第十二章:敵討ち
晴れることのない日々の中、広大な領地の端では王家の別荘を抱えているにも関わらず、民は飢え、地は痩せているというのに、自身は王宮のように豪奢な館にすんでいる公爵殿。
悪魔に妾の子供を捧げ、道楽代を稼いだ阿呆。
「マイロ……仇を討ってあげる」
館は何故か火の気のない場所から燃え上がり、道楽当主だけが酒に酔って逃げ遅れた。
遺体の損壊が酷く、どのように亡くなったかは想像でしかない。
公爵の金が後ろ暗い組織に流れている詳細が載った新聞が発行され、今までの“投資”が全て泡になることが確定した夜だった。
(……私はちゃんと警告したわ。従者は皆、馬番が可愛がっていた馬まで逃げたのに。当主だけ逃げ遅れたのね。誰もが声を掛け忘れてしまったのか、それとも声を掛けたくもなかったのか……)
森の木に子供を括りつけて贄とし、生きたまま魔獣に食わせることで、魔獣から一定期間は村を襲わせない契約を結んだ村長。
「エイヴァ…痛かったわね。」
(……何が痛みを伴う政策よ。村を救うためよ。魔獣が出てくるようになったのは、あんたが金儲けのために魔力を生む魔道具を大量に埋め、魔獣が住む場所を奪い、森の木を切り、食糧を減らしたせいじゃないの。
しかも魔力を生む魔道具の結果が村に還元されるならまだしも、村長の会社名義で全部個人で抱え込んで!)
村長には若返りや健康の願いがあった。だからオリヴィアは願いを叶える魔術を掛けてやった。
ちょっとした怪我くらいならすぐに治る。
木に括られて魔獣に喰われても、喰われた先から少しずつ治るほどの魔術を。
噂では何故か最近、村長の姿を見ないらしい。
(魔獣が出る森の奥まで探しに来てくれるほど、村民に慕われていると良いわね…)
王太子が脳みそのない頭で仕事を丸投げすることを利用し、国難を手っ取り早く回避するために、予言の乙女の召喚以外にも諸々試していた、王太子お抱えの国家魔術師長殿。
(国難の回避に必要とは思えない、どう考えても自身の権力を願う黒魔術。しかもその代償を子供を生贄にして肩代わりさせている)
王太子がアイラの召喚成功を認め、爵位を授けると発表し、王城から広場を見下ろす形でお披露目されている時に、部下から一斉にその行いを暴露された。
部下たちは何故か全員悪魔を見たかのように怯えながら、国教大教会とあらゆる新聞にその罪を告白したという。
国家魔術師長殿は、広間に集まった民衆からの投石と様々な魔術が身体中に当たり、人の姿と分からない形となった。候補が多すぎて、軍は誰が犯人か見つけることが困難で迷宮入りとなった。
本気で見つける気があったのか疑問が持たれる探し方でもあったが、王太子以外に不満は出なかった。
(ギルバート、もう貴方と同じ目に遭う子はいないわ…)
強欲な連中の願いが叶った瞬間に、地の底へ叩き落とすことで、絶望は多く集まった。だが対象の欲望や悪行の調査と相応しい代償を用意するのに、魔力を使い過ぎた。
「……オリヴィア様」
シャーロットが痩せていくオリヴィアを見て、悲痛な声でオリヴィアの名を呼ぶ。
隣村の者たちも、もう大分良くなったからと遠慮するようになってしまった。自分たちのための大事な食糧をオリヴィアに持たせて帰してくれた。
けれどー。
別の村からの使いが別荘に駆け込んできた。ボロボロの馬車は何とか走るような有り様で、転がり出て来た女は胸にしがみつく幼子を抱え、ひび割れた手で懇願する母親だった。――「どうか、助けてください‼︎」
オリヴィアは迷わなかった。絶望を見つけ、受け止め、癒やして力へ変える。
それが、契約なしで門を通る唯一の道だからだ。
良心だけではない。本物の聖女とは程遠い。
でもー。
熱を出した赤子を抱え、自身も擦り切れたような姿で懇願する母の姿が頭にこびりつく。
(……ごめんなさい。利用して)
オリヴィアは体調のことと黒い羊皮紙の取り組みがあったので、聖女の噂を回して絶望を引き寄せるような真似をしていなかった。
(それでもこうして呼ばれるということは、この国はそんなに追い詰められているのね……。国、というより国民が……。この人たちは何も悪くないのに。)
石に絶望が集まっていくのを感じながら、オリヴィアは自身に言い聞かせる。
(出来る範囲のことをするの。出来ないことを考えたってキリがないもの。――私は善人でも聖女でもないのだから)
ただ、心の奥に棘は残る。救った人々が涙で礼を述べるたび、その言葉は罪悪感として胸へ沈んでいく。
同じように招かれた村は、咳と熱が猛威を振るっていた。オリヴィアは人間界の薬草に“毒の抜け道”を開く微細な術を重ねて作成した、煎じ薬を配る。
「明日の朝、汗が出て、熱は下がり、呼吸は楽になるでしょう。」
医師でもない旅装の娘の断言に、人々は半信半疑だったが、翌朝、汗とともに熱が抜けた子どもたちが次々と立ち上がると、視線は驚愕から感謝へと変わった。
「……ありがとう、聖女様!」
数日後、噂を聞きつけた次の町へ向かう道中、オリヴィアはふらりと視界が白むのを感じ、岩壁に手をついた。
――胸の奥が、軋む。
封印解除の後遺症は波のように寄せては返す。高熱、関節痛、胸の圧迫。本来は引いていてもおかしくない時期だが、オリヴィアは最近、痛みの間隔が狭まっていた。
(大丈夫。立てる、まだ行ける)
そこへ、シャーロットが水を差し出す。
「お願いです、無理はなさいませんように」
彼女の指は震えていた。
驚いてシャーロットを見ると、彼女は子供みたいに涙を流していた。
「私は、あなた様がいつも“誰かのために”動いてくださっていることを知っています。けれど……ご自分を、少しは労わってください」
(違うのよ、シャーロット。これは私のため――帰るため)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、代わりに小さく微笑んだ。
「ありがとう…、そんな顔をさせてごめんなさい。」
次の町は、貴族向けに輸出入事業から、顧客に直接売るための店の経営まで手広く囲い込む、爵位を買った豪商の男爵が仕切っていた。
広場は噴水もあり、豪商の屋敷までの道は、馬車が行き交える幅もあった。
だが一歩踏み込んだ路地には痩せた子が倒れていて、豪商の蔵には膨れた袋があった。
オリヴィアは昼にはいつも通りだったが、町民から聞いた豪商の行いを知って、少しのお節介を仕掛けた。
翌朝、何故か男爵は一晩で白髪となり、悪魔を見たような怯えた顔で、私財を投げ打ち、町民へ食糧を届け、代金を肩代わりした無料診療日を設けた。
あの強欲な豪商が何故、と誰もが首を捻った。そしてこう結論づけた。
「きっと聖女様がいらしたおかげだ!」




