〈アルーヴァ〉Dog Eat Dog Of The Battlefield 6
踏み潰す。
蠢く血溜り。
そこに浮かんだ浅ましい吸血鬼の顔を踏みつけ、潰す。
足りず。
それでも足りず。
振り下ろす拳を叩きつける。渾身の力を込めて、二度三度。
地面が砕け、骨が砕け、拳が砕けた。
気が付くと、俺は穴の中にいた。
周囲は岸壁。高さは、俺の身長の二倍はあるだろう。
俺は飛び上がり、穴のふちへと着地した。拳から数滴血が滴る。しかし、その程度の傷はすぐさま癒えていく。
だから、人外と称される。
ゆえに、吸血鬼と名指される。
その不死ゆえに。たとえ身体を貫かれようと、痛痒すら覚えない強靭ゆえに。
だが、ヒトは違うのだ。
人間の身体は、脆弱に過ぎるのだ。
それゆえに――
「……愚か、だな」
見下ろしながら、俺は静かに言った。
仰向けに横たわり、俺を見上げてくる少女。
俺の声は、笑っていたのだろうか。
そう、あまりにも愚かだ。
吸血鬼をかばい、代わりに貫かれる人間などあまりにも愚か過ぎる。
全くに無意味過ぎる。
道化、ここに極まりだ。
だが、俺は少しも笑えなかった。
「身体が……勝手に動いた」
そう、彼女は言った。
静かに。穏やかに。
彼女も、そうだったのだろうか?
かつて、俺の前にその身を投げ出した――
「ミア……とは、誰だ?」
――その名を持つ少女も、そうだったのだろうか?
「何のことだ?」
その問いかけを、俺は嘲笑う。
そのような名前など、知りはしない。
そのような名前を、俺はとっさに叫んでなどいない。
ああ……吸血鬼は、そんなことはしない。自分をかばった女騎士の姿に、いつか同じように自分をかばって死んだ少女の姿を重ね、その名前を叫ぶことなど、ありえない。
だから、彼女の問いかけを嘲笑った。
そのつもりだった。
血の臭いが、鼻を突く。
べっとりと張り付いてくる。ねっとりと絡み付いてくる。
だが、気に止めることもない。気にかかるほど、俺は繊細には出来ていない。
もはや助かるまい。
彼女が受けた傷は、紛れもなく致命傷だった。
だから、せめて。
――選択肢をやろう。
「死にたくないのであれば、人であることをやめろ」
おまえが選ぶのならば、俺はその血と引き換えに――変えてやってもいい。
「その血を俺に捧げ、人外のものとなれ。そうすれば、そのまま意識が消えることはない」
強制はしない。
俺が強制をするのは、餌にだけだ。
「選ぶのは――おまえだ」
彼女は驚いたように目を見開き、それから薄く微笑んだ。
挑むように。
不敵に。
誇らしげに。
震える右手を、腰に伸ばす。短剣を抜き、両手に握って――
「ああ……」
その切っ先を俺に向けた。だが、突きつけるにはあまりに遠い。俺を貫くのだとしたら、遥かに届かない。
「……選ぶさ」
もう一度微笑む。
それは、彼女に相応しい笑みだった。
誇り高く。
勇ましく。
全くもって、騎士らしい表情だった。
その微笑みを浮かべたまま。彼女は短剣を逆手に持ち替えて――そのまま振り下ろした。
その胸に、赤い花が咲く。
悲鳴も呻きもなく、その花は静かに咲き誇った。




