第十章:神様のシナリオ
「……ああ、なんか大変そうだから、少し昔話をしようか。この国の王家はこの場所で、“百年の繁栄”と引き換えに“最大の絶望”を差し出す大掛かりな契約を結んだ。最大とは何か?――“未来”だよ。つまり、希望を抱いた子どもを残酷な手段で折ること」
「……‼︎」
「だからこの国には意図的な貧富の差が保たれ、国の繁栄にほとんど影響はないが、ごく一部の地域には必ず天災が落ちる。飢饉、疫病、土砂、乾き。常に“絶望の洪水”を起こし、自動的に贄とするよう仕組まれている」
オリヴィアは顔を上げられず、肩で息をしている。返事がないまま、フィンレイは続ける。
「百年の契約履行のため、魔界門を設置し、魔界から魔力が供給され続けた。王家はここを別荘として管理したが、魔界との繋がりを畏れ、やがて愚かな子孫が後世に伝えることを禁止した。実にバカな話だ。見ないふりをしたところで、契約がなくなる訳じゃない。」
やっと身体が少し起こせるようになった。胃の中が渦巻いている気がするが、魔界の医療魔術で黙らせた。
(封印解除の副作用は、自然な体調不良じゃないから、この術では、いずれ反動が来るけれど、今は治まるまで待っていられないわ。)
「ノクティレアの屋敷には、この国の子供が多かっただろう?」
まさにオリヴィアが気になっていたことだった。
「契約は末期だ。百年の繁栄と引き換えに、今は滅びの側に傾いている。空は晴れず、作物は育たず、人々は病に罹り、未来を担う子供たちは減り続ける。それが、悪魔へ願いを立て続けた国の末路さ」
オリヴィアは唇を噛んだ。何の罪もなく殺された弟妹の、殺された夜が怖いと言い、それでもその原因である親の名を呼びながら泣いている瞳が、闇の底からこちらを見ている。
(許せない……。許せない!許せない‼︎)
「っぷぐ、子供たちは、何も悪くないじゃない!」
「俺に言われたって困るよ。国が滅ぶってことは国民が滅ぶってことだろう?そういう契約なんだから仕方ない。
大体こういう大きな契約はもっと上の連中がーー、それこそ神だの天使だのも巻き込んでいることなんだろうさ。
悪魔は課題を与えるだけだよ。世界のシナリオを書くのはあっちだ。」
オリヴィアの喉が鳴らした変な音を揶揄うこともなく、フィンレイは淡々と答えた。
「ハッ、最低なシナリオね……。作家をクビにした方がっ、良いわ……。」
「君は悪魔と契約せずに門を通ろうとしている。この大門を開けるなら、大量の絶望を受け取るだろう。……出来るならね?」
「……わかってるわ」
フィンレイはまた整った口唇の端を曲げて、にやりと笑った。
「この国の不幸はあちこちにあるものだ。これも何かの縁だからね、ちょっとプレゼントをあげるよ。
君の弟妹、兄姉たちをーー、“子どもを贄に捧げた連中を”――そこから“やってしまえよ”。」
そう言ってフィンレイは霧のように消えた。
残ったのは魔術用の上等な黒い羊皮紙。熱と鼓動、それと決意だけ。
オリヴィアは壁際に腰を下ろし、額を押さえた。胸の圧迫が強まる。指先が痺れる。
(大丈夫――行ける)
屋敷の外で、夜風が海霧を攫っていくのが分かる。悪魔と契約しておきながら、水の加護を得るための工夫もしてあるのだろう。水の祝福の言葉を唱えると段々と気分がマシになっていった。
(くそ、最低…。最低最低最低!これだから人間は嫌い!)
フィンレイは兄姉についても言及した。
オリヴィアに懐いてくれる弟妹のように、兄姉たちはオリヴィアを妹として可愛がってくれた。
まだ魔界に来たばかりの頃のオリヴィアは、毎夜一日分の悪夢に魘され、魔界では存在しない肉体の傷に怯え、狂ったように泣きながら起きていた。
そんなオリヴィアを、引っ掻かれたり、洟水が付いたすることも厭わず、抱きしめ頭を撫でてくれていた。
兄姉たちからは、あまり魔界に堕とされた時の話を聞いたことがない。怖がらせないようにという配慮であり、思い出したくないということだろう。
だが、フィンレイのあの口振り。兄姉も弟妹も、もしかするとオリヴィア自身も、この国の出身者は、王家と悪魔の契約による滅びの道筋の一欠片なのだ。
(どうして……、何が、何がそういう契約よ!)
気持ちの整理はつかないが、時間がないので水の魔術で石床を掃除する。何に使ったのか分かりすぎる排水溝と傾斜の付いた床が、液体の掃除に適している。
目から勝手に落ちていく液体もよく流れる。
(神様のシナリオなんて知らない!そんなもの、私が書き直してやるわ‼︎)
「ぅぐううぅ……‼︎」
反動がやって来た。酷い目眩だ。頭が割れる。
(待って、まだ持って……!)
この身体でどこまで出来るか分からないけれど、いいえ、出来るところまで……!
やらぬより少しでもやる方がいいに決まっているわ!やってやる!必ず帰る!
(悪魔は自分がしたいように生きる者!私は悪魔の娘なのだから!同じように生きてやる!)




