【第4話】世界のルールと、目が合う彼女
南へ向かう街道を、一人で歩きながら、ケン
トは考えていた。
――マリアを失った理由。
――リアを、旅に連れていけないと感じた理由。
答えは、分かっている。
自分が、弱いからだ。
下級の魔物なら、もう倒せる。
だが、それ以上となると話は別だ。
塔での敗北。
何度も、何度も思い出す。
大切な人の力になりたい。
そばに立ち、支えたい。
それなのに、今の自分では何もできない。
守れない。 救えない。
だから――強くなる。
強くならなければならない。
南の街に着いたら、集会場へ行こう。
心強い仲間ができれば、自分自身も変われるはずだ。
占い師の言葉が、ふと蘇る。
――いつか、その女性とまた会う。
それがマリアだとしたら。
そのときこそ、あの日の言葉の続きを聞ける自分でありたい。
たとえ、この力が代償を伴うものだとしても。
たとえ、絶望を糧にする力だとしても。
強くなる。
いつかリアに会いに行ったとき、
「一緒に来い」と、迷いなく言えるくらいに。
街道の先に、建物が見え始める。
南の町。
決して大きくはないが、人の気配がはっきりと感じられる場所。
ケントは足を止めず、その町へと歩みを進めた。
南の町は、オースと呼ばれていた。
サカエとはまるで違う。
色街も、遊びの匂いもない。
並んでいるのは武器屋、道具屋、防具屋、宿屋。
どれも旅人のためだけに存在している、実用一辺倒の町だった。
その中心部に、ひときわ目立つ建物がある。
石造りで、無骨。
人の出入りが絶えない。
――集会所。
建付けの悪い扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。
中にいた連中の視線が、一斉にこちらに向く。
値踏みするような目。
強さを量る目。
――ああ、見られてる。
動けずにいると、正面から声が飛んできた。
「初めてかい?
だったら、まずは登録してきな」
声の主は女性だった。
茶髪のショートカット。
動きやすそうなラフな格好。
「ミントだよ。ここじゃ受付みたいなもんさ」
そう名乗り、慣れた様子でカウンターを指す。
話を聞くと、この集会所ではまず“プロフィール”を作る。
それを募集板に貼り、仲間を探す仕組みらしい。
「はい、手、出して」
言われるままに差し出すと、ミントが上から手を重ねる。
小さく何かを唱えた。
次の瞬間、彼女の手が淡く緑色に光り、空中に文字が浮かび上がった。
ミントはそれを読み取りながら、淡々と書き写していく。
「……うん」
一通り見終えると、こちらをちらりと見て、肩をすくめた。
「あんた、まだまだ見習いってとこだね」
胸に、ちくりと刺さる。
「その能力じゃ、向こうから声かけられるのは期待しないほうがいい。
自分から動きな。旅人は待ってても強くならないよ」
そう言って、一枚のカードを渡された。
――これが、自分の能力値。
言われるまま、そのカードを募集板に貼り付ける。
すると、周囲にいた男たちが一斉に集まってきた。
カードを覗き込み、数秒。
「……ふーん」
「悪くはないが……」
「まあ、今はいいか」
そんな声を残し、次々と離れていく。
期待外れ。
はっきりと分かる反応だった。
募集板の前に、ぽつんと残される。
――これが、今の自分の立ち位置。
ケントは静かに息を吐き、拳を握った。
ここからだ。
ここから、強くなる。
集会所を見渡す。
ほとんどが、すでにグループを組んでいた。
二人、三人、多いところでは五人以上。
談笑しながら酒を飲んでいる者もいれば、地図を広げて何かを相談している者たちもいる。
――つまり。
もう、ある程度メンバーは固まっている。
よほど優秀なやつが現れたら声をかける、そんな感じなのだろう。
それなら、自分が誘われることはない。
かといって、自分から声をかけたところで、入れてもらえる気もしなかった。
パンをかじりながら、どうしたものかと考える。
集会所のざわめきが、妙に遠く感じられた、
そのとき。
「ねえ、よかったら……仲間にならない?」
後ろから、声がかかった。
思わず振り返る。
そこに立っていたのは、四人。
先頭に立つのは、にこやかに笑う青年だった。
柔らかい雰囲気で、人当たりが良さそうだ。
その後ろには、腕が太く、いかにも重装備といった大柄な男。
さらにその隣で、魔導書から目を離さない眼鏡の青年。
最後に、大人しそうな銀髪の女性。
「いや……俺、強くないぞ」
正直にそう答える。
青年は、相変わらず笑顔のまま首を振った。
「大丈夫だよ。僕たちも、そんなに強くないし」
そう言ってから、少しだけ声を落とす。
「それにね、あまりにも強すぎる人に入られても、正直困るんだ。
実力差がありすぎると、パーティーって崩れやすいからさ」
その言葉は、妙に現実的だった。
「だから、ちょうどいいんだよ」
そう言いながら、四人は遠慮なく、ケントが座っていたテーブルに腰を下ろした。
パンを持ったまま、少し戸惑っていると、青年が手を差し出す。
「まずは自己紹介からだね」
にこやかな青年が、改めて口を開いた。
「僕はアル。一応、このパーティーのリーダーってことになってる。
武器は剣だよ。得意なのは前に出て戦うことかな」
そう言って軽く剣の柄に手を置く。
次に、どっしりとした体格の男が一歩前に出た。
「ロックだ」
短く、それだけ。
背中には、鉄でできた巨大なハンマー。
見た目通り、前線で受け止める役割なのだろう。
その隣で、眼鏡の青年が魔導書から顔を上げた。
「……チーズ。武器は使わない。
攻撃魔法専門だ。近づかれると困る」
淡々とした口調だが、実力には自信がありそうだった。
最後に、銀髪の女性が一歩前に出た。
「私はミリム。ヒーラーだよ」
そう言って、柔らかく微笑む。
声は落ち着いていて、どこか安心感がある。
アルやロック、チーズも、彼女の方を見ると自然と表情が緩んでいた。
「武器は持ってないけど、回復と補助は任せて」
そう言いながら、軽く手を振る。
派手さはないが、不思議と場の空気が和らぐ。
必要以上に前に出るわけでもなく、それでいて、誰に対しても距離が近い。
それがごく自然なことのように。
四人の紹介が終わると、アルが少し照れたように笑った。
「実はさ、僕たち幼馴染なんだ」
小さな頃から一緒に育ち、気づけばこうして旅をしているらしい。
命がけというよりは、半分趣味の延長のような旅。
「旅の途中でこの町に着いてさ。
せっかくだし、仲間増やしてみようぜって話になって、集会所に来たんだ」
なるほど、と腑に落ちる。
「ケントは、なんでこの町に?」
アルにそう聞かれ、少し考えてから答えた。
「……強くなりたい」
それだけだった。
アルは一瞬黙り込み、すぐに苦笑する。
「うーん……正直、僕たちのパーティーで、ものすごく強くなれるかは分からない」
正直な言葉だった。
「でもさ、よかったら一緒に組もうよ。
一人よりは、ずっといいと思うし」
集会所を見渡す。
今の状況を考えれば、声をかけてもらえただけでもありがたい。
ケントは迷わず頷いた。
「……よろしく頼む」
「よし、決まりだね!」
アルが満足そうに笑う。
こうして、南の町オースで。
ケントは、新しいパーティーに加わることになった。
4人が泊まっている宿に、ケントも泊めてもらえることになった。
旅人向けの簡素な宿で、部屋は広くはないが清潔だった。
夕食を取りながら、この世界で「強くなる方法」について話を聞く。
思えばケントは、女神の与えた力で強くなるという道以外、この世界のことをほとんど知らなかった。
まず、この世界の基本的なルール。
魔物を倒すと、その強さに応じた経験値が与えられ、ステータスが上がる。
強い魔物を倒せば倒すほど、自身もまた強くなっていく。
ただし、魔物の強さは基本的に対峙してみなければ分からない。
情報がないままの交戦は危険で、特に初心者には勧められないらしい。
次に、対人戦闘について。
人間同士でも、強い相手を倒せば経験値は得られる。
だが――
「基本的に、人殺しは禁忌だ」
アルが少し真剣な顔で言った。
戦争などの例外はある、が
人を殺した者は、人であることを捨てた存在
――
ジンガイとして扱われる。
強さを求めるあまり、その道に堕ちる者も少なくないらしい。
ジンガイは危険で、見かけたら関わらないのが鉄則だという。
魔物の情報については、情報屋や集会所の掲示を使えば事前にある程度は分かる。
それを集め、準備をしてから討伐に向かうのが基本だ。
そしてもうひとつ。
この世界には、「加護」と呼ばれるものを持つ人間がいる。
生まれつき、あるいは何かをきっかけに得た固有能力。
「ミントさんのは、それだね」
チーズがそう言う。
他人のステータスを視認できる加護。
集会所の受付にこれ以上ない能力だろう。
話を聞きながら、ケントは思う。
――自分は、あまりにも知らなさすぎた。
女神の力に頼ることばかり考えて、この世界そのものを理解しようとしてこなかった。
強くなれないのも、当然なのかもしれない。
だが今は違う。 仲間がいる。 学ぶ場所もある。
この世界のルールの中で、正しく強くなる道が、ようやく見え始めていた。
「今日は遅いし、明日起きてから魔物を倒しに行ってみよう」
そう言って、その日はお開きになった。
次の日。
朝起きると、すでに全員が支度を始めていた。
どうやらアルが事前に情報を仕入れていたらしい。
「この辺りだと、東の洞窟が一番安全だ」
初心者向けで、出現する魔物もある程度分かっている。
まずは様子見にはちょうどいい場所だという。
洞窟へ向かう道中も、アルとミリムが積極的に話しかけてくれて助かった。
幼馴染だけのパーティーに途中参加したことに、正直なところ不安はあった。
だが、少なくとも今は――
ちゃんと受け入れてくれている気がした。
洞窟に到着し、陣形を組む。
前衛はロック。
その後ろにアルと自分。
後衛にチーズとミリム。
息を整えながら、暗い洞窟の中へと進んでいく。
少し歩いたところで、魔物が姿を現した。
一つ目の巨人。
大きな棍棒を握りしめた、明らかに人間を凌駕する体躯。
思わず足が止まりそうになる。
――でかい。
だが、他の4人はいたって冷静だった。
「行くぞ」
ロックが低く言い、そのまま魔物へ突っ込む。
棍棒とハンマーがぶつかり合い、鈍い音が洞窟に響く。
その横から、アルが剣を振るい、確実にダメージを与えていく。
アルに向けられた攻撃は、チーズの魔法が空中で相殺する。
ロックが吹き飛ばされた瞬間には、ミリムがすぐに回復魔法を飛ばしていた。
前衛、後衛、回復。
それぞれが役割を理解し、迷いなく動いている。
そのループは無駄がなく、
戦闘は――5分とかからず終わった。
巨人が地面に崩れ落ち、動かなくなる。
「よし、討伐完了」
アルがそう言って剣を収める。
初めて目にする、パーティー戦闘。
自分一人では、到底敵わなかっただろう。
だが――
倒した後、何も起きなかった。
ステータスが上がる感覚も、体が軽くなる感じもない。
……やっぱり、か。
主人公は胸の奥で、静かにそう思っていた。
はっきりと「何かが上がった」と見えるわけではない。
この世界でのステータス上昇は、他人から数値として可視できるものではない。
けれど――
雰囲気で分かる。
戦闘後に漂う、僅かな高揚感。
身体に残る、ほんの少しの余裕。
ロックやアル、チーズ、ミリムの周囲には、それが確かにあった。
だが、自分のそれは――
あまりにも微かだった。
チーズが魔導書を閉じ、こちらを一瞥する。
「……おかしいな」
独り言のように呟かれたその言葉が、やけに耳に残った。
そんな中、さらに奥へ進むと、再び魔物が現れる。
先ほどと同じ――一つ目の巨人。
「さっきと同じだ、連携いくよ!」
アルの声に合わせ、ロックが前に出る。
今度は自分も、アルの攻撃に合わせて踏み込んだ。
剣を振るい、確かに手応えを感じる。
戦闘自体は問題なく進み、やがて巨人は再び
地に伏した。
――それでも。
戦闘後に漂う“成長の気配”は、やはり自分だけが薄かった。
ミリムが近づいてきて、じっとこちらを見る。
「ねえ……君、何か呪いでもついてるの?」
冗談めかした口調。
だが、視線は真剣だった。
主人公は、自分でも分かっていた。
その理由を。
――女神の力。
絶望を代償にした、歪な成長。
だが、ここで話せるはずもない。
そもそも、そんな話をして信じてもらえるのか。
「……たぶん、俺の貢献度が低いんじゃないか?」
苦笑しながら、冗談めかして言う。
「ほら、みんな優秀だしさ」
ミリムは納得していない様子だったが、
アルが場を和ませるように口を挟んだ。
「まあまあ。とりあえず、この調子でどんどん倒そうよ」
「数こなせば、そのうち慣れてくるさ」
そう言われ、話題は流れた。
――こうして。
夕方になるまで洞窟に潜り、魔物を倒し続けた。
仲間たちは確実に経験を積み、少しずつ強くなっていく。
一方で、自分の成長は最後まで、ほとんど感じられなかった。
それでも、誰もそれ以上は追及しなかった。
日が沈むころ、4人と共に宿へ戻る。
宿に戻り、簡単に汗を流したあと、全員で一つのテーブルを囲む。
簡素な食事と酒が並び、自然と反省会のような雰囲気になった。
「いやー、今日の探索、思ったより安定してたね」
そう切り出したのはアルだった。
「ケントが入ってくれたおかげで、チームとして前より強くなった気がするよ」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
すると、ミリムがにやっと笑って言った。
「それ、アル一人じゃ前衛として心許なかったってこと?」
「剣が二人になって助かったんでしょ?」
「ちょ、そういう言い方!」
慌てるアルを見て、ミリムは楽しそうに肩をすくめる。
次に彼女はチーズの方を向いた。
「でも今日はチーズも大活躍だったね。魔法、かなり安定してたよ」
「そ、そうかな……」
眼鏡の奥で目を細め、チーズは照れたように笑う。
分かりやすく嬉しそうだ。
ロックはというと、いつものように黙々と食
事を続けている。
相変わらず寡黙だが、不機嫌そうではない。
――個性的な仲間たち。
戦闘も、こうして囲む食卓も、心から楽しいと思えた。
だが。
ミリムがふっと表情を変え、こちらを見る。
「……でもさ」
「やっぱ気になるよね、ケントの“呪い”みたいなの」
場の空気が、ほんの少しだけ静まる。
チーズが真面目な顔で続ける。
「もし本当に呪いだとしたら、本人に何かしらの自覚があるはずですが……」
視線が、自然とこちらに集まる。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
その空気を切るように、ケントは話題を変える。
「……そんなことより、明日はどうする?」
一瞬の間のあと、アルが手を叩いた。
「それなら、次は闘技場に行こうか」
「闘技場?」
聞き返すと、アルは意味深に笑う。
「詳しいことは、明日説明するよ」
それ以上は語らず、話はそこで終わった。
気づけば、もういい時間だ。
「じゃ、今日は解散だね」
各々部屋へ戻り、寝支度を整える。
布団に横になりながら、ケントは天井を見つめ眠りについた。
夜中、トイレに行くために廊下を歩いていると、微かに声が聞こえた。
足を止める。
どうやらアルの部屋の方からだ。
ドアはきちんと閉まっていないらしく、わずかに空いた隙間から灯りが漏れていた。
覗くつもりはなかった。
ただ、視界に入ってしまっただけだ。
部屋の中では、アルが仰向けに寝転がっていて、その上にミリムの姿があった。
いつもは軽装でも控えめに見える彼女の身体が、今ははっきりと存在感を主張している。
アルは抵抗する様子もなく、ただ彼女を受け入れているようだった。
その瞬間――
視線が、合った。
ケントは反射的に目を逸らす。
だが、ミリムは気にした様子もなく、むしろ視線に気づいたことを楽しむかのように、動きを誇示するように続けた。
わざと視界に入る位置で、ゆっくりと、確かめるように――見せつけているのは明らかだった。
これ以上はまずい。
音を立てないように、その場を離れ、自分の部屋へ戻る。
布団に横になっても、さっきの光景が頭から離れなかった。
――あの二人なら、そういう関係でも不思議じゃない。
幼馴染で、同じパーティーで、距離も近い。
理屈では納得できる。
けれど。
最後に合ったミリムの視線と、あの一瞬の間。
それが、妙に胸に残っていた。
なかなか寝付けず、目を閉じては開いてを繰り返す。
結局、眠りに落ちるまでには、思っていた以上に時間がかかった。
朝、一番に目が覚めた。
まだ宿の中は静まり返っていて、窓から差し込む光も弱い。
次に起きてきたのはミリムだった。
思わず、昨夜の光景が脳裏をよぎる。
――見られたことに、気づいているはずだ。
だがミリムは、そんなことは一切感じさせず、いつも通りの明るい声で挨拶をしてきた。
その態度が、逆に胸の奥をざわつかせる。
ほどなくして全員が起きてくると、アルが手を叩く。
「昨日も言った通り、今日は闘技場に行こう」
アルの説明によると、闘技場はこの町から少し離れた場所にあり、腕に自信のある者たちが集まる場所らしい。
一対一の個人戦と、四対四の団体戦があり、命を奪ったり、必要以上に傷つける行為は禁止されている。
勝てば賞金が出る。
そして、そこでの実績はこの一帯ではかなりの信用になるという。
「腕自慢が集まるからさ。観戦するだけでも面白いし、戦い方の勉強にもなるよ」
確かに、強者の戦闘を間近で見られる機会は貴重だ。
今の自分には、何より必要な経験かもしれない。
準備を整え、五人で宿を出る。
歩きながら、ふと考える。
――チーズとロックは、あの二人の関係を知っているんだろうか。
そんな疑問を抱く間も、アルとミリムは変わらず積極的に話しかけてくれる。
その自然さが、余計に現実感を曖昧にしていった。
しばらく歩くと、遠くに巨大な円形の建造物が見えてくる。
石造りの壁は年季が入っており、周囲には人だかりと熱気が渦巻いていた。
――あれが、闘技場。
歓声と怒号が混じり合う空気の中、五人はその入口へと足を踏み入れた。
「僕たちは団体戦で出てみたいんだけど、いいかな」
アルがそう言う。
四人での旅に、途中から加わった身だ。異論などあるはずもない。
もちろん、と頷く。
「ケントも、自信あるなら個人戦に出てみたら?」
軽い調子で言われるが、さすがに今の自分には無謀だ。
正直に首を横に振り、今日は応援に回ることにした。
チーズは少し渋い顔をしていた。
人前に出るのが得意ではないのだろう。
だがミリムが「せっかく来たんだから参加したいよー」と、いつもの調子でねだり始める。
結局その勢いに押し切られ、四人は団体戦の参加受付へと向かっていった。
自分はその間、観客席へ向かう。
どうやら先に個人戦が行われ、その後に団体戦が始まるらしい。
やがて、個人戦が始まった。
……正直、参考にはならなかった。
あまりにも、自分とはレベルが違いすぎる。
スピードも、力も、技術も、すべてが段違いだ。
百回戦っても、勝てる気がしない。
それほどまでの差を、嫌というほど見せつけられる。
中には「加護」を持っているらしい者も何人かいた。
目で見て分かるものではないが、明らかに何かが違う。
動きの理屈が噛み合っていないというか、世界のルールそのものを一部無視しているような戦い方だった。
――アルベルも、こいつらと同じくらい強いのか。
脳裏に、かつての金髪の剣士の姿がよぎる。
あの余裕、あの自信。
この闘技場に立っていても、違和感はないだろう。
やがて、激戦の末に個人戦の優勝者が決まる。
会場は大きな拍手と歓声に包まれ、熱気は最高潮に達していた。
次に団体戦が始まるようだった。
試合前の応援でもしてこようかと、控室にいる四人のもとへ向かう。
声をかけると、チーズがやけに張り切っていた。
「よし、いける気がする……!」
眼鏡の奥の目が、珍しく強い光を帯びている。
意外と熱い心を持っているんだな、と少し驚いた。
「観客席から見てるから、頑張れよ」
そう声をかけて手を振り、再び席へ戻る。
――そして、団体戦一回戦。
アルたちの相手は、全員が魔法を使うチームだった。
開始と同時に、ロックとアルがいつも通り前に出て連携を取ろうとする。
だが次の瞬間、二人に重ねがけされるデバフ魔法。
動きが明らかに鈍る。
そこへ、残る二人が風と火の魔法を同時に叩き込む。
爆風と熱波が重なり、ロックとアルの身体が宙を舞った。
――見事なコンビネーションだ。
ミリムがすぐに回復に入るが、立て直すには時間がかかりそうだった。
当然、相手はその隙を逃さない。
四人全員が一斉に詠唱を始め、次は集中砲火の構え。
終わったな――
そう思った、その瞬間だった。
アルたちの前に、巨大な光の壁が展開する。
「……っ!?」
思わず身を乗り出す。
魔法を放ったのは、チーズだった。
分厚く、透明な光の壁が、相手の攻撃魔法をすべて受け止め、弾き返す。
――あいつ、こんな魔法使えたのか。
そして間髪入れず、チーズはさらに詠唱を重ねる。
次の瞬間、闘技場の中央に現れたのは――
巨大な炎の龍。
咆哮とともにうねり、敵四人を一気に包み込む。
逃げ場はなく、炎がすべてを焼き尽くした。
「そこまで!」
審判の声が響き、試合終了が告げられる。
会場がどよめいた。
驚いた。
あんな大魔法をあのチーズが使えるなんて。
試合後、すぐに四人のもとへ駆け寄る。
「すごいじゃないか、チーズ!」
「うん……でも、あの魔法は一日一回使うと、完全に魔力切れしちゃうんだ」
少し照れたように笑いながら、肩をすくめ
る。
「だから次の試合は、みんなに任せたよ」
それでも一回戦を突破できたことが嬉しいのだろう。
ミリムは本当に楽しそうに、何度も頷いていた。
そして迎えた、二回戦。
相手のレベルは明らかに一段上だった。
連携も、個々の技量も、先ほどとは比べ物にならない。
粘りはしたが――結果は完敗。
4人の団体戦は2回戦で終わりを迎えた。
団体戦の優勝も決まり、会場の熱気がゆっくりと引いていく中、五人で宿への帰路についた。
「それにしても、チーズすごかったね」
ミリムが少し大げさに言うと、チーズは照れたように、でも隠しきれないほど嬉しそうに笑った。
「い、いや……たまたまだよ」
アルはというと、歩きながら腕を組み、どこか悔しそうな顔をしている。
ロックはいつも通り、無言で一歩後ろを歩いていた。
宿に着くと、アルが言う。
「明日の予定は、起きてから決めよう。今日はもう疲れたしな」
そう言って早めに部屋へ戻っていき、自然とその場は解散になった。
――風呂を済ませても、まだ少し時間があった。
夜風にでも当たろうと思い、外へ出て散歩に出る。
サカエと違い、この町の夜は本当に静かだった。
飲み屋がぽつぽつと灯りを残しているだけで、通りにはほとんど人影がない。
しばらく歩くと、川の流れる音が耳に届く。
音に導かれるように堤防へ向かい、腰を下ろした。
暗い水面を眺めながら、今日の闘技場での戦いを思い返す。
――まだ、全然足りない。
強さも、経験も、覚悟も。
もっと強くならなければ。
そう思った、その時だった。
川の水音に混じって、別の音が聞こえてくる。
水音とは違う、やけに柔らかい音。
少し離れた場所にあるベンチに、二人組が腰掛けていた。
何度も何度も、唇を重ねる音。
「……今日は、すごかったね」
小さく、少し甘えた声。
聞き覚えがある。
「……あんな魔法、使えるなんて」
その声の主は、ミリムだった。
魔法、という言葉に、相手が誰かはすぐに分かる。
チーズだ。
「でもさ、今日は一回しか勝てなかったから……今日はキスだけね」
どこか冗談めかした、でも本気の混じる声。
「もっと勝ててたら、もっといいことできたのに」
そう言って、二人はまた唇を重ねる。
何度も、確かめるように。
……どういうことだ。
てっきり、ミリムはアルとそういう関係なのだと思っていた。
それに、チーズがあれほど張り切っていた理由も――。
帰ろう。
そう思って立ち上がり、背を向けた瞬間、
一瞬だけ、二人の音が止まった。
だがすぐに、また静かな夜の中で、二人だけの時間が動き出す。
ケントは何も言わず、その場を離れた。
宿に戻ると、廊下でアルと鉢合わせた。
「ミリム、見てないか?」
少しだけ探すような視線を向けられ、ケントは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……いや、分からない」
それだけ答えると、アルは「そっか」と短く返し、首を軽く鳴らして自分の部屋へ戻っていった。
――さすがに、言えないな。
川辺で見た光景が、頭から離れなかった。
ミリムという女性が、急に分からなくなっていた。
誰にでも明るく、誰にでも距離が近くて、場の空気を柔らかくする存在。
アルとも、チーズとも、関係を持っている―
―少なくとも、ケントの知る限りでは。
それは責められることなのか、否か。
この世界では、きっとどちらでもない。
それでも、どうしても重なってしまう。
この世界で初めて会った人。
誰にでも優しく、無自覚に好意を与え、
その善意のままに――ケントの心を置き去りにしていった、あの人。
考えないようにしても、考えてしまう。
比べるつもりはなかったはずなのに。
結局、答えは出ないまま、ケントは部屋に戻り、ベッドに横になった。
天井を見つめながら、深く息を吐く。
――強くならなければ。
それだけを胸に残し、思考を無理やり切り上げるように、目を閉じた。
夜は静かに、何事もなかったかのように過ぎ
いった。




