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【第5話】甘美な夜と、彼女の祝福


 次の日の朝、目を覚ますと宿の食堂はすでに明るかった。


 一番早く起きたのは自分だったが、しばらくして足音が聞こえ、チーズが降りてきた。


 一目で分かるほど、彼は浮かれていた。


 口元は緩み、動きもどこか軽い。


 昨日の団体戦で活躍できたことが、よほど嬉しかったのだろう。


 いや、それだけではない気もするが、深く考えるのはやめた。


「おはようございます」


 チーズはいつも以上に明るく挨拶をする。


 その様子を見て、昨夜のことが頭をよぎるが、何も言わずに返事をした。


 ほどなくしてアルが現れ、全員が揃ったところで話し始める。


「今日は少し町を離れようと思う」


 アルは地図を広げながら続けた。


「西に森があってな。その中を川が流れている。今日はそこでキャンプをしよう」


 キャンプ、と聞いてミリムが目を輝かせる。


「いいね! 外でごはん!」


「ケントの歓迎会も、ちゃんとしてなかったからな。それも兼ねてだ」


 アルはそう言って、ちらりとこちらを見る。


 それから少し間を置いて、続けた。


「ついでに、戦闘の練習もする。昨日の闘技場で見たことを、無駄にはしたくない」


 その言葉に、チーズはうなずき、ロックは静かに腕を組んだ。


 アルはやはり、昨日の結果に思うところがあるのだろう。


 準備の段取りを決めるため、アルが言う。


「手分けしよう。買い出しと設営だ」


 アルは続ける。


「買い出しは俺とチーズで行く。

ケント、ロック、ミリムは先に森へ向かって、テントの設営を頼む」


 一瞬、場が静かになる。


 ミリムは「りょーかい」と軽く手を上げ、いつもの調子で笑った。


 ロックは何も言わず、短くうなずく。


 チーズは少し驚いたようだったが、すぐに「分かりました」と返事をする。


 アルがこの組み合わせを決めた理由は分からない。


 だが、意図的なものを感じずにはいられなかった。


 買い出し組と設営組でその場を分かれる。


 アルとチーズは町の方へ、


 ケント、ロック、ミリムの三人は西の森へと向かうことになった。


 森へ続く道を歩きながら、ケントは隣を歩くミリムをちらりと見る。


 朝と変わらず明るい表情で、昨日のことなど何一つ気にしていないようだ。


 ロックは少し前を歩き、振り返ることもなく黙々と進んでいる。


 この静かな三人の組み合わせは、不思議と落ち着く。


――アルは、チーズと二人で話したいことがあるのかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎるが、確かめる術はない。


 ケントは森の奥へと続く道を見据え、気持ちを切り替えた。


 まずは、任された役目を果たそう。


 三人は木々に囲まれた静かな森へと足を踏み入れていった。





 森の中を歩いていると、やけにミリムが自分のことを褒めてくる。


「ケントってさ、よく見るとかっこいいよね」


「気も利くし、ちゃんと周り見てる感じがして好きだな」


 唐突で、しかも間隔が近い。


 冗談とも本気とも取れる口調で、視線もやたらと向けられる。


 一方でロックは、いつも通り静かだった。


 ミリムは彼のことには一切触れない。それが逆に気になり、ケントはロックに話を振ってみる。


「ロックは、こういうキャンプとかよくやるのか?」


「ああ……まあな」


 返ってくるのはそれだけ。


 それ以上会話が広がることはなく、結局またミリムの声だけが森に響く。


 悪い気はしない。


 むしろ気分はいいはずなのに、どこか落ち着かない、不思議な感覚だった。


 やがて設営予定地に到着し、テントの設営を始める。


 ロックが手際よく指示を出し、ケントとミリムはそれに従う。


 ロックはこういう作業に慣れているらしく、迷いがない。


 気づけば、思っていたよりもずっと早く設営は完了していた。


 だが、買い出し組はまだ戻ってくる気配がない。


「……ミリム、ちょっといいか」


 ロックが彼女を呼ぶ。


「少し話がある。向こうで」


「えー、ケント一人にしちゃうの?」


 ミリムはそう言って、わざとらしくこちらを見る。


「いいよ、話してきて。

その間、剣の素振りでもしてるし」


 そう返すと、ミリムは少し不満そうな顔をしながらも、ロックについていった。


――果たして、この素振りが自分の強さに何か意味を持つのか。


 正直よく分からない。だが、何もしないよりはいいだろう。


 剣を振っていると、余計なことを考えずに済む。


 心が自然と集中していく。


 対人戦。


 これまで魔物としか戦ってこなかったが、昨日の闘技場を思い出しながら、その動きも想定して剣を振る。


 気づけば、三十分以上経っていた。


 ロックとミリムは、まだ話しているようだ。


 その時、足音が聞こえた。


 振り返ると、アルとチーズが荷物を抱えてこちらに向かってきていた。


「一人で素振りなんて、精が出るな。

……ところでミリムとロックはどこ行ったんだ?」

 

 アルが聞いてくる。


「なんか二人で話があるからってさ。呼んでくるよ」


 そう答え、ケントは二人が向かった方角へ歩き出した。


 少し進んでも姿は見えない。


 そんなに遠くまで行ったのだろうか。


 さらに奥へと足を進めながら、ふと考える。


 途中参加の自分のために歓迎会まで開いてくれて――


 アルは本当に、いいやつだな。


 その時、草木の向こうで何かが揺れた。


 近づくと、かすれた声が聞こえてくる。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ミリムの声だった。


 ロックが何か言っているようだが、言葉ははっきりしない。


 説教だろうか。


 そう思いながら、さらに一歩踏み出す。


 視界が開け、二人の姿がはっきりと見えた。


 ロックはミリムに覆いかぶさるように身体を重ね、ミリムも拒む様子はなく、ただ彼を受け止めていた。


 いつも寡黙なロックからは想像できないほど、その仕草は荒く、感情が滲んでいた。


「……なんだ、今日のあの新入りへの態度は」


 低い声が漏れる。


「俺の前で、あいつばっかり褒めやがっ

て……」


 責めるような言葉とは裏腹に、二人の距離は近いままだ。


「ごめんなさい……私が悪かったです……」


 そう答えるミリムの声は、先ほどまでの明るい彼女とはまるで違っていた。


「……お前が好きなのは、誰なんだ」


 問い詰めるような声だった。


 一瞬の間。


 その沈黙のあと、ミリムははっきりと答えた。


「……男らしいロックが、好きです」


 その声は男を誘うような甘い声だった。


 その言葉に、ロックの動きが一瞬だけ止まる。


「……そうか」


 それだけを呟き、再び動きはじめるロック。


 ミリムは拒まなかった。


 ロックが動くのに合わせて、甘美な声で応えるミリム。

 

 押し殺してはいるが、その声はケントの耳に確かに届いていた。受け入れる声。

 

 ロックは、ケントの存在に気づく気配がない。


 その時、ミリムがふとこちらを見る。

 

 一瞬だけ。


 確かに、こちらを見て――ウインクした。


 次の瞬間には何事もなかったかのように視線を戻し、再びロックとの距離を埋めていく。


――一体、何なんだ。ミリムは。


 これ以上見ていられず、ケントは静かに踵を返した。


 アルとチーズの元へ戻る。


「いたか?」


「ああ……いや、見当たらなかった。

そのうち戻ってくるだろ」


 そう答えると、それ以上は何も言わなかった。


 











 二人が戻ってきたのは、それからさらに三十分も後だった。


 その間に、アルとチーズと三人で料理を始め、気づけばほとんど完成していた。


 火の番をしながら、段取りよく皿が並んでいく。


「ったく、どこ行ってたんだよお前ら」


 アルがそう言うと、ロックは短く、


「……すまん」


 とだけ答えた。


 ミリムは少し肩をすくめて、


 「迷子になっちゃって」と、いつもと変わらない笑顔を浮かべる。


 その表情に、さっき森で見た光景の影は微塵もなかった。


 五人で囲む食事は、自然と賑やかになった。


 焚き火の明かりと笑い声に包まれながら、サカエで過ごしたリアの家での食卓を思い出させた。


 アルが、買い出しの時の話を切り出した。


 どうやら昨日の闘技場での魔法について、チーズに詳しく聞きたかったらしい。


 あの炎の龍は、アルたちにとっても初めて見る代物だったらしい。


「僕、剣とかは全然だけどさ」


 少し照れたように、チーズが言う。


「魔法だけなら、人より出来るみたいで。あの魔法も最近使えるようになったんだけど、魔力の消費がすごくて……だから、まだ言ってなかったんだ」


「いやー、本当にすごかったよ」


 アルは素直に感心した様子で笑う。


「でもさ、僕たちの間で隠し事はなしだろ?」


 その言葉に、場の空気が一瞬だけ揺れた気がした。



――隠し事。


 ミリムのそれは、間違いなく隠し事なんだろう。


 そして、それは彼女だけじゃない。


 この場にいる四人全員が、それぞれ何かを胸の内に抱えている。


 そう思ったが、俺が口を出すことではない。


 少なくとも、今は。


 買い出しの量が多すぎて、食べきるのには少し苦労したが、それでも楽しい夜だった。


 焚き火が小さくなり、笑い声が静かになっていく。


 楽しい宴は終わり、男たち4人は同じテントに、ミリムは1人用のテントに別れ、眠りについた。













 夜中、ふと目が覚めた。


 焚き火はすでに落ち、森は静まり返っている。


 男たち三人はそれぞれ深く眠っていた。


 起こさないように、外に出る。


 夜風に当たっていると、少し離れた一人用のテントから人影が出てくる。


 ミリムだった。


「あれ、ケントも起きちゃったの?」


「ね、ちょっと話そ」


 そういえば、ミリムとこうして一対一で話すのは初めてかもしれない。 


 断る理由もなく、明かりを灯して椅子に腰掛ける。


 だが、いざ向かい合うと、何を話せばいいのか分からなくなる。


 沈黙が続く中、先に口を開いたのはミリムだった。


「……見てたでしょ」


 返事ができなかった。


 アルの時も。


 チーズの時も。


 そして、ロックの時も――。


「全然何も言ってこないからさ。不思議だったんだよね」


 その声に、探るような響きはなかった。


 本当に、純粋な疑問から出た言葉のように思えた。


「俺が口出すことじゃないだろ」


 そう答えると、ミリムは夜空を見上げたまま、「ふーん」と短く返した。


「ひとつだけ、聞いていいか?」


 視線を星に向けたままのミリムに問いかける。


「三人はさ……お互いに知ってるのか?」


 一瞬の沈黙。


 「どうなんだろ。知らないんじゃない?」


 少しだけ笑って、続ける。


「知ってても、言えないでしょ。

みんな良い思いしてるんだし、わざわざ壊すこと言わないよ」


 いつも通り、明るい声音だった。


「なに、ケントもしたいの?」


 からかうような一言。


「いや、俺は別に……」


 言いかけて、言葉を切る。



 俺が一番引っかかっていたのは、そこじゃなかった。


「なんで……みんなと」


「言っても分からないよ」


 軽く返されたその言葉の奥を、俺は読み取れなかった。


「それよりさ」


 ミリムが話題を変える。


「ケントって、自分の呪いのこと、ほんとに知らないの?」


 女神の力。


 今まで、誰にも話したことはない。


 ただ――俺は強くなりたい。


 その代償も知っている。


 そして、もしそれが“誰かへの感情”だとしたら、ミリムがその対象になり得るのか、考えていた。


 だが、すでに他の男たちとの関係を目にしている。


 そもそも、強く惹かれているわけでもない。


 明るくて、可愛くて、魅力的なのは確かだが――。


 黙っていると、ミリムが続けた。


「やっぱり、分かってるんだ」


「なんか誤魔化してると思ったんだよね」


 そして、冗談めかして笑う。


「アルが言ってたじゃん。隠しごとはなし、って」


 その言葉が、少しだけ胸に刺さった。


 きっと一番分かっているのは、彼女自身なのだろう。


 皆が、自分との関係を隠していることを。


「……確かに、俺には何かついてる」


「呪いか、加護かは分からないけど」


 少し間を置いて、続ける。


「でも、仮に話したところで……ミリムじゃ力になれない」


 言った瞬間、後悔した。


「なにそれー」


 ミリムがむくれる。


「私じゃ役立たずってこと?」


「ごめん」


 すぐに謝る。


「例えばだけどさ」


 ミリムが、ふっと笑って言う。


「ケントが、私のこと好きになったら……役に立てたりするの?」


 きっとミリムは適当に言ったんだろう。


 けれど、妙に核心を突いていた。


「……それは……」


 言葉が続かない。


「ふーん。そっかそっかー」


 どこか満足そうに頷くミリム。


「じゃ、わたしも頑張っちゃおかなー」


 そう言って、軽やかに立ち上がり、自分のテントへ戻っていった。


 ひとり残され、空を見上げる。


 満天の星が、静かに瞬いている。




 ミリムのことが少し分かったようで、

それ以上に分からなくなった――そんな夜だった。


  








 朝、目を覚ますとすでに焚き火の準備がされていた。


 簡単な朝食を囲み、自然と談笑が始まる。話題は、この先の予定についてだった。


「実はさ」


 アルが切り出す。


「この町が、ちょうど折り返し地点なんだ。ここからは僕たちの町に戻る予定でさ」


 あと一週間ほどはこの町に滞在するが、それが過ぎれば帰路につくらしい。


「ケントは、どうする?」


 そう聞かれ、少し考える。


 集会所で新しい仲間を探すにしても、今の自分ではすぐには見つからないだろう。


 それなら、このパーティーにいた方がいい。


「……俺も、アルたちの町まで一緒に行っていいかな」


 四人が育った町を見てみたい。


 それは打算ではなく、本心からの言葉だった。


 ミリムのことは少し気がかりだが、俺が何も言わなければ、この均衡は崩れないだろう。


「じゃあ、それで決定だな」


 アルがまとめる。


「まだまだ一緒にいられるんだね」


 ミリムも嬉しそうに言った。


 朝食後は、戦闘の練習を始める。


 今日はチーズが、今まで使っていなかった魔法を皆に教えてくれた。


 まずは、あの光の壁。


 物理攻撃には干渉せず、デバフ魔法を含めた魔法全般を弾く防御魔法らしい。


 ただし、こちら側の魔法も弾いてしまうため、防御専用とのことだ。


「今まで使わなかったのはね……」


 少し照れながらチーズが言う。


 「攻撃魔法の方が、男らしいと思ってたから」


 炎の龍についても改めて。


 この世界では“大魔法”に分類されるらしく、闇市で買った魔導書に載っていたものだという。


「正直、インチキだと思ってたんだ。使えた時は本当にびっくりしたよ」


 ただし、全身の魔力を持っていかれるため、できれば使いたくないらしい。


「でもこれで、ピンチの時はチーズに守ってもらえるね」


 ミリムがそう言っておだてると、チーズは分かりやすく嬉しそうにしていた。


 その後はフォーメーションの確認。

 

 同じ道を戻るとはいえ、魔物に遭遇する可能性は十分にある。


 俺を含めた五人での動きを、改めて細かく確認していった。





 気づけば夕方。


 「もう限界ー」とミリムが音を上げたところで、今日の練習は終わりになった。


 テントを片付け、宿へ戻る道すがら、ふと皆の視線に気づく。


 今までは気にしていなかったが、自然と向けられるその先は、やはりミリムだった。


 四人の関係を知った今、それが偶然ではないことは分かっている。


 宿に着くと、アルが言った。


「今日はよく頑張ったし、ここで解散な」


 皆、相当疲れていたらしく、その夜は誰も外に出ることはなかった。


 それぞれが無言のまま宿へ入り、そのまま自分の部屋へ直行する。


 俺も部屋に戻り、軽く汗を流してからベッドに横たわった。


 天井を見つめたまま、胸元に下げていた腕飾りをそっと取り出す。


 リアからもらった、森の花で作られた腕飾り。少し枯れてきていたから、外して首にかけれるようにしていた。


 素朴で、不格好で、でも不思議と温かい。

 

 あの真っ直ぐな気持ち、疑いのない笑顔。


 きっと子供の頃は、誰もが持っていたはずのものだ。


 それでも、いつか変わってしまうのだろうか。


 この世界の中で、生きていくうちに。

 

 ……リアは、変わってほしくないな。


 そんなことを考えているうちに、意識がゆっくりと沈んでいく。


 深い眠りには入れず、浅い眠りを何度も繰り返す。


 夢とも現実ともつかない時間の中で、腕飾りの感触だけが、確かにそこに残っていた。











 



 コンコン、と控えめにドアを叩く音がした。


 夢の中にいたはずの意識が、ゆっくりと現実に引き戻される。


 まだ夜のはずだ。外は静かで、宿の廊下の気配もほとんど感じない。


 ……リア?


 半分眠ったまま、そんな名前が頭に浮かぶ。


 「ケントー、入るよー」


 その声で、一気に目が覚めた。


 ドア越しに聞こえたのは、間違いなくミリムの声だった。


 返事をする間もなく、軽い音を立てて扉が開く。


 「もう、やっぱり寝てたんだ」


 そう言いながら入ってきたミリムは、昼間とは違う姿をしていた。


 淡いピンク色の寝間着に身を包み、普段結っていることの多い銀の髪は、風呂上がりらしく真っ直ぐ肩口まで落ちている。


 湯気を含んだ空気と、微かな石鹸の匂いが部屋に広がった。


 頬が少し赤いのは、湯冷めのせいか、それとも。


「起こしちゃった?」


「……いや、大丈夫だ」


 そう答えながら、上半身を少し起こす。


 ミリムは特に気にした様子もなく、当然のようにベッドの端に腰を下ろした。


 距離は近いが、触れるほどではない。


「ちょっとね、話したいことがあってさ」


 軽い調子の声だったが、視線は真っ直ぐこちらを向いていた。


 数秒の沈黙。


 ミリムは一度だけ息を吸い、決心したように口を開く。


 「ねえ、ケントってさ」


 呼ばれた名前に、自然と背筋が伸びる。


 「私のこと、好きじゃないの?」


 冗談とも、挑発とも取れない。


 ただ純粋に疑問を投げかけるような声音だった。


 俺は一瞬言葉に詰まり、それから正直に答える。


「仲間としては好きだよ。

 でも……それ以上かって言われると、違う」


 ミリムはすぐには反応せず、少しだけ視線を逸らした。


 何かを考えるように、唇に指を当てて黙り込む。


「……やっぱり」


 ぽつりと、独り言のように呟く。


 「ケントの呪いって、私の――」


 そこで言葉を切り、こちらを見る。


「……いや、いいや」


 そう言い直しかけたミリムに、違和感を覚える。


「何の話だ?」


 問い返すと、ミリムは一瞬だけ迷うような表情を見せたあと、静かに口を開いた。


「みんなには隠してるんだけどね」


「私、実はね。加護を持ってるの」


 静かな声だった。


 照れも誇らしさもない、事実を述べるだけの調子。


「誰にも話したことないけどね」


そう前置きしてから、ミリムは一度こちらを見る。


「でも、ケントが私のことを好きになってないってことが確認できたから。……だから話すね」


 その言い方に、胸の奥がわずかにざわつく。


「私の加護はね――“愛されること”」


「特に、男の人から」


「普通にしてるだけでも、男の人はみんな私のことを好意的に思ってくれるの。」

 

「一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、その好意は恋になって、愛になる」


 愛される加護。


 言葉だけ聞けば祝福のように感じる。

 

 ミリムは続ける。


「三日も一緒に生活してたら、普通はね。

私のことを“女の子として”好きになるんだよ」


 視線がこちらに戻る。


「でもケントは、そうじゃなかった」


 責める響きはなかった。むしろ確かめるような、納得したような声音。


「だからさ、多分だけど――ケントの呪いが、私の加護を弾いてるんだと思ったんだよね」


 その言葉で、いくつかの点が線になる。


「……その加護を使って、三人ともと関係を?」


 思わずそう聞いていた。


 「んー、幼馴染っていうのは本当だよ」


「でも、そうなったのは旅に出てからかな」


 窓の外、夜の闇を見つめながら言葉を続ける。


「ずっと一緒にいるとね、私の加護、どんどん強くなるみたいでさ」


「だからって、拒んだら関係悪くなるでしょ?」


 肩をすくめる。


「別に、私みんなのこと嫌いじゃないし」


 軽い口調だが、その裏にある諦めのようなものが滲んでいた。


 気になっていたことが、口をついて出る。


「あの……一回勝ったからキスだけ、とか。あれは?」


「え、それも聞いてたの?」


 少しだけ笑って、ミリムは答える。


「それもね、加護の力だと思うんだけど」


「私と相対すると、その人の“本能”が出ちゃうみたいなんだよね」


「男の人の、女の子への本能」


「普段はちゃんと隠しててもさ」


「チーズはさ、女の子のお願いを聞くのが好きなんだね、きっと」


 ミリムは指を組み、思い出すように続ける。


「優しいし、断れないタイプ。お願いされると、それだけで嬉しくなっちゃうんだと思う」


 一人ひとりを分析するような口調だった。


「アルはね、いつもはリーダーでみんなを引っ張ってるでしょ」


 こちらを見る。


「だから本当は、女の子にリードされたいみたい。任せたい、委ねたいって顔してる」


 そして、少しだけ声を落とす。


「ロックはいつも静かだけど……ほんとはすごく嫉妬深いよ」


「独占欲も強いし、溜め込むタイプ。……プレイは、ケントの見た通り」


 淡々と語られる言葉に、妙な生々しさがあった。


 それぞれの行為も、やはりミリムの加護が作用しているのだろうか。


 そう考えずにはいられない。


 ふと、ミリムがこちらに体を向ける。


「でさ」


「ケントの呪いって、なんなの?」


 まっすぐな問いだった。


「俺はミリムのこと、きっと好きにならないぞ」


 自分でも驚くほど、はっきりそう言っていた。


「だから、呪いのことを話したって……意味ないと思う」


 そう返すと、ミリムは少しだけ口元を緩める。にやける、という表現が一番近い。


「ふふ」


「私の加護ってね、基本は自然に発動してるものなの」


「でもね――私の意思で、発動させることもできるんだよ」


 自信のある口調だった。


「あんまりしたことはないけどね」


 そして、少し間を置く。


「だから、ケントに私の加護が本当に効かないかどうかは……実はまだ分からないんだ」


 胸の奥が、微かにざわつく。


「私が本気で、ケントに加護をかけたら」


「もしかしたら……ケントの呪いにも、役に立つかもって思ってさ」


 ミリムはそう言って、楽しそうに微笑んだ。


 仮に、ミリムの加護が自分に効いたとして。

そして自分が、ミリムのことを好きになるとする。


 ただし――

 

 自分が強くなるためには、ミリムが他の男に抱かれているのを見なければならない。


 その事実は変わらない。


 そもそも、呪いのことを話したとして。それを信じてくれるのか。


 そして、その代償に付き合ってくれるのか。


 分からないことだらけだった。


 ケントは黙り込み、考え込む。

 

 その沈黙を、やはり簡単に破ったのはミリムだった。


「とりあえず、試してみよっか」


 返事をするよりも早く、ミリムが距離を詰めてくる。


 柔らかな感触が、そっと唇に触れた。


 一瞬、思考が止まる。


「私の加護か、ケントの呪いか。どっちが強いか、勝負だね」


 重ねられた唇から、温もりが伝わってくる。


 ミリムは離れようとせず、静かにその距離を保ったまま、存在を刻むようだった。


 急なことに身を引こうとするが、ミリムは構わず続ける。


「こうやってね……私のほうから与えるの」


 囁く声が、やけに近い。


「受け身じゃなくて、私の意思で」


 唇が少し離れ、視線が絡む。


「そうするとね、その相手により強い加護をかけられるの」


 夜の静けさの中、その言葉だけがやけに重く響いた。


「どう?」


「好きになった?」


 ミリムが問いかける。


「いや、俺は……その……」


 言葉が続かない。


「んー、まだか」


 ミリムは楽しそうに笑う。


「じゃあ、もう少し必要だね」


 再び近づく気配に、ケントは身を固くする。


 甘い感覚に包まれながら、ただ成り行きに身を任せるしかなかった。


 抵抗する余裕も、考える余裕もない。















 ミリムとの時間は、気づけば三十分以上続いていた。


 執拗なほどに唇を重ねられ、そのたびに問いかけられる。


「好きになった?」


 まだだ、と自分でも分かる。


 するとまた、何事もなかったかのように距離を詰めてくる。


 それを、何度も、何度も。


 柔らかな感触と、甘い気配に包まれ、思考が鈍っていく。


 頭がぼうっとして、まるで自分の輪郭が溶けていくような感覚。


 意識が、少しずつ塗り替えられていく。


 気づいた時には、ケントはミリムを押し倒していた。


 目の前にいる彼女が、異様なほど魅力的に見える。


 理屈ではなく、ただ欲しいと思っていた。


 その存在すべてを、独り占めしたいと。


 胸元へ手を伸ばし、唇を重ねようとした――その瞬間。


「だーめ」


 ミリムの指が、そっと口元を制した。


「続きはね、話を聞いてから」


 軽い口調なのに、はっきりとした意志を感じる。


「呪いを教えてくれたら、してあげる」


 その表情は、どこか勝ち誇ったようで。


 自分の加護が効いたことが、心から嬉しいのだと分かってしまうほどだった。


 身体の熱は収まらない。


 それでも、不思議と逆らう気にはなれなかった。


 ミリムから離れ、ケントはベッドに腰を下ろす。


「じゃあ……教えて」


 静かな声だった。


 「ケントの呪い」


 


 


 夜はまだ深く、この告白が、何を引き起こすのかも分からないまま。

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