僕らの秘密
二月二十二日
「あのさ、俺、あかりに告白しようと思うんだよね」
下校中、帰り道の河川敷で歩いていると、太一が突然つぶやく。
あかりに告白しようと思うんだよね……?
太一のことばを頭の中で復唱する。
そのことばを理解したとたん、僕は激しい後悔と絶望を感じた。
「あ、そ、そう」
僕は決して感情を太一に悟られぬように、必死に平静を装いながら返事をする。
「なぁんだ、思ったより驚かねーのな」
太一は僕の態度に拍子抜けした様子で、腕を頭の後ろで組み、少し空を見上げた。
「まぁ……多分そうだろうなって思ってたし……」
「まじ?」
僕と太一とあかりは幼稚園から現在の中学二年生までずっと一緒の学校で、いわゆる幼馴染の関係だった。家も近所で、母親同士の仲もよいことから、昔はよく三人で遊んでいた。
思えば、昔から太一はあかりのことばかり見ていた。公園で遊ぶときも、家でゲームするときも、僕と一緒にいるときも。
そうやって過去を振り返っていると、太一の家の前に着いた。
「じゃあまたな」
「あ、太一……」
「うん?」
「バイバイ」
「おう」
太一は僕に背を向け、家の中へと入っていく、僕はその背中を見つめることしかできなかった。
たまたま、帰る時間がかぶったと思ったら、こんな仕打ちを食らうなんて……。僕はアスファルトを見つめながら、とぼとぼと自宅へと歩いた。
家に帰ってすぐ、僕は大好きな夕飯のカレーを無視して、二階の自室のベッドに飛び込む。マットレスのふかふか感が僕の傷ついた心を少し癒してくれる気がした。
「僕の方が先に好きだったのに」
誰もいない部屋で、マットレスに、ひとりつぶやいた。
二月十三日
朝、学校に着いて、二年五組の教室に入ると、異様に教室がざわついていた。
「太一、あかりに告白するらしいよ」
「えー!」
僕が自分の机まで歩いていると、周りの女子からそんな驚いた声が聞こえてきた。どうやら太一があかりに告白するという噂がすでにクラス中に広まっているらしい。
てっきり、僕にだけ漏らした秘密だと勘違いしていた。僕が太一にとって特別な存在ではなく、ただの友達の一人でしかないことに、より一層気づかされた。
「めっちゃ、お似合いじゃない?」
「ねー!」
周りの女子はこれから誕生するかもしれない理想のカップルに期待し、馬鹿みたいに興奮している。こんなに騒がれているのは当事者が太一とあかりだからだ。
太一とあかりは二年生の中で、スターのような存在だった。太一は二年生にしてサッカー部のエース、校内のアンケートではイケメン部門で一位を獲得していた。あかりは才色兼備にして文武両道、前に出たピアノのコンクールでは全国三位に入ったらしい。あと、数々の告白を断ってきたことから氷の女王とか言われているとか。
教室でずっと本を読んでいるぼっちの僕が、このふたりと幼馴染だって知られたら、クラスメイトに大笑いされるだろうな……
学年のスター同士の熱愛報道はどんな芸能人のスキャンダルや不倫よりも一大ニュースで、教室内ではふたりの話でずっともちきりだった。
「キャー! あれ、太一くんだよね!」
太一が廊下を歩いているのを見て、女子が声を荒げる。甲高すぎたその声はまるでモスキート音のようで、僕は耐えきれなくなり、耳をふさいだ。
授業が始まると教室は静かになったが、終わるとまた太一の告白についての話題が聞こえてきた。休み時間になるたびに、太一の告白のうわさが聞こえた。三階で、三年生から太一とあかりの名前が聞こえてきたときには、気持ち悪ささえ覚えた。
でも、何より嫌だったのは、僕の知らない情報が耳に入ってきたとき。バレンタインの日に告白するだとか、場所は体育館裏で行うとか、本当か嘘かわからないけど、知らない情報が聞こえるたびに僕はイライラした。
放課後を告げる鐘が鳴った後、僕はすぐさま席を立ち、図書室に向かった。この学校の図書室は三階の端にあることと妙に古臭い雰囲気を醸し出していることから、超がつくほどの不人気スポットだった。図書室の存在を知らない生徒も少なくはないだろう。僕はそんな超不人気図書室の図書委員だった。
今日も図書室には誰もいない。
誰もいない図書室で椅子にふんぞり返り、僕は本を読み始めた。基本的に人が来ないので、誰にも邪魔されず本を読むことができる。ここは僕にとってのオアシスだ。
今日みたいな日は一人で本を読むにかぎる。
僕が本を読み始めてから十分くらい経っただろうか。
「ん?」
ドアのすりガラス越しに人影が見える。
本当は誰も来てほしくなかったが、一応図書委員という役職を与えられている以上、歓迎しなくてはならない。僕はだらけきった姿勢を正し、深く椅子に座りなおした。
ドアが開けられると、黒髪ロングに高い身長、そして鋭い目つきが特徴的な人間がいた。
あかりだ。
僕は突然のことに、あかりを見つめたまま、体が動かなくなった。
「周りがあんまりにもうるさいから、来ちゃった」
僕がどうしてここに? と質問を投げかける前にあかりは答えた。
「あ、あ、そう」
「なんでそんなにオドオドしてんのよ」
あかりは僕の慌てる様子がどうも面白いようで、笑いながら、僕のことを小馬鹿にしてくる。
突然の出来事に、僕はまだ心臓がドキドキしていた。
「ていうか、私たちがふたりで会うの久しぶりじゃない?」
「そうかな……」
僕と太一とあかりは小学校まではいつも三人で行動していた。学校が終わったらすぐ家に帰ってランドセルを置き、三人で遊びに出かけた。たまに、僕とあかりだけで遊ぶこともあった。
でも、中学校に入ると三人で遊ぶことがなくなった。
中学生になると思春期やらで、皆体つきが大きくなって、心が大人びてくる。段々と現実的な思考になって、小学校のときに持っていた夢や願望が現実ではそう甘くはないことを知る。
僕がふたりから距離をおくようになったのは、中学生になってからすぐだった。
あかりとふたりきりになるのは本当に久しぶりだ。
あかりが図書室内にあるポスターや本棚をあちこち見て回る。
「オススメの本教えてよ」
「あ、うん」
オススメの本か……その人が欲する本を探すのは難しい。人によって本に求める面白さが違うからだ。物語の作りさえ良ければ面白いと思う人、文字を読んでいて読み応えがあれば面白いと思う人、僕にはよくわからないけど、哲学書を面白いと思う人もいる。
やっぱりあかりには恋愛系の本がいいのかな。
僕が図書室の本棚を漁っていると、一冊の本が落ちてしまった。
長野計の「もう一度だけ」。
「あっ、これ……僕の好きな本」
「どうゆうお話?」
「夢に破れた主人公がもう一度夢を追いかけるお話」
「じゃあそれにする」
あかりが落ちた本を拾うけど、僕はあかりからその本を取り上げた。この作品はきっとあかりには合わない。図書委員のプライドとして、僕が選んだ本は最後まで読んでほしかった。
「これバッドエンドなんだ。結局主人公は失敗して夢を諦めるっていうオチで……主人公のしたことは結局無駄でしたっていう作品なんだよ」
「じゃあなんで海斗はその本が好きなの」
「バッドエンドだからだよ」
僕はできるだけ現実と近い物語が好きなのだ。ハッピーエンドなんて誰かが妄想で書いたありもしない現実にすぎない。
僕が本を本棚に戻そうとすると、あかりが僕の手をつかんで本を取り返した。
「やっぱりこれにする」
「え、う、うん」
本を取り返されたことよりも、手を触れられたことにビックリした。
「だからオドオドしすぎだって」
あかりはまた僕が焦った姿を見て笑っている。あかりといると本当に心臓に悪い。
あかりは昔からこうゆうスキンシップが多いやつだった。小学生のときはよかったけど、第一思春期を迎えた中学生には刺激が強すぎる。
「小学生のときは手つなぐのなんか当たり前だったじゃん」
「小学生だったからね」
「どうして中学生になって、私たちから離れたの?」
僕の本を戻す手が止まる。嫌な流れだ。
「どうしてって……」
「突然何も言わずに私たちから離れたよね。どうして?」
僕は何も言えず、黙った。
「し、自然の摂理だよ。優秀な人間は優秀な人間で集まって、僕みたいな人間は除け者にされていく運命なんだよ」
「は……? 意味わかんないから」
あかりが語気を強めて言った。あかりの様子から、明らかに苛立っていることが伝わってくる。
「あのさ、もし私と太一が付き合っても海斗はなんとも思わないの?」
「ふたりならお似合いだよ」
本心だった。ふたりの相性が良いのは僕が一番わかってる。
少しの沈黙が生まれたのち、あかりは口を開いた。
「海斗ってさ、私たちに隠していることあるよね」
「え?」
あかりが突然僕の心を覗いてきた。僕の顔の血管が収縮して熱くなる。
「そんなのないよ……」
声が震えているのが自分でもわかる。
「どうして話してくれないの?」
僕は下を向き、ただ黙ることしかできなかった。
「そうやってまた逃げるんだ」
「うるさい! どう生きようが僕の勝手だろ!」
あかりがやけに説教じみたことを言ってくるので、怒鳴ってしまった。それにこれ以上あかりが僕の心をかき乱してくるのが我慢ならなかった。
「ごめん」
あかりは悲しそうな顔をして、謝る。その悲しそうな顔をみると、僕はいったいなんてことをしてしまったんだという気持ちになる。
「いや、ご、ごめん」ここどっちが言ってるかわかりにくい「い、いや、」
あかりが全部僕のために言ってくれているのはわかっている。いつだって僕が悪いんだ。少しの勇気を振り出す努力も怠って、自分の現状を嘆くだけの僕が悪い。
「じゃあ……この本借りてくから」
「本当にその本でいいの? オチも言っちゃったし……」
「これがいいの」
僕はあかりがその本に執着する理由がわからなかった。
「そう……、じゃあバイバイ」
「またね」
気まずい空気のまま、僕たちは別れる。僕は傷ついた心を癒すため、図書委員の仕事を放棄し机に突っ伏して寝た。図書室が閉まる十七時まで誰一人として人は来なかった。
二月十四日
教室に入る前から、今日は昨日に増してざわついているのがわかる。今日はバレンタインデー。そして、太一があかりに告白する日だ。僕はドアの前で友チョコを渡し合っている女子たちを押しのけて教室に入った。
教室内ではチョコを何個貰ったかでマウントを取り合う男子や好きな人にチョコを渡せて喜ぶ女子がいて、太一があかりに告白するという噂話がところかしこで仕切りに行われていた。今日の教室はもう騒がしすぎてめちゃくちゃだった。
自分の机に座り、机に入っているお気に入りの本を読もうと、机の中をさぐる。
ん? なんだこれ?
机から手を取り出すと、白い箱が出てきた。少しの期待を寄せながら、誰にも見られていないことを確認し、恐る恐る箱のふたを開ける。中に入っていたのは手紙と手作りらしきチョコだった。
恐る恐る手紙を開く。
「放課後、図書室で待っていてください」
マジか。
これっていわゆる告白の手紙ってやつ……僕の心臓の鼓動は早くなっていた。
待てよ……落ち着け。
本当に僕のことを好きなやつなんているのか? 僕は一度自分を落ち着かせた。
これ、いたずらか……
なんだかできすぎている気がした。きっと一軍グループの女子が罰ゲームで僕にこうゆうことをしているんだ。
最初のドキドキはどこへやら、一度冷静に分析すると僕の気持ちはだんだんと冷めていった。それにこれが本当の告白だとして、僕は……
逆に僕の気持ちはだんだんと暗くなっていった。
昨日は史上最悪の一日だったが、今日はその史上最悪を塗り替えてくれそうな一日だった。昨日は授業以外の時間がうるさくてしょうがなかったが、今日は授業中もうるさかった。授業中なのに後ろの席のやつはこそこそしゃべっているし、グループワーク中にもチョコがどうだの、告白がどうだの。そのせいで、まったく授業に集中できなかった。
やっと最後の授業が終わって放課後になった。放課後になった瞬間が今日一騒がしくて、太一の告白について皆興奮しながら語り合っていた。
クラスメイトが次々と体育館裏へと走っていく中、僕はひとり手紙をポケットに入れて、図書室に向かう。このとき、僕は手紙があるから図書室に行くんじゃなくて、ただ図書委員の業務として図書室に行くんだというプライドがあった。
それに、最悪いたずらだとしても、ただ図書委員として来ただけだからと言い訳するつもりだった。
ガラガラと図書室のドアを開ける。当然誰もいない。この図書室側の窓からは体育館裏がのぞけないのだ。僕はいつものようにふんぞり返って椅子に座り、本を読んだ。でも、今太一が告白してるのかなと想像するだけで、心が憂鬱になる。本を読むのに集中できない。きっと告白は成功してしまうのだろう、でもそれでいい。
しばらくして図書室のドアの前に人影が見えた。
でも、ただたむろしてるだけで、図書室に入るつもりはないようだったので、僕はだらけきった姿勢を続けた。
「いやーあれは爽快だわ!」
「ただの勘違い野郎だもんな」
男ふたりの笑い声がここまで聞こえてきた。明らかに人を馬鹿にしている不愉快極まりない声だった。人の悪口ならよそでやってくれ。図書委員として注意することにした。
席を立ち上がり、ドアに手を伸ばす。
「井上のやつ、調子乗りやがってよ」
えっ?
僕の体が石化したように固まった。井上は太一の苗字だ。
「みんなの前で振られるとか」
振られ……太一が……?
「今ごろ泣いてるんじゃねぇの」
醜い笑い声が僕の耳にこだまする。
太一が馬鹿にされるのが悔しくなって、僕は男ふたりに怒鳴ってやろうと、図書室のドアを開けようとした。
しかし、なぜか、体が動かない。
僕は気づいた。僕の心の奥底で太一が失敗してくれて良かったという思いがあることに。
あれ、どうしてこんな思いが芽生えるんだ? これじゃあ僕もドアの前のふたりと同じじゃないか。
頭では自分が間違っていることに気づいているのに体が動かない。
何してんだよ僕。
「じゃあサッカー部の練習行くか!」
すりガラス越しに見える人影が小さくなっていく。
待てよ!
僕の心の叫びは誰にも聞こえない。
ああ、僕はこうゆう人間なんだ。こんな気持ちになるなら、僕のなんて生まれてこなきゃよかった、と心からそう思った。
ドアの前にまたひとつ人影が増えた。
「どけてください」
あかりの声だった。
「あかりちゃんさっきはよかったよ。太一のこと大胆に振ってさ」
「好きな人がいるからって言ってたけど、まさか俺じゃあないよね」
「そんなわけないでしょ! あんたたちみたいなブサイク相手にしないから!」
「ぶ、ブサイク……」
「あんたらは同じサッカー部の太一に嫉妬してるだけでしょ!」
「は、早く行こうぜ。こんな奴相手にするだけ無駄だわ」
男ふたりの影が消えていく。
あかりがふたりの男を追い払い、ドアを開ける。
あかりが救世主に見えた。
ずっとドアのすりガラス越しに見ていたから、すぐにあかりと目が合う。今日のあかりは髪が艶やかで、昨日よりもずっと綺麗だった。
「き、昨日ぶり……」
「なんでまたオドオドしてんのよ」
あかりは僕のことをまた小馬鹿にするけれど、今日は何だか、あかりのほうがずっとオドオドしているように感じた。
きっと、太一のことを振ったことについて周りがうるさいからここに来たのだろう。
でも、そうだ。今日は僕にも予定がある。
「あの、悪いんだけど、今日は図書室に入らないで欲しくて」
「どうして?」
「その……人を待ってるんだ」
告白されるかもしれないから出てってなんて、自分がうぬぼれているようで言えなかった。
「待っているだけならいいじゃん」
あかりはそう言いながら、図書室に入り、ドアを閉めた。あまりにも強引すぎる。僕はこれからあかりに馬鹿にされる展開になるのがわかっていても、言わざるを得ない状況になった。
「手紙をもらったんだよ。放課後図書室で待っていてくださいって、だから……」
すると、あかりは顔をクシャっとさせて腹を抱え大笑いする。その笑い方を見るのは久しぶりだった。
「第一さ、海斗みたいな陰キャで誰ともしゃべらなくて、暗いやつに告白する奴なんている?」
あかりは僕の顔を見ながら、僕の周りを歩き、煽ってくる。
「さすがに言い過ぎ……」
僕があかりに怒ろうとすると、突然後ろからあかりに抱きつかれた。
何が起きたか理解できない。
「手紙の持ち主は私だよ」
「えっ」
言われたとたん、僕の体中が熱くなって、気持ちが激しく高揚した。僕が後ろを振り向こうとすると、あかりは僕のことを強く抱きしめて、振り向かせないようにしてくる。
「やめて、きっと酷い顔してるから」
僕はあかりの腕を無理やりふりほどき、後ろを振り向いた。あかりは手で自分の顔を隠していたが、ひどく赤面していることは僕の目にも明らかだった。
「だからやめてって言ったのに」
「どうして僕に、こんな……」
「私が海斗のこと好きだからだよ。小学生の頃からずっと」
「そんな……」
まさかあかりが僕のことを好きだなんて微塵も思わなかった。
これから僕は告白されるのか?
僕は戸惑いが隠せなかった。
あかりが僕の目をじっと見つめる。
「海斗のことが好きです、付き合ってください」
僕があかりの期待を裏切るなんて、あってはいけない気がした。僕の本当の気持ちは墓場までもっていこう。あかりと付き合うことができるなんて、幸せでしかないはず。僕はできるだけ嬉しそうな顔をつくるために顔をゆがめよとした。
すると、あかりは突然、僕の手をつかみ僕の胸においた。
「海斗の本当の気持ち聞かせて」
僕の本当の気持ち……。そんなの言えるわけがない。僕は何も言わずにただ沈黙した。そんな僕を見て、少し覚悟を決めたようにあかりは喋り始めた。
「海斗、太一のことが好きなんでしょ?」
あ……。
その一言は僕の秘密を見透かしていた。
どうすればいい?
僕の頭の中は真っ白で、言い訳するということすら思い浮かばなかった。
逃げよう。
そう思って、足に力を入れたその瞬間。
「海斗!」
あかりが僕のことを強く抱きしめる。今度はどれだけ力を入れても、あかりの手を外せる気がしなかった。
長い沈黙の後、僕は口を開いた。
「いつから……気づいてたの……?」
「最初から。だって三人でいても私のこと全然見てくれないんだもん」
僕は頭を抱えた。こんなバッドエンドあっていいのだろうか。誰も幸せにならない結末に僕は絶望した。
「どうして太一に伝えないの?」
あかりが僕に抱きつくのをやめ、面と向かって言う。
「どうせ失敗するんだから、伝えるだけ無駄だよ……」
「そんなこと言わないでよ。海斗は自分が思っているよりずっと、魅力的な人間だよ」
違う。あかりは何もわかっていない。魅力とかそういう問題じゃなくて、性別の問題だ。
「僕が好きっていったって、太一が受け入れるわけないだろ!」
僕は行き場のない怒りをあかりにぶつけてしまった。僕は最低な人間だ。早くこの世から消えてしまえばいいとより強く思った。
怒る僕を前に、あかりは鞄から本を取り出す。
長野計の「もういちどだけ」。
「海斗が私にくれた本全部読んだよ。確かに海斗の言う通りバッドエンドで、主人公は夢を諦めた。でも、私は主人公のしたことは無駄だと思わなかった」
あかりは続ける。
「主人公が夢を諦めるまでに出会った人や実行したこと、そして夢に挑戦したという勇気。私はこれを無駄だと思いたくない……」
「あかり……?」
あかりの声がだんだんと震えてきている。
「失敗しても、それはきっと……一歩前進したって……言えるんじゃないかなって……そう考えないと、私……」
あかりが喋るのもままならなくなる。
あかりの目からこぼれおちる涙は、宝石のように美しく輝いていて、あかりの美貌をより一層際立てた。
あかりの恋愛感情だけでない僕に対する気持ちが痛いほど伝わってくる。
「あれ」
僕の目からもなぜか一粒の涙がでてきた。僕の心にあった胸のしこりが、涙となって浄化されたのだと思った。
「私の……私のしたことはきっと無駄なんかじゃなかった……」
あかりは鼻をすすりながら、途切れ途切れにそう言った。あかりが袖で何度も何度も涙を拭う。
僕は泣いているあかりの肩に手をかけた。
きっと僕がここで何もしなかったら、あかりの行動が無駄になってしまうと思った。
「あかりのしたことが無駄じゃないって、僕が証明するよ」
僕はあかりをおいて、図書室のドアへと歩いた。ドアを開き、足を踏み出す。
「あかり、またね」
「うん……」
三階の図書室から僕は走った。三階、二階、一階の階段を三つ飛ばしながら降りる。
「まさか太一先輩が振られるとはねーって、うわ!」
「危ないぞ!」
一階の廊下にいる大量の生徒や先生を押しのけ、僕は走る。廊下を抜けて玄関に着くと、玄関から上履きのまま外に出て、また走った。
「ハァ、ハァ、ハァ」
普段運動なんてしないから、ちょっと走っただけで息切れする。肺がつぶれそうで足が痛い。
僕が河川敷を越えると太一の姿が見えた。太一はトボトボと自転車を押して歩いていて、明らかにうなだれているのがわかった。
「太一!」
僕が大声で呼ぶと、太一が後ろを振り向く。僕に気づいたようだ。僕が太一に追いつくころにはすでに太一の家の前だった。
「き、聞いてほしいことがあるんだ!」
「おう……」
「僕は太一のことがずっと……!」
二月二十日
バレンタインの日から一週間たった。
ピンポーン。家のチャイムが鳴らされる。
「おーい、海斗遅刻するぞ!」
「早くしてよ!」
外からふたりの大きな声が聞こえる。
「今行くって!」
急いで靴を履き、ドアを開ける。外で待っていたのは太一とあかりだった。
「おまたせ」
「遅いぞ」
「ごめんごめん」
バレンタインの日以降、僕たちは小学生のときと同じように三人で登校することになった。
三人ともそれぞれ振られたのに、またこうやって一緒にいられるなんて夢にも思ってもいなかった。
「今度さ、三人でカフェ行かない?」
「いや、俺はボウリングがいい」
「はぁー? ボウリングは前も行ったじゃん」
「隣のレーンにボール投げたのが相当トラウマらしいな、あかり」
「それは関係ないから!」
太一とあかりが夫婦喧嘩のような会話をする。そんなふたりを見ていると、いつも三人でいたときの昔の記憶が呼び起された。三人で暗くなるまで外で遊んで、そして、三人とも母親に怒られたこと……
思い出に浸りすぎて、僕は目頭が熱くなってしまった。
「海斗はどうだ?」
「うーん」
僕は泣いていることがばれないように空を眺めた。
「海斗?」
「なんでもないよ」
この結末がハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか僕には分からない。
それでも僕はふたりと足並みを揃え、いつもより澄んだ空気を吸った。




