第ニ十一章:知る権利
「どういうことだ…?」
「何なんだよこれ…」
「王太子も予言の乙女も悪魔と契約してたのか?」
「父上‼︎父上助けてください‼︎‼︎お願いです…お願いします!嫌だ!怖い‼︎」
涙や汗や洟水でぐしょぐしょのアルヴェインが、小さな子供のように父親の脚に縋り付いた。だが正気を取り戻した王はそれを文字通り蹴り飛ばした。
「…怖いだと…?己の血を差し出す事が怖いだと…?それを、今さっきここで、子供達に強いていたお前に、そのようなことを言う資格はない‼︎‼︎」
王は両脚でしっかりと立ち、息子と契約した悪魔を睨みつけた。
「悪魔よ、私の思考を誘導したな」
「ええ、貴方の息子の願いでね。だが洗脳ではない。貴方の眼が息子可愛いさに曇っていなければ、思考も曇らなかった筈だ。貴方に苦言を呈する臣下もいたでしょう。」
違和感はあった。だが、息子に手柄を立てさせたかった。年を取り、妻が死に、友人が死に、体力と気力を失っていた。多少息子が暴走しても、老いた自身が至らなくても、優秀な臣下たちが“いつも通り”ある程度形にしてくれるだろうと信じた。
だがー。
言い訳にはならない。
「そうか…。私は間違えたのだな」
「ええ、恐らくは。」
一人の廷臣が手を震えさせながら、角の揃わない書類を王に差し出した。
「陛下、命令書の王家印と執政印が二重に欠落しています。ほ、他の書類も、執行者の魔術師宛と場を管理する神官宛では、文章に異なる部分が見られ、恐らくは、意図的にな改竄があったかと…子供の安全を気にされていた陛下の目を擦り抜けるために……」
王の側に仕えていた重臣が慌てて書類を確認する。彼の目の色も先ほどまでとはまるで違う。
「……これでは王命の体を成しません。加えて、外縁区の子ども集約のための拘束禁止条項が削除されています。――誰の指示です?」
重臣が青ざめ、別の貴族が少しでも気配を消そうと身を縮こませた。ある神官は下を向き、こそこそと逃げようと袖に手を入れている魔術師もいる。
アルヴェインの味方だったはずの笑顔のいくつかが、早い見切りに変わった。
アルヴェインはなおも食い下がる。
「これは国のためだ! 百年の繁栄のため、わずかな犠牲を――」
「“わずか”ね」
オリヴィアの声が小さいにも関わらず場に響いた。
「あなたは自分のために、国の未来である子供たちとその親たちの幸せを全て差し出すところだった。それが“わずか”なのね」
オリヴィアの指が空中の何かを連打する。
そのとき、天井で黒い風が渦を作りながら鳴った。
オリヴィアは掌を天に向けた。黒い膜がぱん、と弾け、大きく穴が空いたように夜空が映る。
――王都の空に、儀式場が映っていた。
赤い血の陣、檻を繋いでいた鎖、王太子のぐしょぐしょの顔、獣のように両脇でぶら下げられているアイラ。儀式に参加した者たち、悪魔ーーそれらがリアルタイムで共有されている。
路地で、広場で、ベランダで、人々が息を呑んでいた。
「王太子アルヴェイン殿下、貴方の言う未来のための“わずか”な犠牲が、民に受け入れられるのか、判断してもらいましょう」
オリヴィアの声は空気に乗って届き、市民の胸を打った。
「こんな小細工を……い、いつからだ、いつからこんな、卑怯な真似を‼︎王城の中を!非公開の儀式を晒すなど!こんなの犯罪だ‼︎」
「儀式の詠唱前、最初からですわ。そうですね、私の行為が犯罪になるのか、それも判断してもらいましょう。」
「そんな…!オリヴィア様は国民の知る権利を守っただけです‼︎我が子が悪魔の生贄にされようとしていたのに、国が隠していたのですよ‼︎オリヴィア様が動かなければ誰が子供たちを救えたのです⁉︎」
魔術師の誰かが杖を落とし、誰かが涙で視界を曇らせる。
彼らは、捧げるべきでないものを知っていたから。
「許してください…許してください」
神官が跪いて祈り出す。
アルヴェインは歯を食いしばる。
「ヴァルド!俺と契約したと言うなら、その分働け‼︎王家の名において命ずる!すぐに!民の思考をーー」
老王が愚息の首根っこを掴んで、儀式場の石床に叩きつけた。
王は威厳をもって進み出る。重い声が堂内を満たした。
「……大祈祷は中止。子を集めた者、命令書を改竄した者、王家の名を私用した者を拘束せよ。――王太子の名は剥奪する。アルヴェインとアイラは独房に入れておけ。民に詫びと、全てを明らかにすることを約束する」
王は空中に映る国民に向けて深く頭を下げた。
アルヴェインは己の美貌が傷ついていないか確かめながら、父に何か言いたげにしながら、言葉にならないまま喉が空回っていた。
アイラはギャアギャアと未開の地の猛獣のように暴れながら運ばれていった。
その瞬間、天井の鏡が波打つ。
オリヴィアの視界の端が黒く欠けた。
(……しまった、気が抜けてしまった。駄目、まだ――)
全身に熱と寒気が同時に走り、膝が笑う。映像を保つために使った魔術は、魔界でも長くはやらない種類だと習った。限界は、とっくに来ていた。
空に映った儀式場が、ふっと色を失い、夜空が元の黒を取り戻す。
天井が何も映さなくなり、オリヴィアの身体が傾ぐ。
「っと」
結界を壊し、フィンレイの腕が素早く支え、シャーロットが駆け寄る。
「オリヴィア様!」
周りの近衛とシャーロットが王城の医室へ急いで運ぶ。
フィンレイとヴァルドは誰にも気づかれずに、影に溶けて消える。
やがて、王都の路地裏で、戸口の灯の下で、泣き疲れた母の腕の中に、――子どもたちは親の呼ぶ声に導かれるように戻っていった。
「……ミラッ!嗚呼ミラ!」
「……おかあさん……」
露のように微かな“ただいま”。母は娘を抱き締め、大声で声で泣き、父はその上から二人を抱き締めて泣いた。
国中で歓喜の声が朝まで続いた。
「聖女オリヴィア様!有難うございます‼︎」
そしてオリヴィアへの感謝も。




