序章
これは、祖父からゆずり受けたトランクケースにノートとペンと旅に必要なものを入れて、いろんな場所に訪れては物語を作り出す十五才の少年シアンの旅物語です。
彼には不思議な能力がありました。それは《その場所で起きた過去の出来事を見て紙に記録する》というものです。彼はその見えたものを元にして物語を作り、冊子にして売っては次の場所に行くための旅費にしていました。
ある日の夕方のことです。
新しい町に入ったシアンは、さっそく次の物語を作り出す目的地を決めるための情報集めに、そして少しだけ大人になった気持ちになるために酒場へと向かうことにしました。町の人に酒場の場所を教えてもらうついでに「見かけない子だねぇ。まあ、ティンカーならお似合いだね」という悪口をもらいました。そして町のまんなかにある教会の前を通り過ぎ、十字路を二つ通り過ぎて右へ曲がると酒場の看板が見えてきました。しかし、酒場の入り口の前では取っ組み合いのケンカが起きていました。
(どこの町の酒場もこういうものなのかな)
シアンは大人というものに少しだけあきれました。そして、酒場の入り口に集まっている人々をよけながら少しずつ進むことにしました。しかし、入り口までもう少しという時、いきなり後ろからケンカをしていた人のひとりが吹き飛んできて、それに強く押されてシアンは倒れてしまいました。さらに運の悪いことに地面についた手のひらがとがった石に当たってしまい切り傷ができてしまいました。手のひらからは血が少しだけ出ていました。シアンは切り傷が痛むのをガマンして立ち上がり、ケンカの集団から逃げるようにして酒場へと入りました。
ひと息落ちつこうと座る席を探しましたが、酒場の中はたくさんの人でごった返していて座れる席が見当たりません。シアンは仕方なく座ることをあきらめて、とにかく目的地の情報を集めることにしました。そうして、大声がひびき渡り、酒の匂いがただよう中で必死になって手に入れた情報をノートにメモしました。十四人もの人に聞いて、教えてもらえたのはたったの二人だけでした。そしてその二人から教えてもらった場所は全く同じ場所でした。最後にシアンは酒場のカウンターに向かい、そこで干し肉と水の入った皮袋を買ったあとに酒場を離れました。
シアンは買っておいた水を切り傷に少しだけ流して洗いながら考えました。まず、ほとんど空になったお金の袋のことが心配になりました。シアンの旅はまだ始まって三ヶ月しかたっていませんが、家を出る時に持ってきたお金は何の考えもなしにどんどん使ってしまいました。しかし、もう手遅れです。こうなってしまうと、町のはずれにある農家の手伝いをしてお金をかせぐ必要が出てくるかもしれません。その他にも野宿をしなければならなくなった時の心配もしました。手のひらの切り傷もまだズキズキと痛みます。この切り傷がこれ以上ひどくならないかの心配もしました。
たくさんの事を考えながら歩いているうちに、小さな宿を見つけました。その宿は、小さなすき間のたくさんあるボロボロの壁にななめにかたむいたかやぶき屋根という宿でした。シアンはここなら安くで泊まれるだろうと思いました。そして宿の中へ入ろうとした時、その宿の店主が外に出てきて言いました。
「今日はもう店じまいするから、また明日にでも来るんだな」
宿の扉は閉まってしまいました。
こうして、扉の前でとほうに暮れるシアンは野宿をすることになりました。
夜になりました。
町からほんの少し離れた所にある大きな木の根元に腰を下ろしました。ひんやりとした月の光がシアンの周りを明るく照らしました。明日のことを考えると、目の前が真っ暗になりました。ふと、目から涙がこぼれ落ちました。そしてシアンはつぶやきました。
「もう、最悪だ」




