第十七章:旗
夜、シャーロットが部屋を訪れて、悲鳴を上げた。
「オリヴィア様!どちらへ⁉︎」
魔術で街道を抜け、王都の小さな町に着く。水を辿った情報収集の魔術では、三日前から子供が二人消えていた。
「夜、火がついたような泣き声が……でも、ベッドを見ると寝ていたはずの娘がいなくて……」
泣き腫らした母親の声に、胸が締め付けられる。
「う……」高度医療魔法も一時凌ぎのようだ。物理的な痛みに胸を押さえた。
「…急ごう…。」
濃い霧が町を包む中、オリヴィアは地面に術式を描く。贄を連れ去る者の足跡を浮かび上がらせる追跡魔法だ。微かな光が、崖沿いの古い倉庫へと続く。
扉を開けると、怯える子供たちと、複数のいかにも裏稼業に就いていそうな男たちがいた。
ぎゃんぎゃん喚いている声は、頭を揺らして煩わしい。
「五月蝿いわ。静かにして」
男たちの足元に魔術を走らせる。地面から伸びた黒い鎖が骨を軋ませ、悲鳴を喉から腹に戻す。抵抗が消えると、子供たちを解放した。母親たちの元へ送ると、再会に喜ぶ泣き声が聞こえ、静かに息を吐く。
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翌日、別の村でも事件が起きていた。今度は二人組の男女が犯人だった。倉庫の奥で、子供たちは麻袋に詰められ、魔法陣の中心に置かれていた。
オリヴィアは物陰から魔術を放つ。黒い霧が犯人たちを包み、意識を奪う。昨日と同じように記憶を読み取る術を使い、彼らが大祈祷のために子供を集めていること、その儀式が九日後の夜、城下の古い地下儀式場で行われることを知る。
さらに、地下水路を通れば儀式場に忍び込めるという断片的な映像が脳裏に流れ込んだ。
(……昨日の奴らと同じ情報ね。大祈祷なんてもっともらしい名前を付けて……予言の乙女とやらは知っている筈なのに…この悲劇を止めようとはしないのね)
犯人の額には封印の紋を刻む。二度と人間らしい眠りも安らぎも得られぬ罰――生きながら地獄を歩ませる呪いだ。
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夜更け、病室に戻ると、窓辺にフィンレイがいた。
シャーロットはオリヴィアの細工で眠ったままだ。
(あんなに怒られるとは思わなかったわ…。シャーロットってあんな大声出るのね…。急な失神に備えて超吸水スライムの干物パンツを作っておいて良かった。)
幸い超吸水スライムパンツを使うには至らなかったが、昨夜遅くに戻ったことがバレると、病棟が揺れるのではと思うほど怒られた。
「ずいぶん派手に動いたな。……で、どうする? 子供の消える夜は、これからもっと頻発するぞ」
「止めるわよ。……私しかできないから」
金色の瞳が満足げに細められたが、どこか今までの彼とは違和感があった。
「…?」
「そうだな、それが君の帰還にも繋がるかもしれない。……間に合えばね?」
オリヴィアは答えず、ベッドに潜り込んだ。
“間に合えば”“出来るなら”気にはなるが、悪魔と問答している時間はない。
暴力の悪魔ならまだ話が早いかもしれないが、フィンレイは誘惑の悪魔だ。言葉を弄するのには長けている。
フィンレイはいつものにやけた笑いもなく、真一文字の唇のまま、無言でオリヴィアを見下ろした。
枯れ枝のような両腕に、血が通っているのか疑わしいほど白すぎる顔色。水を溜められそうなほど窪んだ鎖骨。
悲劇に巻き込まれた、たった十五歳の少女。
悪魔は、世界のシナリオに干渉しない。フィンレイの階級ならば尚更。元の大契約をーー国の滅びに影響することも出来ない。
子供の絶望を止める力がない。
「……お前は何がしたい?」
フィンレイの声は、なんだか艶も力もなかった。
「“本当の”家族の元に帰りたい……」
オリヴィアは疲れきった声で素直に答えた。
「矜持なんて捨てたらどうだ。見ず知らずの子供なんて救わなくても良いだろう。効率良く動いたらどうだ。丁度この国には絶望が溢れている。ただその石に集めることだけ集中しろよ」
オリヴィアは力なくふるふると頭を振る。
「私は、母さんたちに誇れないことはしたくない。そんなんじゃ帰ったって皆んなに会えない。…死んだ方がマシよ。」
「相変わらず口の悪いお嬢様だ」
フィンレイはふっと煙のように消えた。
オリヴィアは一層枕に沈み、そのまま深く眠り込んだ。
翌朝、シャーロットはオリヴィアの前で、静かに頭を垂れていた。
最早どうやって立っているのか疑うほどだ。けれどオリヴィアは子供たちを救いに行くと言う。
「王都が特に被害が頻回だと聞いたわ……。直接病室にお願いにいらしたお母様方が、まだ沢山いたのでしょう?」
フィンレイが指摘した通り、派手に動いたことで、子供を拐われた母親を中心に、聖女に子供を助けてくれと願う人たちが集まりすぎてしまった。
オリヴィアは最初の内は面会していたが、業務に支障をきたし始めた病院と、オリヴィアの体調を危惧したシャーロットが途中から面会謝絶としていた。
面会の後、顔色は青褪めて、食事も満足に食べられなかったのに、今のオリヴィアの背筋は伸びて、振る舞いに綻びはない。
シャーロットのその瞳には、仕えなければならない主ではなく、進むべき道を示す“旗”を見る光があった。




