The Fragment Of The Red World Ⅰ――断章其の一
空は、真っ赤に燃えていた。
赤く、紅く燃えていた。
流れていく雲は、まるで大きな怪物みたいで。
その怪物達はたくさんの群れになって、一面の空を覆いつくしているみたいで。
町の光景も、赤色に染まっている。
血の色みたい。
そうだとしたら、それはきっと世界が流した血なんだと思う。
わたしの小さな身体よりも、ずっとずっと背が高くそそり立つ建物は、牢屋の鉄格子。わたしの足もとから長く何倍にも伸びた黒い影は、きっとどこまでもついてくる不気味そのもの――。
時々すれ違う誰か達は、わたしのことなんて見えていない。だから、わたしにとっても、その人達はいないのと同じ。顔は影に消されているのっぺらぼうのお化け達だった。
だから、怖いんだ。
世界のどこか遠く。ずっとずっと遠くに、たったひとりで放り出されたみたいだった。
だから、寂しいんだ。
何時までも終わりのない、悪い夢の中に閉じ込められてしまったみたいだった。
だから、哀しいんだ。
とても。とても。
どうしようもないくらいに。頭がおかしくなってしまうくらいに。
わたしはへたあっと座り込む。そうすると、涙があふれてきた。
わたしは、そのまま泣き出してしまう。あふれ出すと、もう止まらない。ぼろぼろと、声をあげてわんわん泣きじゃくってしまう。
わたしはひとり。
たった独り。
この紅い世界に、たった独りぽっちなんだから。
泣いて。
鳴いて。
哭いて。
泣き続ける。
でも、その時だった。
「――」
不意に。
わたしの名前を呼ぶ声がしたんだ。
顔を上げる。
ぐしゃぐしゃになっていた顔をこすって、涙をぬぐった。
誰かが、こっちに向かって駆けて来る。その誰かはわたしの前に立って、ひとりの男の子の姿になった。
枯葉色の髪で、茶色の瞳の男の子。彼は、わたしの幼馴染みの男の子だった。
彼は眉をしかめながら、文句を言う。――ったく、どこに言ってたんだよ。捜したんだからな。――そう、唇をとがらせながら。
ぶっきらぼうだったけど、彼の声がとても嬉しかった。その声はちっとも優しくなんてなかったけど、どうしようもないくらいに安心できてしまった。
だって、わたしは彼が好きだから。
とってもとっても、大好きなんだから。
だから、今度はさっきまでとは違った理由で涙があふれてくる。
わたしはしゃくりあげながら、彼の胸の中に飛び込んでいく。
彼の戸惑ったみたいな反応。
だけど、すぐにわたしの背中をそっと撫でてくれる。わたしに優しく触れてくれる。
それからしばらくして、わたしが落ち着くと彼が帰ろうと言った。
わたしは彼から離れて、こくりと頷く。彼が手を伸ばしてくる。
わたしは、その手をぎゅうっと握り締めた。
わたしは微笑んだ。
そうして、わたしと彼は歩き出した。
帰り道――赤く染まる町並みを、彼と歩く。彼と連れ立って、ふたり歩いていく。
ふと見上げた空は、変わらずに赤かった。
……雪、降らないかなあ。
わたしはつぶやく。
すると、彼は不思議そうな声を漏らした。
――雪?
そう言って、わたしの顔を覗き込んでくる。
ちょっとどきまぎしながら、わたしは大きく頷いた。
だって。
世界は、こんなにも紅い。
怖いくらいに真っ赤だ。
でも、白い雪はきっとこの紅さを覆い隠してくれる……そう、思うから。
だから、雪が降って欲しかった。
紅い世界で。
彼とつないだ手から伝わってくるぬくもりに安心しながらも、どこか不安が消えない心で。
雪が降って欲しいなあって――そう、わたしは思ったんだ。