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第十一章:黒い羊皮紙

 「オリヴィア様、もう目が覚めないかと……。」

目を覚ますと、泣きじゃくったシャーロットのくしゃくしゃな顔が目に入った。


 聞けばまた図書室の床で倒れており、発見されてから三日懇々と寝ていたらしい。


恐らく隠し扉から転がり出た際に、勢い良く扉を閉じてしまい、本棚が揺れて本が何冊も落ちた。


音に気づいた例のメイドが、本に埋もれて倒れているオリヴィアを、またしても見つけてくれたそうだ。


「……申し訳ありません。迷惑を掛けました。」


 彼女はオリヴィアの回復を心から喜んでいたが、同時にひどく不安げでもあった。

そんな彼女に言い出すのは少し勇気がいったが、オリヴィアは小さな声で伝えた。


 「……お願いがあります」

 オリヴィアは静かに告げる。


 「体調を戻さなければいけません、少し外を歩きたいの。空気を吸って、村に行って、人々の声を聞きたいわ」


 シャーロットは溢れそうなほど目を見開いた。何か言いたげに口を開くが、すぐに頷いた。

 非常に癪だが、医師に見せても病気ではないという診断であるため、婚約破棄から心に傷を負ったことからの体調不良だと思われているのだろう。


 「……ご用意いたします。ですが、身分は隠したほうがよろしいかと」


 「ええ。王家の別荘地ですものね。私を知っている方がいるかもしれない。『元皇太子の婚約者』と気付かれたくないわ。名乗るつもりもない。ただ……私を、“ただの訪問者”として扱ってもらいたいわ」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 数日後。


 オリヴィアはシャーロットの手配で、控えめな服装に身を包み、念のため別荘の隣村を訪れた。


 海から少し離れた農村。ライルがいる村の隣とあって同様に作物が取れず、病も流行していると聞いた。


 最初に出迎えたのは、骨ばった老婆だった。


 「あんた、誰の使いだい?」


 「誰の使いと言われても…。隣の村にある王家の別荘にいる人から、困っている人の話を聞かせてほしいと言われている人にお願いされて…その…」


 「ああ、貴人様の道楽か。悪いがあんたの話を聞いたところで、腹は膨れねぇよ」


 その通りだ。


 だが、オリヴィアは小さな瓶を取り出す。


 「これは、私の故郷で飲まれている薬草酒です。咳や熱、腹痛などの症状に効くかもしれません」

ライルとその母の症状を元に、近隣の村なら似たような病なのではと当たりを付けて魔術薬を作成しておいた。


 「……胡散臭いね」


 「効かなければ、貴人様に突き出してもらっても構いません。ただ、胡散臭い薬でも必要な方がいる筈です。」


 老婆はしばらく睨みつけていたが、やがてため息をつき、その薬を手に取った。


 「好きにしな。どうせ他に来る人間も、収穫するものもねぇ。」


 その日から、オリヴィアは村の中を巡り、人々の話を聞いた。


 嘆き、怒り、諦め──王国への不信。領主への恨み。医者の来ない苛立ち。


 彼女はそれを静かに受け止め、魔界で学んだ薬草の知識で簡単な療法を施した。


 するとどうだろう。


 馬車で通う内、一週間後には、彼女のもとに列をなす村人の姿があった。


 やがて彼らは、オリヴィアについて、こう囁くようになった。


 「……あんた、ただのお使いじゃないね」

 「いや、神様の遣いかもしれない」

 「聖女様だって、噂になってるぜ」


 オリヴィアは、謙遜はするが否定せず、曖昧な返答を返した。

 (恥ずかしいけれど、そう呼ばれることには意味がある。私をきっと、他の絶望に連れて行ってくれるわ)


 絶望を集めた指輪の石は細やかに煌めいた。

 

 そして──ある夜。

 オリヴィアの机には、あの黒い羊皮紙があった。


 今日は遂に魔界の医療魔術で誤魔化し続けていた反動が来て村へ行けず、シャーロットに部屋に軟禁されていた。

 休んでいたおかげで、少し体力が回復し、ようやくこれを調べられるようになった。


 「真っ黒ね、プレゼントと言っていたけれど……悪魔の贈り物は慎重に扱わないと……」


何か仕掛けがある筈だ。ここは魔界ではないし、フィンレイは悪魔でオリヴィアは人間だ。

うっかり悪魔の誘惑に誘い込まれてはたまらない。


気にはなっていたが、後回しにしていたのはこれが原因だった。


(悪魔の誘惑は仕事だから仕方ないけど、この身体で警戒魔術を展開しながら調査するのは、魔力と体力を使いすぎる……)


「早めに良い結果が出て来ますように…。変な罠じゃありませんように…」


 呪い除けを展開しながら、思い当たる呪文を唱えたり、地下で見つけた呪術用の石や呪具を置いたり翳したりしてみる。

 そして触れるのは怖いが、ゆっくり撫でてみると、絶望を集めた指輪の石が光り、強く反応した。


(ーー何⁉︎)


羊皮紙が風に吹かれたように光と共に空中に舞い、そして白い蝋を垂らすようにどろりと、文字と地図を描いた。


 “強い欲望を抱く者。対象、場所(跳躍はこちら)、業の内容”


これは、悪魔に仕事道具の一つ。誘惑先のリストと跳躍地図を合わせたものだわ……!


それも既に余程の悪事を働いている者に厳選されている。この者たちが何らか特別な目的で悪事を働いたのでなければ、確実に、相応の代償を払わなければいけない契約を結ばされるだろう。


だがーー。

(残念なことに悪魔の数は足りない)

文字を詳しく追えば分かる。これは恐らく悪魔が訪れるより先に、対象の人間の寿命が尽きてしまう。


「こんな悪事を働いておいて、悪魔の課題なしに贅沢が出来るなんて……」

 オリヴィアは、躊躇いなく(跳躍はこちら)の文字の一つに触れた。そして虫の鳴き声も聞こえぬ草原に一人立ち、羊皮紙の白い文字がそこに行けと言うように道筋を示すのを見ると、歪に笑いながら夜空を見上げた。


 「手伝ってあげるわ、フィンレイ……あなたの手が回らない仕事を」


 そして。

 その様子を、遠くの木の上から静かに見下ろす人影があった。


 「本当に自力で魔界に帰るつもりか…。どこまで出来るかねぇ」


 フィンレイは微笑んだ。

 その目は猛禽のように、金色の光を湛えて闇に浮かび上がっていた。

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