少女はロボットに乗らない
学校からの帰り道、私はひとり歩いていた。公園を通り抜けた。この公園はショートカットになるとして有名だ。とはいえ数秒早くなる程度だけど。遊びまわる子供たちの楽しそうな甲高い声の中、私は地面ばかり見ていた。小石ばかり、お、たんぽぽ。え、たんぽぽ?いま冬なんだけど。弟がクリスマスプレゼントせがんでうるさいんだけど。そんな時、捨てられているフィギュアが目についた。
「なんだろう…?」
右手には銃のようなもの、左手には盾──そのロボットは弟が言っていたものだった。そのロボットは有名だった。ロボットアニメに馴染みのない私にも分かるくらいだ。
「っていうかコレ…ガンダ…」
何かに思考を遮られた。ショッピングモールのおもちゃ売り場でこのフィギュアが山積みにされていた様子を私は思い出す。フィギュアを買ってもらおうと駄々をこねる男の子をみて首をかしげてたんだっけ。そう思いだしながらフィギュアの汚れた背中を見る。持ち上げる前には元の持ち主がいないことを確認した。
「ん…?開いてる?」
トミカの車のドアのようにその背中は開いていて操縦席が見えていた。覗き込んだ。そのときだった。
『操縦者、確認』
いかにもな機械音声が聞こえたその時、突如ロボットからまばゆい光が放たれ私の意識は遠のいた。
再び目を覚ますと私はモニターに囲まれ、操縦席に座っていた。
『操縦者の意識回復を確認。縮小化に成功したとし計画を次の段階へと移行します。』
縮小化…?計画…?私はきょとんとしつつ外の風景を映していると思われるモニターを見ると、私は言葉を失った。それもそう、周りの小石が大きくなっていたのだ。いや、この言い方は誤解を招く言い方だ。正確に言えば、他のものも大きくなっていた。
「何が起こったの!?」
私はどこからか聞こえる機械音声に叫ぶ。
『あなたはこの計画にふさわしいと判断されました。縮小化されたあなたには操縦者として計画の遂行を求めます。』
どうやら小さくなってしまったらしい。あまりにも信じられない。ありえるはずがない。ふさわしい理由なんてないはずなのに。
「あーうん、なるほどね?」
『ずいぶん冷静ですね。』
「…」
何故か。何故か私は納得してしまった。小さくなった私の体はあまりにも残酷に、残念で悔しいほどに粉々な自信によく似合っていた。
「あなたは何者?」
私は聞いた。
『操縦者のサポートを目的とするAIとして開発されました。Kと申します。』
「ChottoGPTみたいなものってこと?」
『大まかにいえばそうです。生成、否せいぜいAIといったところでしょうか。』
「うまいこと言わないで」
最近のAIはそういうこと言えるのか…。
しかし生成AIという言葉は耳に残った。残った言葉は私の中に残された記憶を掘り起こす。
学校での私の成績は悪かった、しかし私は色々なものを知っていた──ナメクジに塩をかけると消える程度のものだが。消えるのではなくて見えないくらいに小さくなるだけだったような気もする。それでもいわゆる物知り枠としてクラスに居場所を作っていたものだ。調べるまでもないが放置はできない事柄を聞くのにはうってつけの人間だったのだ。聞かれたことには必ず答える─「自分で考えてみなよ」なんて言わなかった。相手を突き放すなんて私はしない。”可愛い子には旅をさせよ”なんて言葉は無責任の言い訳に過ぎない。相手を想うなら相手の役に立つことをしなければならない。それが私だった。
決して快適ではなかったけれど自分の居場所がある、こんな日々が続いてほしかった。そんな日々は続かなかった。生成AI、ChottoGPTが登場したのだ。その名の通りちょっとしたことを聞くのには十二分であったChottoGPTは私の居場所を奪いつくした。運動も勉強もできなければAI以下のくだらないことばかり知っている私だけが教室に残された。一人ぼっちで座る私。本来私がいたはずの場所にはChottoGPTがいた。AIをかけられて消えてしまったナメクジとでも名乗っていれば少しはマシだった。しかしそれも時間の問題なのは間違いなかった。私の自信は埃を被り、風化し、小さくなっていった。
生成AIと聞いて私は目を落とす。気が引けた。
『私はせいぜいAIですから──検索機能はつけられておりません。この場で一番の物知りは操縦者です。』
「そう…」
AIなのに良いこと言うじゃん。
『操縦者の心情回復を確認。メンタルケアプログラムを終了します』
「プログラムだったの!?」
何かそれはそれで落ち込むな…。しかし気にしていてもしょうがないのは事実だった。どんなに落ち込んでも高揚していてもそれだけは変わらない。私は気を取り直す。
「ところで計画?を遂行ってどうすればいいの?」
『あなたには人々の平和を守っていただきます。』
「……」
『…実践が一番でしょう。前方20m先の対象─推定6歳の男の子が確認できますか。』
言われるがままに外を映すとおぼしきモニターに目を移す。
「ん…?赤い…あれかな?」
そこには赤い点、ハイライトされた子供がいた。一人でリフティングをしている。男の子ってやっぱサッカーなんだ、まあサッカーだよね。やっぱ子供は遊んでいるのが一番だよねぇ。
『思想強め、計画に影響が及ばないか計算中…』
「え?」
『失礼しました。』
何か言われてたの私?男の子は緊張した面持ちで一定の高さを保ちながらボールを蹴る。新記録が出そうなのかな?…おっと意識がそれていた。目標を確認したんだから次は…
『右手の赤いボタンを押してください。』
ええと、これか。ポチ、ビュン。
「は?」
ロボットの右手から赤い光が現れ、サッカーボールを弾く。ボールはふわり飛ぶ。とても自然だったがあまりにも不可思議だった。 記録更新の邪魔をされた男の子はふてくされた顔でボールを追いかけた。
「何したの!?これじゃリフティングを邪魔しち……ゃ…あ。」
思わず息を飲んだ。男の子は一瞬姿を消した。いや自転車が通り抜けて見えなくなったというべきだろう。自転車は全速力で男の子の幻影をかき消した。自転車の乗り手はスマホ以外何も気にしていなかった。…一歩間違えば自転車と男の子はぶつかっていた。大事故になっていた。
『平和を守るという意味が分かったでしょうか。』
「…。」
言葉がうまく出てこない。状況が呑み込めていないのだから当たり前だ。吞んでもないのに吐き出せるわけがない。
『あなたにはこの任務を遂行していただきます。』
「そんな…いや」
『たとえその行動自体は平和を乱すものだとしても。』
確かに男の子の為だったのだろう。最善で最高で至高の行動だったのだろう。それでも私は認めなかった、認めるわけにはいかない。ボールを飛ばすという行動──邪魔は相手の役に立たない行動でしかないのだから。邪魔なんてしていいと思わなかった。邪魔をしていたら、ChottoGPTで調べようとする同級生に横入りしていたら、相手の行動を遮っていたらそれだけで恥ずべきことなのだ。どれだけ自分のためになろうと、他人のためになろうと。それだけは、譲れない。
『では男の子にリフティングを続けさせてあげるべきだったのでしょうか。』
口を閉ざす。もしそうしていたらどうなっていたかが嫌でも思い浮かぶ。ようやく言葉を絞り出す。
「この任務をするのは私じゃない…私にはできない……。なんで私が…」
『任務は行動の都合上、小さな機体で行う必要があります。』
「小さな」
『操縦者の身体自体を小さくすることは可能でしたが、それだけでは不十分でした。小さな身体には小さな自信が必要です。』
「小さな自信…」
心当たりはあった。
『そんなところにあなたがいた。ただそれだけのことです。』
「いたから…」
『身体が元に戻る方法は二つあります。一つ目は他の適合者を見つけること。二つ目は身体の縮小化の逆をする、つまり身体に見合わない自信を手に入れること──この任務を通して新たな自信を付けること。』
他の適合者を探すのはどう考えても現実的じゃない。どうやら私は前に進まなければならないようだった。
──あれから何人かを救った。
鬼ごっこをする子を転ばせた。頭を打つべきは自分の方なのに。
かくれんぼをする子を泣かせた。泣きたいのは自分なのに「。
縄跳びする子の縄を切った。こんなことしかできない自分を切り離したかった。
遊ぼうとする子に宿題を押し付けた。自分は自分に現実を押し付けた。
何人もの邪魔をした。人を救うために足を掬った。実際彼らは救われた。
いつの間にか公園にいた。私の気分はどん底にいたけど。やっぱ人にとっていいことをするだけじゃダメなのかなあ。まあ邪魔するのは慣れてきたけど感謝がないのがなあ…。
『自信がついてきたようですね。』
「いや全くだよ。」
このAIは冗談をよく言う。
『自信がついているように見えますが。行為ではなく報酬に文句を言うのは行為に自信がある人だけでしょう。』
…分かっていない。あくまで慣れただけ。耐性がついてきただけ。何も感じなくなってきただけ。自信なんて何一つついていない。むしろ失われている。自分の芯すらも失われつつある。
『でもこの行為が相手の助けになると信じて疑わなくなった。行為をする自分を信じたのです。それは自信に違いないでしょう。元に戻るのもあと少しでしょう。』
「もう少し…」
戻っていいのかな。もとに戻ってまた操縦席に戻ってくるんじゃないかな。ここまでで操縦席の心地が良くなった。小さいのは大変だけど自分の居場所はここにあるし。自分以外の適合者なんてそうそういないから奪われもしない。元に戻ればまた居場所がなくなってしまう。
ここまででなんとなくこのロボットについて分かってきた。まず他の人にこのロボットは見えていない。起こした邪魔は小さな不幸──小石につまずいたとか──として帳尻を合わせているらしい。そしてこのロボットは実体を伴っていない、つまりぶつかったりしない。すり抜けた。現実に干渉するのはビームだけだった。…つまり左手の盾は何も意味がなかった。
『盾だけ干渉できるようにするのも大変ですし…だったら他のものと同じく扱うことにした方がいいと判断したのでしょう。ビームだけで事足りますからね。』
「意外とそっちの方も大変なんだね…。」
こういうのって予算度外視でロマンに傾倒するイメージなんだけど。
『ビームと私だけでもロマンの塊でしょう。』
「それもそうだね。」
しかし実体がないというのは困りの種だった。ビームでちまちまやるしかないというのは爽快でない。関わっているような気がしない。
『実体化できないこともないですよ。』
「え?ホント?」
じゃあこれからは実体化すれば助けたときに感謝してもらえるんじゃない?
『一回きりですが。』
「…。」
『しかも使うと操縦者の体の小ささを保てなくなります。その後どうなるのか…。』
前言撤回。ロクな目に合わなさそう。まだ元に戻りたくないんだから。小さいままでいさせて。
『元に戻っても小さいですけどね。』
「はいライン越え。」
背が低いの気にしているのに…。人工知能にも侮辱罪は適用できるのだろうか。そもそも訴訟手続きできるの?そう考えていた時、その思考は爆音にかき消された。
音の先を見るとそこには制御を失ったトラックがいた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
「まあすり抜けるし…。」
『後方に子供の存在を確認。迅速な対応を!』
「ウソ!?」
確かにいた。子供は、子供たちはゲームに夢中でトラックに気づいていない。まずい!ビームもトラックにはびくともしない。タイヤを撃っても効果がなかった。
『子供に撃ってください!ビームに殺傷力はありません!』
「撃てるわけないよ!」
さすがに無理だ。さっき縄跳び切っておきながら殺傷力無いは無理あるって!多分大丈夫なんだろうけど…。私には撃てない!じゃあどうする?穴を掘る?いや時間がない。石を飛ばしてみる?いや焼け石に水だ。石だけど!周りを見回してみるが何もない。ああ…もうどうすればいいの…。
「あ」
思いついた。
『却下します。』
「いや、やるよ。」
『正気ですか?助ける方法は他にあるでしょう?』
「そうだね。」
『なら…』
「でも自分にできるのは、したいと思えるのはこれなの。」
結局自分は変われなかった。自分は人の邪魔なんてできなかった。自分は犠牲にしかなれなかった。
『また操縦者を探さなければ…。』
Kの声を背中に、私はトラックに突っ込んでいった。
「うーん。」
目を覚ました。どうやら元に戻ったようだ。
「子供は…?」
周りを見回す。子供は無事のようだ。あくまで無事なだけで開いた口がふさがっていない様子だったが。
「ロボットは…。」
ようやくロボットを見つけた。ロボットはボロボロになっていた。その顔はこちらを睨んでいるように見えた。これはK怒ってるな…。まああれだけのことをやったからしょうがないな。心の中で謝った。
あの時私は実体化してトラックに突撃した。しかし正面からではない。下から突撃した。突撃して突き上げた。トラックは宙を舞う。そのまま子供たちの頭上を超えた。まるでスタント映画のようだった。何とか子供は守れたがロボットは無事では済まなかった。
『機体の損壊が深刻!何やってくれたんですか!』
焦るKの声が印象的だった。本当に人工知能だったのだろうか。そんなことを思いながら私の意識は失われていった。
とりあえず私は家に帰ることにした。でも寄り道をした。ロボットを買った。
「弟のプレゼントにしよっと。」
『あれ○○じゃね?』
学校のクラスメイトに遭遇した。私は苦笑いした。
『なにそれ?そんな趣味あったの?』
「これは弟に…。」
『弟?弟いたの?』
「うん…。」
言ったことなかったっけ。忘れられてた?
『へーいいじゃん。なんかよくわかんない子だと思ったけどお姉ちゃんしてるんだね。』
「…。」
『もうこんな時間?ごめん行かなきゃ。またねー』
「あ…またね。」
自分を見つけたような気がした。姉として動くのが私だったのか。いやそれだけかな?まあいいか。私は家に帰った。
次の日。
──ロボットフィギュア急高騰!ロボットが人命救助!?
私は開いた口が塞がらなかった。そうか実体化したから…。感謝はされたがうれしさと気まずさが混ざり合っていた。




