お望みとあらば一度だけ ~「王侯貴族のために働け? 嫌ですけど」の後日談~
「ようこそおいでくださいました、王妃陛下」
教会の貴賓用の部屋で、私はこの国の王妃を迎え入れた。
事前に連絡があったので、教会での治癒を切り上げて待っていたのだ。お偉い方なので特別扱いもある程度はやむを得ない。こんなところで波風を立てるほど愚かではないつもりだ。
王宮での聖女お披露目の夜会から一週間が過ぎていた。
市井には王家に対する不満と憎しみは溜まっていたが、私が今まで通り教会で聖女として民を癒すことになったせいか、一応収まってはいる。
王妃も、もっと早く来るかと思ったが、あれだけの衆目の中で恥をかいたせいか、すぐにはやってこなかった。今日も供の者は侍女二人と護衛二人だけだ。取り巻きの貴婦人たちは一緒ではない。
「さっそくですが、王妃陛下のご希望は、お肌を若返らせるということでしたね」
私は王妃の目をじっと見る。今から王妃は嘘がつけない。
「ええ、そうね。お願いするわ」
「最初に断っておきますが、私はこれまでの聖女様方とは、魔力が少し異なるようなのです」
私の方はいくらでも嘘がつける。道徳とか倫理とか、拉致した相手に対してはクソくらえだ。
とは言え、積極的に嘘をつくつもりはない。方便程度だ。なにしろ生き永らえるために必死なのだ。
「若返りはできないというの?」
王妃様は不満顔だ。
「得手不得手がございます。私は傷病を癒す外は、植物を成長させることに長けているようなのです。ですから、若返らせる方法も、それに準じたやり方になるため、即効性はありません。じわじわと数日かけて新しい肌に生まれ変わるようになるのです」
何も間違ったことは言ってない。これまでの聖女のように、本来の聖女の力を超えるようなこと、つまり、時を戻したりしないってだけだ。だって死にたくないから。
「使えない聖女ね」
言ってから王妃は、はっとしたように扇で口元を隠した。今さらだ。
「使えませんか、私。これだけ毎日、縁もゆかりもない王国の民を癒しているのに?」
私が王妃を真っすぐ見据えると、王妃は焦ったように、
「口がすべったわ。どうして思ったことが口に出てしまうのかしら・・・」
と、さらに墓穴を掘り続ける。
「本当に正直なかたですね」
私は呆れたように言う。
「違っ、いえ、違わないわ・・・」
王妃は口を開けばまずいことを言ってしまいそうで精一杯自粛しようとしている。
狭い部屋の中で壁際に控えている侍女たちも、王妃様の普段の優雅さはどこに行ったのかと驚いている。気の毒なので、助け舟を出しましょうか。
「聖女と言う存在に対して、人は素直に心の内を吐露してしまうものなのかもしれませんね。心を開いていた方が、聖女の光の魔力をすんなりと受け入れることができるでしょうから」
嘘である。私に魅了されて、卑しい心根が丸裸にされているだけなのだ。
「では、さっそく取り掛かりましょう。向こうで治癒の順番を待っている人たちがいますから」
私はさっさと済ませたい気持ちを隠しもせず、年齢よりも十以上若く見える王妃の、皮膚の細胞分裂を促した。通常のサイクルより早く、どんどん分裂するように。するとどうなるか。
表皮幹細胞は分裂に回数制限はないから次々新しい肌に生まれ変わるが、その下の真皮の細胞は50回くらいで分裂能力がなくなるらしい。結果、新しい細胞を生成できなくなり、老化が始まる。
「この施術は、これで最後とさせていただきます」
「まあ、なぜ? それは困るわ」
「年を重ねるのは病ではないからです。治療は必要ありません。そんなことで私の聖女としての治療を妨げるようなら、王国民からどう思われるでしょうね」
「下賤の者のクセに、王家に楯突くというの」
あらあら~、良いのかな。侍女たちはともかく、護衛の方たちは明らかに引いてますけども。
「では、下賤の者に近寄られるのもお嫌でしょう。サービスにもう一回分の細胞分裂を追加しておきますね。テロメアよ、どんどん短くな~れ」
「なによその呪文みたいなセリフ」
意味分からないでしょう? 私だってネットでかじった知識だし。細胞分裂には限界があるらしいですよ。テロメアとやらがなくなったら、分裂終了のお知らせですって。でも、そんなことは教えてあげない。今やっているのは、老化を促進してるだけだなんて。
面倒なので、
「異世界の言葉で王妃様の未来を寿いでみました」
などと言っておく。
王妃は納得のいかない顔で、帰るわ、と言った。
「教会への寄付もお忘れなく」
背中に声をかけると、侍女が金貨の入った布袋を寄越した。この金で王妃は老化を買ったのだ。ご愁傷様。
それからしばらく高貴な方々の訪問が続いた。
私はにこやかに、王妃にしたのと同じ処置をした。年を取って細胞分裂の間隔が間遠になった人たちの細胞の分裂を促す。いくらかでも若返った実感があるだろうか。肌のコンディションがよくなったことで、体中が若返ったと騙されてくれるといいのだが。
頭髪相談には、毛母細胞を活性化したり、頭皮の血流を促したりしかできなかったが、改善したかは定かでない。もちろんこの方々にも、病気じゃないからもう来るなと念を押した。ついでに体のあちこちの細胞分裂を促すことも怠らない。聖女たちから奪い取った寿命はさっさと使い切ってね、という祈りをこめて。
こうした王侯貴族の訪問の度に、教会で順番を待っていた人たちへの治療を中断することに、人々が不満を募らせ始めた。
なにしろ貴族たちは、教会に押しかけてきて言いたい放題なのだ。
「俺は子爵だぞ。優先されて当たり前だろう」
「なぜ私が待たなくてはいけないのです。本来なら屋敷まで聖女が出向くべきでしょう」
「ワシの治療ができるなど、名誉にほかあるまい」
「あいつは男爵家だろう、俺は伯爵家だぞ。俺が先だ」
そんな心のままを口にするのが部屋の外にも聞こえてきた。傍若無人で自分勝手、品格も何もない。これが貴族の真の姿なのだと人々は知る。私の魅了のせいで喋ってしまうのだが、もともとそう思っていたのだから自業自得だ。
こうしたろくでもない貴族のトップである王家は、次第に求心力を失っていった。
それから一年もすると、かつて衰えぬ美貌を誇っていた高貴な女性たちが、見る影もなく衰えだし、年齢よりも老けて見えるようになった。
背筋を伸ばし、溌溂とした若さで流行のスタイルで王宮を闊歩していた高貴な男性たちは、背が丸まり肌が弛み、しわがれた声が耳障りになった。年相応どころか、ずっと年寄りに見えた。
「これはどういうことなのだ、聖女よ」
ある日、弛んだ頬にシミをのせた顔の男が、私に文句を言いに来た。教会で人々を癒しているところに乗り込んできたのだ。
「ここ一年で十も年を取ったように思う。どうしてくれるのだ」
言い掛かりである。
「人間は、自然の理に反したことをすれば、反動が来るのは当然です。かつての聖女たちの命を削って得た若さなど、あなた様本来のものではありません。まがい物はいつかダメになるものです」
「ということは、もしや俺は、本来生きるより短くしか生きられないということか?」
男は呆然としている。
「死んでいった聖女たちこそ、本来生きられる時間を奪い取られましたが?」
そう言うと、
「俺と平民とでは、命の価値が違うだろうが!」
男は叫んだ。
周りにはたくさんの庶民や教会で働く人たちがいて、その言葉に眉をひそめた。コソコソと何ごとか囁き合うのを見て、男は我に返った。
「いや、俺は領民は大切に思っているぞ」
「領民でなければ良いと?」
「当たり前だ、自領の民さえ大事にしている振りをしていれば良いだろう。平民など貴族のために生きて・・・」
男は言葉を詰まらせ、ゆっくりと辺りを見回した。言ったことは取り返せない。
「失礼する!」
男は踵を返して去っていった。後ろから侍従らしき男が走って追いかけていく。あーあ、正直に言うから。それにしても、逃げ足は速かった。まだまだ若いではないか。
そのようなことが幾度もあった。
だから貴族とは、皆そのような者ばかりだと思っていたが、実はそうでもなかった。
私は知らなかったが、貴族たちの中には、聖女を若返りのために使い潰すのを良くないと思っている者もいた。それらの貴族や、正義感溢れる騎士、貴族の横暴にうんざりしている魔術師たちは、密かに結束を固め、クーデターを起こす準備をしていた。
しかし、私はその件からは遠ざけられていた。なまじ聞かされていると、何かあった時に巻き添えになるからと。これ以上、異世界から来た私に迷惑をかけるべきではないということらしかった。
クーデターが成功し、政治のゴタゴタがあらかた収まった頃、私は魔術師のゼノから一部始終を教えてもらった。
王族や偉そうだった貴族たち個々人については、詳しいことは分からないし、知りたくもない。ただ、これからは普通の人たちが平穏に一生を送れたら良いなと思うのみである。
それにしても魔術師ゼノよ、私の帰還の目途はまだ立たないのかね?
読んでいただき、ありがとうございました。
この話はこれで終わりです。ゼノたちが頑張って帰還の方法を構築して、私が無事日本で元カレをぶん殴る話は、これ以上膨らまないので書かないことにします。




