幼なじみ彼女と理想の間取りを考えたら、どう見ても新婚夫婦の家になった
「では今日は、二人一組でこちらの課題に取り組んでもらいます」
家庭科の先生が黒板に貼ったプリントには、やけに明るい字体でこう書かれていた。
『二人暮らしを想定した、理想の住まいを考えてみよう!』
なるほど。
家庭科という教科が、とうとう俺たち高校二年生へ不動産業界からの刺客を送り込んできたらしい。
「黎、小春と組めば?」
そして開始十秒で榊原莉央が余計なことを言い出した。
「なぜ」
「実地経験が豊富そうだから」
そんな高校生、日本のどこを探してくれば見つかるんだろう。
「高校生にどういう実地経験を想定してるんだよ」
「そりゃまぁ、夫婦生活的な?」
「藤枝家と我が家に謝れ」
俺と藤枝小春は幼なじみで、家も隣同士。
付き合い始めてからは三か月ほどだが、幼なじみとしては物心つく前からなので『付き合い』というモノは相当長いと思う。
以前、莉央には「交際歴三か月、夫婦歴十二年」と評されたこともある。
言わんとしている意味は分からない。理解する気もない。
「別に私は黎とでいいけど」
隣でプリントを読んでいた小春が、あっさり言った。
「ほら」
「なぜ莉央が勝ち誇る」
「黎って、こういうの一人でやらせたら絶対変なことするし」
「お前まで俺への信頼がないのか」
「あるわよ」
あるのか。
「だから私が見てないと」
前後関係につながりが見えないんだが。
「それは信頼なのか監視なのかを明確にしてほしい」
ともあれ、俺と小春は同じ机へプリントを広げた。
条件は二人暮らし。
限られた床面積の中で、必要な部屋と設備を配置していくというシステムらしい。
では早速取りかかろうか。
「キッチンはここ」
「だな」
「冷蔵庫はこっち」
「うん」
「食品庫もほしい」
「……二人暮らしだぞ?」
「必要でしょう」
「なぜ」
小春がシャープペンシルの先を俺に向ける。
「黎、安いからって同じレトルトカレー二箱買ったの忘れて、翌週また二箱買ったでしょ」
「過去の話だ」
「先月の話よ」
先月も過去には違いないだろう。
「未来の俺は成長している可能性がある」
「現在の実績から算出しています」
「住宅ローン審査みたいな目で人間性を評価するな」
しかも、小春の査定は厳しい。
「冷蔵庫も作業台の真横はダメ」
「ん? なんで?」
「黎、何食べるか決めないまま開けて眺めるから邪魔」
「……」
此奴。
「何よ」
「俺という人間の欠点が住宅設備に反映されていく」
「住みやすさってそういうものでしょ」
正論なのが腹立たしい。反論に効果を載せられていないのももどかしい。
結局そのまま洗面所、風呂、収納まで、ほとんど迷わず決まった。
たとえば、小春が朝に使うもの。
あるいは、俺がどこへ適当に物を置くか。
そして、互いに何をどれだけ持っているか。
そんな情報まで自然に出てくる。
向かいの机で莉央と組んでいた森田が、こちらのプリントを覗き込んだ。
そして高速で瞬きをし始めた。何だ、目にゴミでも入ったか。
「お前ら早くね?」
「普通だろ」
「いや、俺たちまだ『洗濯機は縦型かドラム式か』で揉めてる」
「そこ揉める要素ある?」
「あるよ! 莉央が見た目でドラム式選ぼうとする!」
「格好いいじゃん!」
「家電をロマンで選ぶな! アレは間違うと色落ちがヒドくなるんだぞ!」
あちらもあちらで家庭を築くには前途多難そうだった。
「なるほどねー。こっちは?」
莉央まで寄ってくる。差しているのは居住空間の方。
「リビング広めなんだ」
「小春、床に座るから」
「黎もでしょ」
「あと、テーブルはこれくらいなんだ? 結構大きめ」
「その方がいいかなって。黎、教科書とか置きっぱなしにするし」
「未来の俺、ずいぶんだらしないな。っていうか、教科書なのかよ」
「現在の――」
「実績から算出するな」
想像の中の俺は、まさか浪人か留年か何かをしているのだろうか。
そろそろこの家から俺を追い出したくなってきた。
「で、残りは……」
小春のシャープペンシルが止まる。
俺も止まった。
プリント上には、まだ一定の空白が残っている。
「……寝室」
「……だな」
なぜだろう。
冷蔵庫の配置では一秒も悩まなかったが、突如として完全停止した。
「二部屋?」
小春が言う。
「……そうするか」
「でも、それだと黎の作業スペース取れないわよ」
「ああ……」
確かに。
俺としては小さくてもいいから机を置ける場所がほしい。
「じゃあ書斎なし?」
「それは困る」
「なら――」
小春が止まる。
俺も、その先を察して止まる。
「寝室一部屋でいいんじゃねーの?」
森田が軽率に地雷原へ踏み込んだ。
「却下」「却下」
声が重なった。
「そこだけ息ぴったりに拒否するのやめてもらえる?」
莉央が呆れた顔をする。
「いや待て。これは当然の判断だ」
「そうよ」
「二人暮らしなんだよね?」
「課題上は」
「付き合ってるんだよね?」
「事実としては」
「じゃあ何が問題なの」
「……倫理的な何か」
「急にふわっとした!」
――結局。
床面積には限界がある。
書斎を確保しようとすると、どうしても寝室は一部屋になった。
「……交代制にするか」
「寝室を?」
「うん」
「ホテルの夜勤じゃないんだから」
小春に却下された。
ならお前はどうする気なんだ、という質問はしなかった。
聞いた瞬間に負ける気がした。
そんなわけで間取りは完成した。
広めのキッチン。
二人で使うには少々大きめの冷蔵庫。
食料品を置く収納。
二人分の椅子が置かれたダイニング。
小さな作業スペース。
そして寝室が一つ。
莉央がしばらくそれを眺める。
「ねえ」
「嫌な予感しかしない」
「これってつまり、黎と小春の新居じゃん。同棲開始直後くらいの」
「違う」「違うわよ」
「だからその完全一致が説得力を破壊してるんだって!」
そもそもこれは、学校の授業の課題に対する回答でしかない。
別に俺たちがここへ住むわけではない。
間取りというものは住む人間を想定して作る以上、知っている生活習慣を参考にした方が合理的だっただけで――。
「あ、最後に記述欄あるぞ」
森田が指さした。
もう嫌な予感しかしない。
『この家で、一番大切にしたい時間やことを書いてください』
「……家庭科って、たまに急に人生へ踏み込んでくるよな」
前にも似たような経験をした気がする。
「書かなきゃダメなの?」
「提出課題だからなあ」
俺と小春は、互いに見えないようにプリントの端へ答えを書く。
別に難しい話じゃない。
家なんて、帰るための場所だ。
だから――。
「書けた?」
「まあ」
「私も」
莉央が当然のように覗き込んできた。
「では、回答オープンっ」
「なぜお前が仕切る」
俺の答え。
『帰ってきたときに、誰かがいること』
小春の答え。
『帰ってきた人に、おかえりと言えること』
「…………」
「…………」
今度は俺たちが黙った。
莉央も黙った。
森田まで黙った。
やめろ。
普段空気を読まない人間たちが急に空気を読むと、こっちがいたたまれなくなる。
「……別に」
小春が視線をプリントへ落とす。
「家なんだから、誰か帰ってきたらそう言うでしょう」
「まあ……そうだな」
「黎が帰ってくるなら、まあ、言うけど」
なんだその限定条件。
そして、なぜ俺の喉は急に乾いている。
「……じゃあ俺も」
「何?」
「小春がいるなら、帰るけど」
言った。
言ってしまった。
教室の音が一瞬遠くなる。
小春がこっちを見る。
耳が赤い。
たぶん俺も似たようなものだ。
「…………家賃の話をしようか」
「逃げた」
莉央が即座に復活した。
「重要だろ! 二人暮らしにおける金銭負担は!」
「折半でいいんじゃない?」
小春も秒で乗ってくる。
よかった。
お前も逃げたかったんだな。
「食費は?」
「六対四」
「不公平だ!」
「黎の方が食べるでしょ」
「でもブロッコリーはほぼお前の都合で俺に支給されるぞ」
「ブロッコリーは福利厚生です」
「その制度まだ生きてたのかよ」
森田が笑う。
莉央が思い出したように手を叩いた。
「プリン賞与は?」
「年二回」
「そこも継続すんな!」
「業績に応じて増える可能性はあるわよ」
「何をもって俺の業績とするんだ」
「好き嫌いしなかった日数」
「小学生の目標達成スタンプカードじゃねえか」
ようやくいつもの調子へ戻ってきた。
これでいい。
十年後だとか、帰る家だとか。
そういう話は高校二年生にはまだ早い。
完成したプリントを提出用の束へ置く。
莉央が、もう一度俺たちの間取りを見た。
「やっぱりさ」
「まだ何かあるのか」
「二人ってもう、『付き合ってる幼なじみ』じゃないよね」
「じゃあ何なんだ」
「まだ結婚してない夫婦」
「その日本語はおかしい」
「そもそも結婚するって決まったわけじゃないし」
小春がそう言って、俺を見る。
俺も見る。
一瞬。
「……まだ」
「……まだね」
また、声が重なった。
莉央が頭を抱えた。
「その『まだ』が一番ダメなんだって!」
教室に響いたツッコミを聞きながら、俺は提出したばかりの間取りへ目をやった。
まあ。
住む予定なんて、今のところはない。
――今のところは。
たぶん。




