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妖が見た夢  作者: 柊ノキ
5/12

葵という女性

(1)

「あの、葵という娘はどこから来たの?」

 紫はこれまで、あんな娘は見たことが無かった。

「予定調和でしょうね。私がいなくなったから」

「ではあの子は、貴女の代役というわけね。うまくできているものだわ」

 予定調和。

 歴史という物語は、なんだかんだで、収まるところに収まるように構成されているのだ。

(だけど、これでは……)

 もはやあの世界は、独自の物語を紡ぎ始めた。

 葵とかいう娘が登場したのも、その一環だ。

 自ら意思を持ち、自ら歴史を刻みながら、何度と無く同じ物語を紡いでいくことになるだろう。

 幽子が救われる、そのときまで。いつまでも……。






(2)

「富士見の姫が、先の大納言殿の別邸に幽閉されることになったそうですな」

「うむ。信用できる者からの上奏により、かの姫の悪行が明らかになりました」

「かの姫、虫も殺さぬ顔をしておるのに、人間というのは、わからぬものですな」

「ははは。それは、お互い様でしょう」

「おや、藪蛇でしたな。いかにも、この宮中にあっては、誰がどのような謀略を企んでいるか……」

「そこまで、そこまで。いらぬことを口走ると、富士見の二の舞ですぞ」

「これは、ご忠告痛み入りまする」

「いえいえ。なにせ、新たな右大臣殿は、帝の覚えもめでたく、権勢はとどまることを知りませんからな。先の大臣たちがお亡くなりになって、一番得をしたのも……」

「おお、くらばらくわばら。妖怪の類などよりも、右大臣殿のほうが、よほどおそろしい」



                   ※



 神、仏、妖怪。

 それはいつの時代も、人間の都合によって生み出され、人間の都合で駆逐される。

 人智のおよばぬ力は、神力、仏力とたたえられることもあるが、妖力だ、魔力だと、おそれられることもある。

 それは、人間の心が生み出す幻影であり、幻想。

 つまり、人の心には、慈悲深き神仏と、無慈悲な妖魔が同居しているのだ。

「それでね! 右大臣ったら、幽子様の力を利用するだけ利用して、要らなくなったら、こんな郊外の屋敷に幽閉しちゃったんだよ! ひどいと思わない!?」

 葵は、乱暴に薪をかまどに投げ込んだ。

「妖夢! 聞いてる!?」

「聞いてる、聞いてる。ひどいことをするよね」

 包丁を動かす手を止めて、妖夢は葵に同調した。

 話半分だった。

 頭の中では、他のことを考える余裕があった。

 なぜなら、葵から聞いた話は、すでに知識として蓄えてあるから。

―――幽々子様に仕えるのならば、魂魄家の者として、知っておかねばならぬ話がある―――

 師匠の妖忌は、まだ幼い妖夢にもわかるように、丁寧に説明してくれた。

 宮中の政治闘争の話などは、そのころの妖夢には難しかったけれど、幽々子が永遠に背負い続ける業が、いかに深いものなのかは、しっかりと心に刻まれた。

 幼いからこそ、その凄惨な記憶が印象に残ったのだ。

 幽々子のかたわらにある限り、妖夢はこの話を、きっと忘れないだろう。

「葵は、そんな幽子様に同情して、お仕えすることにしたの?」

 さて、解せないのは葵という娘。

 妖忌の話の中には、葵という従者の名は出てこなかった。

 従者の名など、本筋の物語に関係が無いから省略したのかもしれないけれど、どうもこの娘の存在が気がかりだった。

(ただの勘だけどね)

 でも、解せないことがたくさんある現状、意外に直観がものを言うかもしれない。

「わ、私? そう、妖夢の言うとおり。幽子様の身の上が、あんまり酷いものだから、お仕えすることにしたの」

「そっか。葵は優しいんだね」

 妖夢が背を向けて、小気味良く包丁の音を鳴らすと、葵は、ほっと胸をなでおろした。

(やっぱりこの娘、なにかある)

 妖夢は背中で、葵の気配を探っていた。







(3)

 昼食は、妖夢も、葵と幽子と膳を共にした。

「一人増えるだけで、ぜんぜん雰囲気が変わるわね」

 幽子は、品良く笑んだ。

 幽子も幽々子と同じように、一人で食事をするのを嫌うのだそうだ。

 ただ、外見の印象そのままに、食はさほど太くなくて、幽々子の半分ほど……、といっても、幽々子が大食漢すぎるので、比較対象としては不適任なのだけど。

 他に幽々子との共通点といえば、丁寧に食事を摂るということ。

 そして幽々子との違いは、幽子は、食前と食後には食材に手を合わせて、手厚く供養を行っているということだった。

(すごく信心深いんだな)

 妖夢も、幽子に倣って手を合わせながら、その模様を眺めていた。

(う……。なんか、視線を感じる……)

 さらに妖夢の様子を、葵が横目で観察していた。

 葵本人は、こっそりのぞいているつもりだろうけれど、鍛錬を重ねた妖夢には、このくらいの視線を感じ取るなんて、容易だった。

(まだ、怪しまれてるんだろうなぁ)

 無理もない。

 人里離れた屋敷の門前に、女一人で行き倒れていたのだ。すぐに信用してもらおうなんて、都合が良い。

(そうだ。門前と言えば)

 妖夢は、気になっていたことを葵に尋ねてみた。

「なんでこのお屋敷に、見張りがいないのかって?」

「うん。葵はさっき、幽子様は、この屋敷に幽閉されてるって言ったでしょ。だったら、見張りくらい付けるのが自然じゃない」

 屋敷は塀で囲まれ、邸内に入るための門は一つしか無い。

 屋敷の中に閉じ込めておきたい人物がいるなら、あそこに兵士でも配置して、逃亡を防ぐのが普通だ。

「妖夢。屋敷の周りを見てみなよ」

 言われたとおり、妖夢は屋敷の周囲をぐるっと見渡してみた。

 辺りには、高い杉の木が生い茂っていて、うっそうとしている。

「こんな山奥から、女二人で逃げ出せるわけないでしょ」

「そうか」

 森の中だと思っていたここは、山奥だったのか。という言葉はしまっておく。

「この屋敷の主人が生きていたころは、山の治安も良かったんだけど、主人がいなくなってから、野犬だけじゃなくて、野盗もうろつくようになっちゃったのよ」

 それでは、女性二人だけでの山歩きは困難だ。この山自体が、幽子を閉じ込めておくための檻になっているのだ。

「脱出しようとした幽子様が、野犬や野盗に襲われて命を落としたら、好都合だろうし」

 妖夢は、ぎょっとした。

 あどけない容姿をしているのに、葵は顔色も変えずに、おそろしいことを口にした。

「それに、見張りがいないように見せかけて、どこかから、こっそり私たちの様子を監視している奴がいるかもしれないわ。とにかく、無理はできないのよ」

「なるほど」

 妖夢と一緒で、幽子と葵をとり巻く現状も、一気にほどけるものでは無いようだ。






(4)

「じゃあ、妖夢は門の周りからお願い」

 差し出された箒を受け取った。

「すごい数の杉の木だね」

 屋敷を取り囲む杉の木を、妖夢は見上げた。

 そのほとんどは、太くて立派な幹を持っていて、樹齢の長さをうかがわせた。

 そんな木々たちが、屋敷を見下ろすように生えそろっている。

 まるで高所から見張られているような気持ち悪さを感じる。

「毎日、杉の葉が落ちてきちゃうから、お掃除が大変なのよ」

 葵はうんざりと言った。

 杉山の中に、ひっそりとたたずんでいる一軒の屋敷。

 禅寺のような荘厳な雰囲気とも言えるけれど、閉鎖的で、世俗から離れすぎているので、わびしさが募る。

「燃料や食料はどうしてるの?」

「何日かに一度、宮中の使用人が届けに来てくれるの」

 ということは、いちおうは、幽子のことを生かすつもりはあるようだ。

(しかし、幽子様は、この後……)

 妖夢は、幽子の行く末を知っている。彼女の人生の、哀しい結末を。

 なんにしろ……。

「ごめん」

「なんで謝るの?」

「だって、私がいることで、食い扶持が増えちゃったでしょ」

 食料の配給は、幽子と葵の二人ぶんで見積もられているはずだ。

 だから、食卓に着く人数が増えれば、比例して、葵と幽子の食事量も減る。

 妖夢はそのことに、罪悪感を覚えずにはいられなかった。

「やだ。妖夢って、変なこと気にするのね」

 葵は、からからっと笑った。

 笑うと、見ため相応に幼さがにじみ出てきて、愛らしい顔になる。

「運ばれてくる食料は、余裕があるから大丈夫よ。それに、万が一に備えて、根菜類を備蓄してるし、大根も干してあるの。白菜も塩漬けにしてあるし、いざとなったら、お粥とお漬ものでしのげるわよ」

「へぇ。すごいね」

 妖夢は感心した。

 葵はまだ若いのに、生活の知恵を持っていて、たくましかった。

 しかし葵は、幽子の従者として、最低限の仕事はきちんとこなしているが、妖夢や藍のように、忠誠心が篤いわけでは無い。

 はっきり言って、葵は不良。

 妖夢が、仕事に手抜きができない性格だと見抜くと、妖夢に仕事を投げてくるようになり、隙を見つけては、ふらっと姿を消す。

 上手いこと妖夢に仕事を振って、自分はどこかでサボっているのだ。

 そのくせに、幽子の従者は、あくまでも自分だと言い張って、妖夢が必要以上に幽子に近づくのを嫌がる。

 甘え上手で、幽子にはかわいがられているし、寝るときには幽子と一緒に寝ている。

 従者という立場の妖夢だからこそ、わかる。葵は妖夢とは、まったく違う価値観や感性を持っている。

 こうなると、いよいよ葵の素性が気になる。

「妖夢は、いつまでここにいるの?」

「うーん……」

 どう答えたらいいのだろう。

 まず、どうやってここに来たのかもわからないのだ。幻想郷に帰る時期どころか、算段すら立てることができない。

「とにかく、刀を探さないと」

 悩んで、口をついたのがそんな言葉だった。

「刀?」

「そう。刀たちが見つからないことには、帰るに帰れないよ」

 白楼剣と楼観剣は、魂魄家の家宝であり、この世に二つと無い名刀だから、代えは利かない。

 幻想郷に帰るときには、あの刀たちが腰と背中に収まっていなければいけない。

「そう、なんだ……」

 葵は、庭のほうへと振り返った。

「じゃあ、ゆっくり探したらいいよ。ご飯のことは、気にしなくていいから」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 門の外に出て、屋敷の表の掃き掃除を始めた。







(5)

(幽々子様、ちゃんと食べてるかな)

 さっき、食事の取りぶんを気にしたことを思い出した。

 そんなことを気にしてしまうのは、大食らいの幽々子に仕えているせいだ。

 妖夢が白玉楼から消えてしまって、幽々子の食事はどうなっているのだろうか。

 それに、いきなりいなくなって、幽々子は慌てているに違いない。

(いや、待てよ。そういえば……)

 白玉楼での、最後の記憶を頭に浮かべる。

 酒を飲んだ後、力が抜けて睡魔がやってきたあのときのことだ。

 幽々子は、ゆっくりと唇を動かした。そして、こう言った。

 お、や、す、み。

(幽々子様は、酒に薬が混ざっていたことを、知っていた!?)

 これは確定だ。

 でなければ、おやすみなんて言うわけが無いのだから。

 つまり、酒に薬を混ぜたのは、幽々子だ。

(だけど、なんでそんなことをしたんだ)

 いたずらにしては、度が過ぎているし、手が込みすぎている。

 幽々子は、人をおちょくるのは好きだけど、極悪人では無いので、一般的な分別はあるし、損得勘定もできる。

 妖夢に薬を盛り、見知らぬ世界に放り捨てて、幽々子に得があるとは思えない。

(幽々子様のことは、いったん置いておくか)

 箒を動かして、杉の葉を集める。単純な作業だし、掃除慣れしているから、考え事をしながらでも、そつ無くこなすことができる。

(ここは、どこなんだ?)

 背の高い杉の木を見上げる。

「富士見、幽子様か」

 あの儚げな女性は、ここがどこであるかという問いとつながっている。

 富士見幽子は、幽々子の前世の姿である。

 生涯を終えた後、転生することを禁じられ、西行寺幽々子として冥界の管理人に就いた。

(ここは、過去の世界なのか)

 信じられない。

 だけど、富士見幽子が存命であることから、それが最も可能性が高いのだ。

 そしてこの世界の空気。

 いまだ、神仏や妖怪の存在が、あたりまえに信じられていたこの時代の香りは、幻想郷に似ており、そして異なっている。

「あっ。もうこんなに溜まったのか」

 いつの間にか、杉の葉が山と積まれていた。

 竹で編まれた、てみに葉っぱを乗せる。

「おーい。集めた葉っぱは、どこに捨てたらいいのー?」

 てみを両手で抱え、葵を呼んだ。

 なんの気無しに、遠方の山の峰に目をやる。

「うん?」

 そこに妖夢の目が留まった。

「杉の葉は、火種になるから、台所の外に貯めておくの。薪が積んである場所だから、見ればわかる……、どうしたの?」

「あれ」

 妖夢は山の尾根を指さした。

「あの山が、どうかしたの?」

「気にならない?」

「ぜんぜん」

 葵は、わずかも表情を変えずに即答した。

 そんなものだろうか。

 高い山の尾根に、霧や雲がかかって、かすんでいることは良くある。

 しかしあの山は、それとは違う。

 蜃気楼みたいにぼんやりしていて、山の輪郭らしきものが、ゆらゆらと揺れている。

 あんな現象は、幻想郷でも見たことが無い。

「妖夢って、変なことばっかり気にするね」

「そ、そうなのかな」

 きっぱりと言われてしまうと、妖夢の自信が揺らいだ。

 もしかしたら、妖夢のほうがおかしくて、葵のほうが正しいのかもしれない。

 妖夢は、この世界においては異分子(イレギュラー)なのだ。妖夢の常識が通用しないことのほうが多いと思っておくくらいでいい。

「そんなこと気にしてる暇があったら、杉の葉を置いてきちゃってよ。山は、日が暮れるのが早いんだから」

「わかったよ」

 妖夢は、台所に向かいながら、山を見やって、首をかしげた。






(6)

「ん……?」

 甘じょっぱい香りが、鼻をくすぐる。

 紫は、テーブルに突っ伏していた顔を持ち上げた。

 テーブルの上には、小皿に盛られた乾燥豆と、吞みかけの酒。

(そうだわ。酒を吞んでいたんだったわ)

 良い具合に酒が回ってきて、そのまま眠ってしまった。

 橙に、だらしの無い姿を見せたくないし、藍に小言をいわれるのもめんどうくさいから、いつもは、こんなはしたない真似はしない。

 でも今日は、欲望に身をゆだねて、そのまま眠った。

 いまは、藍も橙も白玉楼に出向している。

 独りきりのときぐらい、好き勝手させてもらわないと、精神が疲れてしまう。

 体を起こすと、毛布が床に落ちた。

「あら?」

 指先で毛布をつまんで、膝の上においた。

 紫は酒を吞んでいて、そのまま眠りに落ちたはずだった。毛布なんて取ってきていない。

「良く、お眠りになれましたか?」

「藍……」

 割烹着姿の藍が、そこに立っていた。

「どうして、ここにいるのよ?」

「私も橙もおりませんので、乱れた生活を送っておられないか心配になって、様子を見に来たんです。そうしたら、案の定でしたね」

 したり顔で、藍。

「紫様。ちゃんと食事を召し上がっておられますか? 酒ばかり飲んでいらっしゃるのではないでしょうね」

「余計なお世話よ」

 紫は、飲みかけの酒に手を伸ばして、喉に流し込んだ。

「余計なお世話を焼くのが、私の仕事ですから。魚の煮つけと浅漬けを作り置きしておきます。気が向いたら召し上がってください」

 ひさしぶりに味わう、無償の忠誠心だった。

 藍が、妖夢の代役として白玉楼に入ってから、まだ一週間も経っていないのに、こんなにも身に染みるものか。

 藍が幻想郷にいる紫ですら、こんな感傷を味わうのだから、

「幽々子は、さみしいでしょうね」

 妖夢がどこでなにをしているか、いつ帰ってくるかわからない幽々子の心細さは、いかほどか。

「橙を、良くかわいがっておいでです。食事もお酒も、よく召し上がっておられます。ですが……、ときおり、憂いのある顔をお見せになります」

「いたたまれないわね」

「たまには、紫様もお顔を見せてさしあげてはいかがでしょう」

 旧知の友人である紫が遊びに来てくれれば、橙や藍が相手をするよりも、幽々子の心は安らぐだろう。

「まだ、決心がつかないのよ」

 紫はうつむいた。

「決心とは、幽々子様にすべてを打ち明ける決心。ということですか」

 うつむいたまま、紫は小さく首を動かした。肯定の意味ととっていいのだろう。

「妖夢殿は、これからどうなるのでしょう」

「わからないわよ。妖夢はお人形では無いのだから。それに妖夢には、自分で感じ、自分で決断してもらわないといけないのよ」

「それは……、博打ですね」

「最初から博打よ。でもあいつは、自分が望んだ目が出ると信じて疑っていない。だから、思うようにならなかったことで、怒りのままに行動している」

「紫様は……、その、彼女の言いなりで良いのですか?」

「良くない。至極、不快よ」

 紫は、残っていた酒を飲み干した。

「だから私は、もう一つの賭けをしている」

 永く永く続く、悪しき因縁を断ち切るために。






(7)

「油断してた」

 台所を飛び出して、妖夢は屋敷の裏へとやって来ていた。

 いつもように厨房仕事をしていたら、宮中の使用人が屋敷を訪問してきたのだ。

 いらぬ詮索を受けたくないので、宮中の使用人たちが荷物をおろしている間、顔を見られないように、隠れることにした。

 台所脇の狭い通路を小走りに駆けて、屋敷の裏に回る。

 この付近は、さすがの妖夢も手が回らず、雑草が好き放題に伸びるに任せていたので、雑木林のように雑然としている。

 不気味な雰囲気だった。

「うん? こんなところに、納屋がある」

 納屋といっても、庶民の一軒家くらいの広さはあるので、物置にしておくには、もったいない建物だった。

 多くの使用人がいたころの名残だ。

 いまは、食料も燃料も作業用具も、ぜんぶが厨房の近くに集められている。それで事足りてしまうので、こんなに大きな倉庫は必要としていない。

 そうして、必要とされなかった期間が長かったのだろう。せっかくの立派な納屋は風化していて、いますぐに崩れてしまっても、おかしくなかった。

「なにか、使えるものは無いかな」

 納屋の中に足を踏み入れようとしたけど、妖夢は足を止めた。

 崩れたら危ないということもあるけれど、それよりなにより、気味が悪すぎる。下手に藪を突っついたら、なにが飛び出てくるかわからない。

 半分は人間で、半分は幽霊の妖夢なのに、お化けの類は苦手なのだ。

 妖夢はおとなしく退散することにした。

 厨房のほうに戻って来ると、わっせわっせと声を掛け合いながら積み荷を降ろしていた人足たちの姿は消えていた。

 あちらさんも、さっさと退散したらしい。

 男たちは、幽子の能力を恐れているのだ。

(理由も無く、無為の人に能力を行使なんてしないのに)

 というのは、特殊な能力を持っている者の勝手な言いぶんだ。なんの能力も無い市井の民にしてみれば、人間の常識で測れないことは、怖いものである。

(特に、幽子様の能力はなぁ)

 幽子の持つ能力。

 それこそが、彼女を悲運の女性に仕立てあげ、西行寺幽々子として生まれ変わったのち、転生を禁じられた原因だ。

 強すぎる力を持った人間の末路。と言える。

 噂が独り歩きしているのだろうが、まったくの誇張とも言い切れない。

「右大臣様は、首を長くして待ってるみてぇだぞ」

「?」

 聞き慣れない声だった。

 妖夢は、草むらの中に身をひそめた。

 もの音を立てないようにして、耳をそばだてる。

「もうちょっと待って。予定外のことが起きたの」

 これは、葵の声だった。

 だが、いつもの開け透けた明るい声色とは、まるでかけ離れていた。

「そうか。そう伝える。細かいことは、あんたに一任するって約束らしいから、俺はなにも言わねぇよ」

「ありがとう。それよりも、右大臣様は、きっと約束を守ってくださるんでしょうね」

「あんたもしつけぇな。ずいぶん念押ししてくるじゃねえか」

「それはそうよ。謀事をめぐらして右大臣にまでなった方ですもの。いつ裏切られるか、気が気じゃないわよ」

「右大臣様は、味方には寛容だから安心しな。あのお嬢さんを『やった』暁には、お家の再興を叶えてくださるさ」

「それを聞いて安心したわ。それじゃ、そろそろ」

「ああ。また来る」

 話は、そこで終わった。

(誰だ、あの男。葵は、誰と話していた。それに、やるとは?)

 詳細はわからないが、ただならぬ雰囲気は感じ取った。

 あれは、謀略の相談だ。

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