〈アルーヴァ〉Dog Eat Dog Of The Battlefield 4
「馬鹿な? 心臓を潰したんだぞ。それでも……生きているだと」
信じられない、とでも吸血鬼。
言葉にこそしないものの、サリナも同じ心境のようだ。
「心臓?」
俺は殊更怪訝そうな顔をしてやってから、再び笑う。
右の掌を開き、そこにそいつが握り潰したはずの脈動する肉塊――心臓を、形作って生やす。
顔色を変えるふたり。サリナはともかくとして、男の表情には多少溜飲が下がった。
「局所的な魔力を核にする低級な吸血鬼風情と同様に扱うな。不愉快だ。この俺という存在を一切の痕跡も残さず、消し去りでもしない限り、俺は死なぬ」
――生やした心臓を埋没させる。
「まあ、多少は利いたぞ?」
人間が羽虫に刺されるくらいには、だったが。
「ふんっ!」
瞬時に間合いを殺し、殴りつける。
あえてゆっくりとした俺の一撃を、そいつはぎりぎりでかわした。
かすめた頬を、歪めながら、
「く! いい気になるなよ?」
両手の指を俺に向けてくる。
「はあああああ……!」
その指先が、鈍い光を帯び始めた。
そして、弾丸のようなものが次々と放たれる。
魔力によって形作られた無数の弾丸の豪雨は――よけようともしない俺を容赦なく貫き、無残に引き千切り、完膚なきまでに吹き飛ばす。
「……ふん」
弾丸の襲撃が治まると、その場には血溜まりの中、無残にも細切れになった俺が残った。
「これで……」
勝ち誇ろうとしたそいつは、言い終えることができなかった。
「くくく……」
俺が、見る見る間に復元を遂げていくからだ。
肉が集まり、飛び散った血ですら復元していく体に戻っていくからだ。その光景を目の当たりにして、再び浮かべかけた笑みが、またも凍りつく。
「…………」
サリナもまた言葉を失った。確かに吸血鬼は尋常でない再生力を誇るのだが、あれほど無残な姿にされて尚、ほとんど一瞬にして復元してしまうとは――ということか。
だが、俺からすればこれは当然だ。
俺が戦ってきた剛の者達ならば、この程度は軽々とこなす。
残念だ。
この吸血鬼さまは、二流以下の小物だったようだ。
そのくせに、はしゃぎ過ぎた。
その報いは、受けてもらおう。
「おまえの攻撃は力任せ過ぎる。せっかくの魔力が、魔術として生かされていない。そんなお粗末な攻撃が、この俺に通じるものか」
「く、あ……」
恐怖に顔をひきつらせ、後退りかけるそいつ。
「ふん!」
俺は勢いよくそいつに向かって飛び出した。
右手で顔をわしづかみにして、そのまま屋敷の壁に叩きつける。背後の壁に亀裂が入り、骨が軋む音がした。
「ぐ、げぇあああ……」
「先ほどの言葉の続きを言おうか? 俺はおまえの表情を恐怖にゆがめ、その口からは見苦しい命乞いの言葉を聞きたいなあ……!」
「ふ、ふざける……なあ」
地面にぎりぎり、と押し付けられるそいつは身体を起こそうとして……
「はあああっ!」
不可視の衝撃破を放ち、俺を吹き飛ばす。
「ふ……」
だが、宙に舞った俺はなんなく降り立つ。今の一撃も、俺には無意味だった。
「仕方あるまい。では、魔術の使い方というものを教育してやろう。代価は、おまえの悲鳴と血肉で払うがいい!」
「ほ、ほざけええ!」
そいつは飛び掛かってきた。俺はその場に立ったまま、迎えてやる。
「死ねえ!」
鋭い爪が、俺を袈裟懸けに切り裂く。その腰に至るまで、血の糸を伸ばしてだらりと落ちた。
「ど、どうだ?」
無駄だ。俺はまたも、あっさりと再生する。
「俺達は肉でなく、魔力で存在している。俺達は、四肢の延長として魔力を行使する。いわば、俺達の攻撃はすべからく魔力を帯びている。だが、それゆえに――」
俺は足払いをかけ、男の体勢をくずす。そのまま左手で顔を掴み、後頭部を地べたに叩きつける。のしかかる姿勢で、そのままぎりぎりと押しつける。
「ぐ、ああ……」
またも衝撃波を放ってきたが、身構えている俺にとっては涼風に等しかった。
「魔術として、構成することを失念しがちになる。まあ、肉体で存在する人間や低級な魔力の力場である幽鬼や低級な吸血鬼ならばともかくとして、俺のような高等な吸血鬼相手となると有効な攻撃にはならない。むしろ、人間の法術の方が厄介だ」
と、そこでちらりとサリナを見る。
「手本を見せてやろう」
俺はそいつに向き直り、空いている右手をかざした。
ごきごきと脈動し、牙を持った獣の顔を形作る。その口には、唾液の糸を引いた鋭い牙が生えそろう。
その牙は、たとえ吸血鬼であろうとも――いや、吸血鬼だからこそ、噛み千切り、引き裂く。
「そう言えば、先ほど俺を犬と呼んだな?」
それは、確かに犬にも似ていた。赤黒い毛並みの、犬よりもはるかに凶暴で凶悪な俺の分身ではあったが。
せっかくなのでその『犬』を見せてやると、男は短い悲鳴を漏らした。
その獣を、そいつの肩口めがけて振り下ろす。
俺の右手はかみつき、その血肉を齧り取った。




