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第ニ十章:集う悪魔たち

 「贄の子供? それにやり直しですって…? そんなもの即刻中止なさい」


 儀式場の高い天井に吊るされた、砕いたガラスを繋げた美しいシャンデリア。

 儀式のための多くの蝋燭の仄かな灯りを集めて、星のような輝きでオリヴィアを照らしていた。

 オリヴィアは銀の髪を長く垂らし、まるで月の女神のように凛として美しく立っていた。


 王太子の婚約者時代のように高価なドレスではない。せいぜい豪商の娘が着るような薄い水色のワンピースだ。だがそれでも何かが彼女を高貴な存在だと裏付けていた。


 オリヴィアを見留めたアルヴェインの顔が引き攣った。闘犬のように犬歯を剥き出して叫ぶ。

「オリヴィアぁああああ!まだ邪魔をするか!」


(何故だ何故だ何故だ!時期王太子妃の座は失い、実家からも見限られ、それでも何故そんなに堂々としていられる…‼︎ 俺とは違って……そうやって俺を馬鹿にして‼︎‼︎)


「王太子アルヴェイン殿下ではないですか。まさか多くの子供を贄にした儀式をあなたが主導されたのですか?」


 軍人のひとりが動揺を隠しきれないまま、それでも王族を守ろうと使命感で詠唱を唱える。

だがオリヴィアの指先が一筆で魔界文字を切った。封印線。軍人の詠唱は実らず、口元でしゅう!と煙を上げるに止まった。


 「知っているぞオリヴィア!“子供が消える夜”を邪魔して己の名を上げるために利用したな!」

「何のことでしょう、殿下。まさか全国的な子供の失踪は、この儀式の贄にするために王家主導で行われたことですか?」


「知っているくせに!我々が表立って動けないことを良いことに、そうして自分のことばかり見て、“国のことには目を向けない”!

こうしなければ国が滅ぶのだ!だから…」


「…だとすれば、そんな国、滅んだ方がマシですわ。未来ある子供の命を悪魔に捧げて、自分たちだけ抜け抜けと幸せを謳歌しようだなんて…その方がよっぽど悪だわ。」


「そんな理想論で…!民を救えるか!」

「民とは子供たちであり、その親ではないのですか?…ねえ、予言の乙女様」


 不意に話題を振られ、アイラは扇で口元を隠した。オロオロと目を泳がせるが、全ての目がアイラを見つめている。

 「え…あ、あたし、オリヴィア様はどうして邪魔するの? 国のための祈りなのに…」


 「祈りじゃない。殺しよ」

 オリヴィアの声は冷たかった。


「で、でもアルヴェイン様が国のために必要だって」

「じゃあ、あなたも子供を拐って残酷に殺すことに同意したのね?」


「う、いや、そんなの知らない…。」

「檻に入れられた子供たちを見て、魔法陣が血で描かれるのを見ていたのに?」

「え⁉︎あの赤いの血なの⁉︎やだ、気持ち悪い‼︎」


 「〜〜っ!、ヴァルド‼︎」


苛立ちを隠さぬ怒声でアルヴェインは、権力の悪魔を呼び出した。

 途端に全員の視界にヴァルドが見えるようになった。最初からそこにいたかのように、ヴァルドは魔法陣の上、オリヴィアのすぐそばに立っていた。


その場の誰も声に出さなかったが、どよめく空気が波のように伝わった。

(……この気配…悪魔⁉︎ あのバカ悪魔と契約していたの!?)


 ヴァルドは軍人のような直立不動で、暗い色の重たそうな外套を纏っていた。引き結ばれた唇は何の感情も感じさせず、海底のような碧い瞳は自身を呼び出したアルヴェインを真っ直ぐに見つめていた。


 「お呼びでしょうか?殿下」

 「丁度良い。そこの女、オリヴィア・エルフォードの思考を操れ!そこで首を切って自害させろ!」


(まずい!)

オリヴィアが護符を胸にぎゅっと抱きしめた。


 だがヴァルドはオリヴィアの方を見もせずに淡々と告げる。

 「何故私がそんなことを?」


「ーーは?」

アルヴェインは顎が外れそうなほど口をポカンと開けた情けない顔を晒した。


「何故私がそんなことをする必要があるのですか?」


「きっ、貴様、私を支えると言ったではないか!」

そこで初めてヴァルドは表情を崩した。悪魔らしい、歪んだ笑みだった。


「いつそのようなことを?私があなたのために殺しをすると?あなた“なんか”を善意で支えると?」


どよめきの波は嵐のように加速した。ヴァルドは嗤いながら続ける。


「私は大まかな条件を示し、貴方の同意を得て段取りを進めた。だが貴方を無条件に支えるという語は、一度も口にしていない。アルヴェイン、“お前”が勝手に都合良くそう理解しただけだ」


 老王の顔が死人のように蒼白になり、皺だらけの両手で顔を覆うと「おお、おぉ……」と呻き出した。

まるで誘導されていた思考の霧が晴れ、自身の罪を今認識したかのように。


魔術師も神官も警護の軍人たちも顔を見合わせ、小声で囁き合う。

「どういうことだ?」

「あいつは何だ?」

「オリヴィア様を殺せと、裁判も根拠もなしに、一体“あいつ”は何を考えているんだ?」


 アイラがキョロキョロと落ち着かずにあちこちを見回し金切り声を上げる。

 「ねえ…、ねえ私は関係ない!こんな怖いの、私は知らない!ねえ帰って良いでしょ⁉︎ 私帰る!」


「帰るだなんて、どちらへ…?」

オリヴィアが首を傾げると、アイラは青筋を立てながら怒鳴った。

「勿論王城によ!ねえ、通してよ‼︎どきなさいよ!」


しかし儀式の完了まで、危険なため誰も外に出してはならぬと王命が下っている軍人たちは、アイラを通そうとしない。


 「誰でも良い!命令だ!あの女を拘束しろ!」

アルヴェインの叫びに、近衛の列が一拍遅れて動く。


 困惑した表情を浮かべながら、オリヴィアに近づく。

オリヴィアも札を押さえながら、魔力を集中して集めていた。


 「おい!早くしろ‼︎これは時期国王の命令だ!“こんな儀式に参加したお前らだって同罪だろう”‼︎‼︎

そいつが何かするのを見逃すなら“お前らの家族に影響が出ても良いんだな”‼︎」


その言葉によって、近衛だけでなく、儀式に関わった廷臣や神官、国家魔術師といった者たちが一斉にオリヴィアに飛びかかった。


オリヴィアは震えながら結界を絞り出した。

その薄い膜の前で、剣を止めたのはシャーロットだった。


「シャーロット……⁉︎ どうして…」

オリヴィアの身を案じ尾行していたシャーロットは、道惑わしの術で撒いたはずだった。


「オリヴィア様、騎士は主人を見失わない。“尊敬する”主人を必ずお守りするものです!」

シャーロットの言葉に、近衛や軍人たちが動揺した。


彼らは元々結界破りのためだけに剣を抜いており、オリヴィアをしに至らしめるほど傷つける意図がなかった。


だがシャーロットの言葉を聞いてから、明らかに結界を切りつけている者たちの剣も、シャーロットに受け止められている剣も圧がかかり切っていなかった。


「手伝いましょうか?」

陰からコツコツと靴音を響かせて現れたのは


(フィンレイ!)

結界の維持に歯を食いしばっているオリヴィアは声が出せないまま、瞠目した。


「フィンレイ様!」

助けを期待して甘い声をあげたのはアイラだが、フィンレイが声を声を掛けているのはシャーロットだ。


「結構!」

そしてシャーロットは胡散臭い男を見留めて一蹴する。

フィンレイはくっくっと喉を鳴らして笑った。


「フィンレイ様!私を助けて!いつもみたいに!」

アイラが涙を浮かべて両手を合わせ、フィンレイに

可愛らしくお願いした。

「いつものように、悪魔の私の手を借りたいと?」


「……え?」

アイラもまたポカンと間抜けな顔を晒した。


「特殊な遺伝や環境を除いて、人の身で他人の思考を誘導することなど出来ない。」

「え?あ、だから、あなたがそうなんじゃ…」


「私がいつそのようなことを言いました? なあヴァルド。」

全員の視線がそこで、気配を消していたヴァルドに向く。


「ああ、お前はそんなことを言っていないさ。我々悪魔は嘘は吐かない。」

ヴァルドは口角を切り裂いたような獰猛な笑みで答えた。


「待て、ヴァルド、おま、お前は悪魔なのか…?」

事態に追いつけないままアルヴェインが王族席から身を乗り出す。


「当たり前だろう。まともな人間が、他人の思考を都合良く誘導する代わりに血を要求するか?」

「だって、前に国家魔術師長が…。それに子供のまじないだって…」


「あの人体実験をまともと評するか? 確か事がバレて大衆に石で殺されたのではなかったか?それに、」


ーー無垢な子供の大量虐殺という願いに対して、子供のまじない程度の血で済むとでも?ーー


「嘘だ!だって、そんなこと、一言も……‼︎」

「言ってはいないが、嘘も吐いてはいない。王族ならばその血の価値くらい分かっているだろうに。何も訊かなかった“お前が悪い”」

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