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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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〈シェイラ〉It Passes ,Her Days 5

 世界の果てにある彼の城。


 玉座に腰掛ける彼にひざまづいて、となりに寄り添うわたしのことなんてきっと見えていない。

 彼の興味は、わたしではなく、別のものに向けられていた。

 その光景を眺めていた。

 薄く笑って、水晶に映り、繰り広げられている光景を見ていた。

 かつて彼が築いたような地獄と化した町で、ふたりの男が戦っていたのだ。人間の目では追うのがやっとのその戦いの様子を、彼の目はしっかりと見極めている。


 そのふたり。

 ともにヒトに有らざる存在。


「あの相手の吸血鬼はねえ、結構強いはずだよ? それを相手にひけをとっていない。いや、むしろ圧しているね」


 わたしに言っているのか、独りごちているのか、そのどちらか判別がつかない口調で続ける。


「あはは、本当にすごいねえ。たった二年足らずでここまで強くなるなんて。ここまでの成長度を見せた吸血鬼を僕は知らないよ」


 彼の視線の先に、わたしはいない。アルーヴァの姿を、映している。心の底から、嬉しそうに。満足そうに。


「もうそろそろ君を追い抜くかもしれないね。シェイラ」


 そこに、深い意味はなかったのかもしれない。ただ単に真実を言葉にしただけだったのかもしれない。


 ――だけど。

 彼の中では、アルーヴァがわたしを追い抜いていくことを突きつける言葉に違いなかった。

 アルーヴァが妬ましい。

 わたしから、彼を奪うアルーヴァが憎い。

 許せない。

 そう、思った。


 だから――


「出て来いよ」


 そうアルーヴァは言った。

 街道より逸れた草原。

 隠れる場所などないはずなのに、誰もいないのに呼びかける。姿を現さない相手――わたしに向かって呼びかける。


「それとも不意打ちでも狙っているのか? だとしたら無駄なことだ。勿体つけられるのは好きじゃあない。さっさと姿を見せろよ?」


「…………」


 わたしは、アルーヴァの前に姿を現した。なにもない空間が揺らいで、わたしの姿を形作る。


「……おまえ?」


 わたしの顔を覚えていたのだろうか。

 その表情に、かすかな驚きに似た色が浮かぶ。

 だけど、わたしはアルーヴァのその先の言葉を待たなかった。

 わたしは飛びかかる。吸血鬼の速度で、襲いかかった。

 アルーヴァは身をひねり、かわそうとして―――

 かわしきれなかった。

 わたしの手は、アルーヴァの右腕の肉をわずかにつかみ取った。


 行き過ぎながら、舌打ちをする。

 本当は、心臓を抉り出すつもりだったのに……。つかんだ血肉を投げ捨て、止まろうとするけれど、勢いあまってつんのめってしまう。

 格好悪く地面を転がりながら、何とか方向転換をして、再びアルーヴァに襲い掛かる。

 アルーヴァは渾身の力でわたしを蹴り上げてきた。


「くあ……!」


 まともに入った。わたしははるか遠くまで吹き飛ぶ。


「確か――シェイラだったか」


「……?」


 すぐ間近で、声。吹き飛ぶわたしに並びながら、アルーヴァが拳を振り下ろしてくる。わたしは咄嗟にその身体を蹴って、その反動でかわした。

 起き上がると、アルーヴァがわたしの前に立っていた。

 ふたり、向かい合う。


「久しいな? それにしても、いきなり襲ってくるとは」


 名前を呼ばれて、わたしは腹が立った。嫌悪感が湧き上がる。


「気安く呼ばないで」


 氷の声で、吐き捨てる。


「わたしの名前を呼んでいいのは……マスターだけ……」


「なるほど。おまえは、あいつの奴隷(スレイブ)か」


「違う」


 否定する。


「マスターはわたしを愛してくれている。そして、わたしもマスターを愛しているの」


「……愛している、だと?」


 眉をぴくり、と動かすアルーヴァ。


「そう。だから、あなたは邪魔。だから――殺す」


「……つまりは、あいつはおまえにとって正しいということか? あいつのすることは、おまえにとっては当然ということか?」


 アルーヴァは言う。その口調が次第に剣呑(けんのん)なものへと変わっていくことに、その時のわたしは気が付いていなかった。


「そうだよ!」


 だから、声を荒げた。


「マスターはいつだって正しい。だってわたしを助けてくれたのはマスターだもの。あそこから助け出してくれたのはマスターだもの!」


 その時は、それがわたしにとっての真実だったから。ためらいなく、迷いなく言葉にする。

 だけど、その言葉は――


「…………」


 うつむくアルーヴァ。


「だからあなたは邪魔なの! あなたはマスターとわたしにとって……!」


「く……くくくく」


 アルーヴァは肩を震わ始める。喉の奥で小さく笑い、次第にその笑いが大きくなっていく。


「くはははははは……!」


 狂ったように笑い出す。狂っていたわたしも、わずかに気圧(けお)されてしまった。


「……礼を言うよ」


 ふと笑うのを止め、言う。


「そうだった。ああ、そうだった。俺が吸血鬼になったのはそのためだった。忘れていた。忘れかけていたよ。いつの間にか吸血鬼を狩ることそのものに愉しみを覚えるようになってきていた。俺の心すらも次第にヒトのものではなくなりつつあった。だが、まだ覚えている。憎い。ああ、憎い。俺からすべてを奪ったあいつが……憎い!」


 ――表情をゆがめ、熱に浮かされたように、言葉を紡ぐアルーヴァ。憎悪と狂気をほとばしらせ、はりつかせ。荒れ狂わせて。


「おまえはそのことを肯定する。父さんも、母さんも、リックも、セイルも……そして、ミアも……死んだ。殺された。それが当然だと? 皆は死んで、殺されて当然だったと?」


 そこで言葉を切り――亀裂のように笑った。いや、唇を笑みの形にしただけだった。


「……殺して、やるよ」


 掠れた声が、ささやいた。



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