう。


「あいつには、おまえがついている」


「……そう」


「俺は、東に向かう」


「え?」


「この辺りでの、吸血鬼はあらかた食い尽くしたからな。東にはまだ餌があふれているだろう」


 まったく、たった今振られた相手とそれを振った相手の会話には思えない。

 だけど、その方がわたしとアルーヴァらしくて小気味よかった。


「でも、彼は?」


 わたしが尋ねると、


「あいつか」


 アルーヴァは、眉をしかめた。


「どうせ、時期が来れば向こうからちょっかいをかけに来るはずだ。その時まで、俺は餌を喰らってせいぜい力をつけておくさ。どこにいようと大差ない。結局、見出すのはいつもあいつからだ――」


 自分を吸血鬼に変えた彼を、アルーヴァは追っている。

 彼とアルーヴァは幾度も対峙(たいじ)して、戦ってきた。

 だけど決着はついていない。たとえ死んでも、お互いによみがえる。ともに人外を更に超える存在。完全に滅ぼしつくすには、まだ足りなかった。


 この前に戦ったのは、この国だった。

 だけど、アルーヴァの言うとおり、別にここで待つこともないはずだ。彼は、きっとまたアルーヴァの元に現われる。

 アルーヴァとの戦いは、彼も望んでいることだから。かつて、わたしを愛した――愛する真似をしていた時のように。長く生きる時間の中で飢える彼を満たすものに違いないから。


「わかった」


 わたしは頷いた。


「もうしばらくしたら、わたしも後を追うよ」

 

 わたしも、彼にまた会う理由がある。アルーヴァとは違うけれど。

 復讐ではない。

 わたしには、彼を憎む理由はない。そんな資格もない。アルーヴァと違って、奪われて憎むものはなかったから。失って狂うほどに大切なものは、きっとなかったから。

 彼への愛も、彼からの愛さえも幻だった。見せかけのがらんどうだった。


 それでも――

 わたしが、今まで耳をふさいできたものがあった。

 わたしが、今まで目を逸らしてきたものがあった。

 彼がまたその光景を築くことは、絶対に赦せないから。

 他の誰かから、彼がまた奪い取ることは赦さないから。

 それだけは――確かだから。



 その二ヶ月後。

 わたしはリーザに別れを告げて、旅立った。


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