世界を壊す音
小さい頃、私は万能だった。日々できる事が増えていく。昨日できなかった事も今日できる。今日できない事は明日には出来る。そうして日々出来ることが増えていく。新しい言葉を知る。新しい場所へ行く。新しい物を手に入れて、新しい友達を得る。いつからか世界は私の思い通りだと思っていた。
世界は全く私の思い通りじゃ無かった。友達の引っ越しは寂しかった。神社にいつも居たお姉ちゃんはいつからか居なくなった。父は仕事で家に居る時間が減った。
私は母が好きだった。父が嫌いだった。転んで痛い日も濡れて寒い日も母はいつも居てくれた。運動会も発表会も父は私を見に来てくれなかった。
ある時、帰ってきた父は一言「明日はお前に私の仕事を見せてやろう」とだけ言った。ああ、なんて自分勝手な人か、やっぱり嫌いだ。
でも、嫌とは言えなかった。私や母を放って打ち込む仕事なんてどんな内容なのか、どうしようもなく詰まらない物なら酷く罵ってやろうと思ってついて行ったのだ。いや、当時の私はそこまでの語彙は持たなかったかもしれないが、ともかくそんな気分だった。
人生が変わった日かもしれない。そこはなんという名前だったか、ともかく超能力に関する研究をしていたのだが、たくさんの子供がいた。
伏せたカードの裏を当てたり、物を触れずに動かしたり、程度は違えど、そう言った類の能力を持った子供たちが沢山いたのだ。
「ちょっとだけコレを被ってご覧」
そう言って差し出されたのは、不恰好な棘が沢山ついたヘルメットみたいなものだ。
「主任、コレを見てください。この子...」
ヘルメットを被るなり、父は画面に釘付けだった。面白く無い私は不満を漏らしたが、ともかく周りの大人に取りなされて、お菓子やジュースを貰って...どうしたんだっけ?
記憶があるのはベッド。普通に自宅のベッドだ。私は何でも出来る様になった。いや、何でもって言うのは違うかも。お父さんは帰ってこない。変な大人が私を見てる。
でも、雲を動かして日を遮ったり、少しだけ宙に浮いたり。壁の向こうが見えたり、遠くの音が聞こえたり。楽しくなった私は色々試してみた。こぼしたコップの飲み物を戻せた。道端で潰れていたカエルを生き返らせた。凄く楽しくて友達に話してみたけど信じてはくれなかった。信じてって念じたけどダメだった。能力には限界があるみたい。
そこからは何が出来て何が出来ないかコッソリ確かめる日が始まった。
人の思考を読む。失敗。
物を思い通りに動かす。距離が離れると失敗
生き物を生き返らせる。魚はできた。虫も行ける。でも、生きてた頃と姿が違いすぎると無理みたい
人を動かす。やっぱり無理
温度を変える。水を冷たくしたり暖かくしたりは出来たけど凍ったり沸騰したりはしなかった。
擦りむいた傷を治す。これは出来た。
色々出来る様になって、私は浮かれすぎていた。そんな人間がどう見えるのか考えた事もなかった。いや、小さい子にそこまでの想像力を求めるのも酷かもしれない。
ある日、ちょっと気になってた男の子がペットの小鳥が死んじゃったって泣きながら学校に来た。
そんな様子を見て私は口を開く
「ねえ、その小鳥だけどさ」
辞めて。言っちゃダメ。やっちゃダメ!
「...私が生き返らせてあげようか」
鳥で試した事は無かった。だからこそ、出来るか気になってしまった。
「バカ言うなよ、死んだものが生き返る筈ないだろ!人が悲しんでる時に冗談言うなんて酷いぞ!」
「そうよ、 君が悲しんでるの分からないの!?」
「今のはダメよ。励ましたいのは分かるけど言っちゃダメな事もあるの」
口々に私は否定された。悔しかった。
「うるさい!」「私なら出来るもん!」
そうして私は彼から小鳥を強引に奪い取った。
手で包み、生き返れ生き返れと小声で呟く。鳥の鳴き声をイメージしながら念じれば、手の中で身じろぎする様子を感じたので手を開けば、一羽の鳥が飛び出す。それは男の子の肩にとまり、ピヨピヨと鳴いた。
成功だ。これで誰もが認めてくれる。褒めてくれる。
その筈だったが、ただ羽音と共に誰も喋らずシンと静まり返った。
「...魔女だ」
誰の呟きだったか誰かが言った。ワアッと湧き上がったのは歓声ではなく、みなが逃げ出した。
ただ、その中で男の子だけは肩に乗ったものが信じられない様に固まっていた。
私は彼のために力を使ったのだ。小鳥が死んで悲しんでいた彼だ、生き返らせた私に感謝してくれているだろう。
「ねえ...」
そう言って一歩踏み出した私に咄嗟に一歩後ずさった。「ねえってば、何か言うことあるんじゃない?」
私は足を早めて彼の肩を掴んだ。
辞めて...見たくない...
「...触るな、化け物!」
だが、彼は私の手を振り払うと小鳥も投げ、振り返りもせず全力で逃げた。
「あああああああああああああ!!!」
手当たり次第に物を殴れば面白い様に潰れる。蹴飛ばしたロッカーが教室の扉を破って廊下に飛び出し鈍い音を立てる。
私の身体は私が望んだ分だけの力をくれる。だが、私の望んだ結果も言葉も満足もくれない。ただ悔しくて、言葉にできないだけの悲しみで私は気が晴れるまで暴れてやろうと。
その時、いつも私を見ていた大人たちが近づいてくるのが見えた。
「近づかないで!」
ただ拒絶の意思を持って突き飛ばすイメージをすればトラックに跳ねられた様に人が吹き飛ぶ。
「コードレッド!コードレッド!暴走確認!」
辞めて!!!それ以上続けたら、それ以上暴れたら
「子供を傷付けずに捕獲しろ!重要な被験体だ!」
それでも私を抑えようと手によく分からない棒や紐を投げてくるので、とにかく手近にある物を投げつけた。よく見もせずに。
「コードブラック!マリアダウン。繰り返す、マリアダウン。HQ、対応求む!」
ああ...ああああ
校舎を半壊させて暴れ回った私は周りに人が居なくなった事に気付く。血が広がって何人か倒れてるのが見えたが関係無い。ただみんな嫌いだった。
そう思っていた私は血の気が引いて一気に冷静になった。
見覚えのあるスカート。いつも私を受け容れてくれる膝。
邪魔な瓦礫を投げ飛ばす。身の丈以上の鉄筋コンクリートだろうと私にはスポンジと変わりなかった。ただ下にいる母の姿を認めた瞬間、溢れていた力も抜け膝から崩れ落ちる。
胸が完全に潰れて、口からは血が流れている。即死なのは間違いない。何故ここにいる。なぜ死んでいる。
だが、思い出した。今日は授業参観の日だったのだ。
いつもの様に来ない父の代わりにいつもの様に母は来ていた。
母の身体を抱く。私は力の制限なんて気にも留めなかった。ただ腕の中にある失われた命が戻る様に全力で、文字通り全霊で祈る。
母の存在を、母の魂を探す。世界が示す母の死を拒絶する。私は、私は、私は、私は。
探す。この星にない。なら星の外を見る。探す。この銀河にない。ならこの宇宙を見る。探す。この世界に無い。なら世界に壁を越える。薄膜の様な感触の向こうに懐かしい気配を感じる。見つけた。
全力で手を伸ばす。
ヘリの音がする。
背後から聞き覚えのある足音が走ってくるが、関係無い。
世界そのものを軋ませ、空間さえ穿ち、失われる母を邪魔する全てを否定して掴み上げる。
咳き込む音と同時に血の塊を吐いた母を確認し、拾えてしまった事を認識し、私は意識を手放す。
今日この日世界は変わった。
霧の中、階段を登っていた。いや、そう自覚した時点で私の身体が今の私の意識で動かせる事に気がついた。前も後ろも分からない。だが、身体が縮んでいるし、こんな事が前にもあった気がする。
シャンシャンという軽い鈴の音に誘われ、私は階段を登る事にした。
鳥居を潜ると、見覚えのある境内に見覚えのない...いや、懐かしい顔があった。
「思い出したかえ?」
「思い出したよ、お姉さん」
ここは小さい頃の私が好きだった近くの神社だ。




