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紅い世界に雪が降る  作者: ハデス
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〈アルーヴァ〉Dog Eat Dog Of The Battlefield 3

 そびえる朽ちかけた廃屋。

 その規模から、かつての所有者がどれだけの権威を振るっていたかが見てとれる。

 だが、その過去の威容を中途半端にとどめるその光景は哀れでもあった。


 往生際の悪い死に損ない――そんな形容こそが相応しい。

 その屋敷を背景に、その光景は広がっていた。

 それは、戦いの跡。人間と、あきらかに人間ではない者達――獣人だろう。獣の牙と爪を持つ人外――の無残な死体が散らばっている。原型をとどめぬ肉塊からは、もとの人間を断定することすら容易ではあるまい。

 予想していたとは言え、眼前に突きつけられる光景と、ともなってより強烈に感じられる血臭に、思わず口もとを押さえるサリナ。

 俺にとっては今更だが、彼女には堪えるのだろう。


「…………!」


 さっと身を強張らせるサリナ。

 屋敷の物陰からはいでてくる影達。腐臭が強くなる。

 俺達を取り囲む異形ども。その皮膚は半ば腐り、眼窩(がんか)はくぼみ、異常に伸びた犬歯が伸びている。それは、紛れもなくサリナの同胞であった者達のなれの果てであった。


「イエンド、隊長……」

 壮年の男の面影を持つグール。その姿を目にして、サリナは泣き笑いのような表情を浮かべた。


「…………」

 俺は、途方に暮れたように立ち尽くすサリナと、徐々にその包囲を狭めてくるグールどもを見比べる。

 やはり、酷であったか。

 そう思い、口を開きかけた時だった。

 鞘走りの音が遮った。

 サリナは歩み出る。右手に小剣。左手には、腰に差した短剣を手にしている。

 魔を払う(しろがね)が、その輝きを主張する。


「――ゆくぞ!」


 それは、俺に言ったか。グールどもに言ったのか。あるいは、己自身に言ったのか。

 低く、鋭い声。

 次の瞬間には、サリナは自らをグールどもに投じる。

 右手の小剣で牽制し、その体捌(さば)きで攻撃をかわしながら――


「偉大なる汝よ! 我が祈りを聞き入れたまえ! 我が望みを受け取りたまえ!」 


 その短剣の切っ先で、地面を突いていく。


「その大いなる慈悲を、汝の使徒たる我に示したまえ!」


 朗々と発せられる言葉。聖句と呼ばれる――サリナの口から流れる言葉は、確実に彼らを滅する術法を紡いでいく。


「その激しい憤怒を、汝に弓引く者どもに表わしたまえ!」


 地面の突かれた後が、うっすらと輝き出す。


「サリナ=マリクレールの名において我、祈る! 我、願う! 汝の御名にて救いを!」


 五つの頂点を基点に光の線が走り、地面に五紡星が顕現する。

 彼女は、グールどもをその中に閉じ込めるよう、誘導していた。


「汝の御手にて……!」


 立ち止まったところで、肩口に歯を突き立てられ、詠唱を途切らせてしまう。

 だが、それもほんの一瞬。小剣の一閃でなぎ払い、自らを叱咤して、頭上高く短剣と小剣を掲げ、十字状に重ね合わせた!


「浄化の炎よ! 焼き払え!」


「ぐ、ああ?」


「う、うああ」


 光に包まれ、苦鳴の声を漏らすグールども。

 その一瞬、サリナの瞳に戸惑いの色がよぎるものの、すぐに迷いを打ち払い――叫んだ。


「――四方陣聖炎浄化(マルクティカル・メギド)!」


 地面からまばゆい光の柱が天高く貫く。

 無論、俺はその圏内から逃れるべく飛び退る。ついでに、同じく逃れようとした往生際の悪いグールの一匹をその中に叩き込んでおいた。

 グール達の悲鳴。断末魔の多重奏。やがてその姿もろとも光の中に掻き消えていく。


「く、う……」


 光が消えると、その場にはサリナしか残っていなかった。グールどもは文字通りに消失してしまったのだ。全くの痕跡すら残さずに。

 よろめき、くず折れるサリナ。たった今の術法によって激しく消耗してしまったのだろう。


「口が達者なだけはあるな」


 俺は歩み寄る。


「これだけの法術、なかなか見られまい」


「誉めすぎ……だ。ここま、で消耗してしまうんだ。使いこなせて、いるわけでも……ない」


 短剣を腰に差し、空いた左手をグールに噛まれた傷跡に押し当てるサリナ。何事か口の中でつぶやくと、そこをぼんやりとした光が包む。解毒効果の法術だろう。

 グールの爪や牙からは毒を受けてしまうことがある。そしてその毒は犠牲者をも同様にグールへと化してしまうのだ。だが、処置を施せば心配はあるまい。

 さて、彼女は言葉通りのその役目を果たした。

 今度は俺の番だ――

 サリナのすぐそばに立つと、彼女から目を離して、


「見ているのだろう? さっさと姿を現したらどうだ? 悪趣味な糞野郎め!」


 罵声をもって、あたりに呼びかける。


「……()えるなよ?」


 声だけが応じる。

 その姿は、未だない。もったいぶった演出は、さてさて大物か小物か。


「この、人間の犬風情が?」


「犬?」


 言ってくれるではないか。それなりに笑える冗談だ。


「そう見えるのか?」


「同族の恥晒(さら)しめ! (うるわ)しい少女の騎士気取りか? 貴様の目の前で、その女を膝まづかせて、俺の隷属と化してやるよ?」


「く……」


 ちょうど治療を終えたサリナが、その下劣な言葉に歯噛みする。


「ほう? 騎士さまを愛人にするとは大きく出たものだ。身の程知らずな……ぐ!?」


 唐突に言葉を途切れる。


「……あ?」


 サリナが目を見開く。俺の胸から生えるその腕を凝視して。


「ぐ、あ……?」


 俺はよろめき、膝を折る。

 背後から、声。


「くく」


 振り向くと、その右手に拳大ほどの肉塊――俺の心臓だ――を持ち、薄く笑う男がいた。

 見た目なら二十代半ばほどの、銀髪を長く伸ばした整った顔立ちの青年。まるで貴族さながらの衣服に身を包んでいた。

 だが、そのまとう空気は吸血鬼に相応しく、浅ましくて薄汚い。


「何だ? あっけないな」


 男――吸血鬼は嘲るように言うと、ぴくぴくと脈打つ真っ赤な塊をぐしゃっと握り潰した。


「ふん、やはり使い魔ではこの程度か?」


 掌を下に向けて開き、潰したそれを落とす。こびりついたものをぺろりと舌で舐めた。さも美味そうに。嫌らしげに。

 と。


「?」


 男の頬に浅く傷が走る。咄嗟に跳び退(すさ)っていなければ、もっと深く裂かれていただろう。


「ふうん?」


 小剣を振るったサリナを眼前にして、男は薄く微笑んだ。


「やるじゃあないか。ふむ、銀製か? 少々厄介だな」


 通常であれば、その程度の傷など瞬時にして跡形もなく消えてしまうはずなのだ。洗礼を受けた銀は、破邪の刃となる。


「…………」


 サリナは間合いを取り、小剣を構える。


「勇ましいことだが……無謀だな。おとなしく俺の肉奴隷となることを勧めるぞ。安心しろ。素晴らしい恍惚と快楽を与えてやる。ヒトの身では決して味わえない快楽をな……!」


「黙れ!」


 毒づくサリナ。


「きさまなどに(なぶ)られるくらいなら自ら死を選ぶ!」


「ふふ、ふ」


 肩を震わせる男。


「素晴らしい。何と気丈な。ますますその美しい表情を悦楽に歪め、その口から卑猥(ひわい)な言葉を聞きたくなる!」


「――俺は、違うな」


 いい加減に耳障りな男の言葉をさえぎるよう――唐突に響く俺の声。

 男とサリナが同時に振り向く。


 そこには、先ほど倒されたはずの俺が不適な笑みを張り付かせながら、何事もなかったかのように立っていた。


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