31.近づく予兆
そこかしこで魔物の咆哮と人々の怒声が響く中、黒い雨に打たれながら幾度となく名前を呼ぶ。あの特徴的な日の光を反射する金の色は未だに見えない。呼吸と共に雨粒を吸い込んでしまい盛大に咽る。両膝に手を当て息を整えていると一人の人物から声をかけられた。
「ありゃま、ユーマさんじゃないか。こんなところにいたとは」
「……今、キールを探してて……見てないか?」
「その子ならお前さんを探してたんで向こうに行ったって言っちまったよ、いやね?黒髪が見えたんでてっきりお前さんかと勘違いして……」
「助かる」
返事を待たずに悠真は駆け出した、雨で冷え切った筋肉が悲鳴を挙げる。粗雑な靴底が石畳の上で滑り思うように前に進まない。それでも走る、走る、走る。
果たして、求めていたキールは幸運にも目線の先に捉えられた。複数の影に囲まれて。
「キール!!」
まるで闇を無理やり犬の形に押し込んだようなソレは、恐怖で座り込んだキールを中心に据え輪になり囲っている。走りながら悠真は考えた、武器は?無い。魔術は?無い。何も無い……この体以外は。
絶えず輪郭を揺らめかせる影の塊を蹴り飛ばし、悠真は滑り込みながらキールを抱きかかえる。その体は冷えか恐怖か、はたまたその両方か……ガタガタと震えている。しかし震えながらも何事かを必死に口にしようとしている。
「ユーマ、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「大丈夫だ、大丈夫だキール」
自分でも何が大丈夫なのかは分からない、分かっていない、それでも安心させるために何度も繰り返す。魔物が如何にして人を食うのか理解していない、牙か爪か……切り裂かれる痛みを覚悟していた、せめて時間稼ぎくらいにはなればとキールを体の内に庇う。しかしその痛みは来ない、不思議に思い固く瞑っていた目を開いて辺りの様子を伺うと、魔物はウロウロと彷徨っていた。まるで標的を見失ったかのように。
「あいつら……何をして……?」
疑問に対する答えを出す前に人影が現れた。
「思考は輪郭を失い、輪郭を失ったものは……崩れる、我は狭間に在り、汝は迷う——侵せディリュージョン」
ルナールの魔術により魔物の輪郭が乱れ始めた、脚が崩れ地に伏せる。
「ソレイユ様、発見しました。数は6」
遠くから、片手を挙げ優雅に歩み寄るソレイユの姿が見える。戦場には似つかわしくないその所作は、まるで高級な食事の並ぶ卓へ向かう道中のようだ。そのソレイユを中心として、複数の光の筋が迸り影を消し飛ばす。悠真はキールを抱えたまま頭を下げた。
「ソレイユ様、ありがとうございます!!キールの命の恩人です!!」
「様は付けなくても構わないと、申したはずですが?」
ソレイユの表情には相変わらず感情の色が出ない。
「ユーマさん、貴方の評価を改める必要がありますね」
「それはどういう意味で……?」
しかしその言葉は途中でルナールによって遮られた。
「ソレイユ様、新たな反応が有ります。数は1……ですが、強大です」
「まさか……魔王が?」
「どちらにせよ、まもなく正体が判明します」




