クラス:ランサー
目の前のワルキューレの威圧感もさることながら、周囲に展開し、表情は読めないが油断なく(油断という概念があるか疑問だが)周囲を、そしてエリニュス達を警戒しているのを見るに、状況は詰みと言って良かった。
解析完了。対象のクラスはランサー。詳細不明、攻撃方法も不明です。現在対応策を検討中です。
(まあ、だよね)と言うレベルの感想だった。前のセイバーとも違う圧倒的な威圧感。ワルキューレという存在の本気と理不尽さ、それを改めて思い知る。
周囲から向けられる無数の砲口。武力的解決は現実的ではないが、穏便な策があるだろうか?
「えっと、私に出来ることはある?」
「同行」
当然だが、他に一切の余地はないという様に即答される。
「他にやるべきことがあって、今一緒に行く事は難しいんだけど」
「拒否権はない。同行を願う」
セイバーの時は彼女が積極的だったし、戦う理由を作ったのも向こうだった。だが、今回も状況的には同じだろう。ならば従うのが穏便だろうか?戦う理由が無いなら無理に事を荒立てる必要もない。そう思ってさえいた。
だが
「解析完了。処分します」
ランサーが口を開く。突然の宣告に何のことか検討もつかない...筈だった。
ドサッ...
背後で崩れ落ちる音がする。
「どうして...」
「その個体は不自然にクラッキングされてる。ワルキューレに欠陥品は不要」
当然の事とばかりに帰ってくる返答。
どうして。どうして放っておいてくれないのか。何故戦う理由が出来てしまうのか。
エリニュス、システムの穿孔を止められません。イオナのバイタルが急激に低下しています。
「分かってる!どうすれば良い?」
「警告します。余計な事はせず武装解除に従って下さい」
演算完了。彼女を救いたければ、対立を意味しますが覚悟の上ならば...エリニュス、銀の糸で彼女を動かす他ありません。
私が持つ彼女への絶対命令権。彼女を人形のような扱いをする事に抵抗を感じないわけが無い。だが、今は他に手はないのは明らかだ。
左手に盾を呼び出し、構える。
「...服従せよ、『銀の糸』」
発動するは、改変した術式と異なる元の術式。故に命ずる。
「イオナ、生きなさい!」
パチパチと周囲に火の粉が舞う。
明確な敵対行動に、間髪入れず周囲を囲う砲口が煌めく。光の弾道が迫り、世界は時間を引き延ばしたかの様に感じられた。
明らかに盾での防御範囲を超えている。私かイオナか?考えていると、迫り来る殺意を薙ぎ払うかの様に焔が走った。爆発的なそれは攻撃を見事に全て焼き払ってしまった。盾を構える用意をしていた私は呆気に取られる。
「...え?」
だが、攻撃を防いだだけで危機は去っていない。全身から炎を吹き出して、爆発的な熱量を撒き散らしながら、弾かれる様に飛び出し、包囲しているワルキューレの1人の首を掴み、頭部を爆ぜさせる。力無く堕ちる仲間に目もくれず、近くにいた数機が手に剣を握り殺到する。イオナは空中で身を縮こめ火球の様に炎を纏うが、ワルキューレたちは物ともせず剣を突き立てようと突貫する。だが、剣が届くより僅かに早く、火球は急激に膨張し、私の側には全身に大火傷を負っているワルキューレが叩きつけられた。炭化した身体で尚、私に照準を定めようとする彼女の頭を盾で潰してとどめを刺す。
信じられない大立ち回りをするイオナに、しかし彼女を1人で戦わせる訳にも行かず、ひとまず援護しようと近づく。近づこうとする他のワルキューレを焼き払う爆炎も、射撃を回避する高速機動も、あのような勢いで行使していては直ぐに枯渇してしまう。
私に向けられる散発的な攻撃は全て盾で防ぎつつ、応射し、盾で殴りつけ、掴んで投げ飛ばしながらイオナに近づく。途中、私を掠めた炎も私なら耐えられた。
そのまま包囲を抜けたところで彼女と目が合った。いや、正確にはイオナに理性の兆しは見られなかった。ただ顔までもが燃えていて、炎の仮面を被っていると表現すれば良いか、それが動物的な反応でただ近づいてきた敵を見る様な気配だった。だが、その違和感に私は一拍反応が出来なかった。一瞬で、爆発で自身を吹き飛ばす様な乱暴な加速で私に肉薄し、盾を持つ左腕と首を掴まれ、無防備な身体を晒される。彼女の身体を包む炎が膨れ上がり、私を焼く。非常に熱いし、酸欠の様な苦しさも感じる。が、私の防御は抜けない様だ。
(イオナが生き返ったのは良い。でもどうしてこんな事に?)
解析しましたが、彼女の魔法で原因となるワルキューレシステムを焼却して中途半端になっている様です。命令は届いていますが、銀の糸は焼き切られました。
私が燃え尽きないのに痺れを切らし、肩口に噛み付く。防御を抜けなかった炎とは違い、温かい血の流れ出る感触があって、咄嗟に思考を戻す。傷口の焼灼はされず、痛みも相当だ。慌てて振り払おうとするが膂力で勝てず抑え込まれる。力負けするとは思っていなかったが、とりあえず彼女をガッシリと掴みかえし、脳天から墜落する様に地面へ向けて飛行する事にした。床を砕き、めり込みながら、拘束が緩んだ瞬間に彼女を蹴り飛ばす。想定外の反撃か一瞬呆然と浮かんだ彼女に焔の一部を掻き消しながら槍が飛翔するのを見るや否や、咄嗟にイオナを庇う様に手にしていた盾を軌道に割り込む様に投げた。
確実に軌道へ割って入った筈だった。だが、あるべき手応えはなく、ザシュッと槍の刺さる音が聞こえる。槍はイオナの右眼を正確に射抜き、即死の攻撃なのは明らかだった。
(何故。盾を貫いてイオナに命中する筈が)
だが、感情の去来する前に、イオナの身体は自ら噴出する炎に焼かれるように燃え上がり、隣に火柱が登ると、中に人影が現れる。イオナの身体が完全に焼き尽くされた後、先の人影がイオナと全く瓜二つな外見をしている事に気付く。
シャンッと鈴のなる様な軽い音と共に、身体から吹き出していた炎は頭の上に動物の耳と複数の尻尾を形作る。9本の尾が造られたのち、1本が抜け落ちる様にして虚空に消える。
「っはぁ...はぁ...なんだ?何が起きてる?あたしは死んだ筈じゃ...?」
イオナは自分の手を見下ろしながら荒い息を吐く。
そして身体から火の粉が出ている事に気がつき
「うわぁ!?どっか燃えてる?なんだ!?」
身体を払いながら身を捩り、自身の背後で揺れる8本の炎の尾を見つける。
「なんだこれぇ!?エリニュス!どこだ?なんか身体がおかしいんだが!」
とても先程までの状態とは似ても似つかない様子だ。というより、彼女はこの部屋に撒き散らされた炎越しに私を認識できなくなっているらしい。ワルキューレシステムを壊したのは間違いなさそうだと、部屋に残存している初めから大きく数を減らした20余りのワルキューレ達と、一つの強い適性反応。そしてイオナの様子を見ながら確信する。
「あれ?翼がない!飛べなくなってる!?」
そんな声が聞こえて来るが、彼女の動揺が収まるのを待つ時間はない。彼女に迫る反応を見ながら、全力で残りのワルキューレと叩き落とす。
どう言うわけかランサーはあまり活発ではない。それが僥倖でもあり、奇妙であった。
イオナの前に転がり込みながら、迫る光弾を盾で防ぐ。そのまま応射するが、流石に警戒されていて当たらない。白兵戦を選んだ機体が突貫して来る。
「イオナ!早く自分の身を守りなさい!」
剣を盾で防ぎながらもう一人の攻撃を上体を逸らして回避し、盾を消して腕を掴みながらさらに別のワルキューレへぶつける様に投げ飛ばす。
「エリニュス!武装が全然使えねえ!でも代わりがある!ちょっと伏せろ!」
言葉通り身を屈めると、頭上を過ぎる炎の柱が先に投げつけ、揉みくちゃだったワルキューレを灼いた。
だが、縦横無尽に飛び回り、彼女へ向けた射撃を防ぎながら立ち回っていたが、ほんの一撃、防ぎ損ねた光弾はイオナに迫り、焼くのも間に合わず、彼女の胸部を貫いた。倒れる彼女の身体は倒れ切る前に蜃気楼の様に揺れ始め、隣に無傷の彼女が現れる。同時に、尻尾が一本消えていく。
「っは...はぁ...はぁ...あれ?やっぱり生きてる。おい、エリニュス!私死なないぞ!」
だが、気づいていないのか、ただ死んだはずの自分が無傷であることを無邪気に喜んでいる。
応射とばかりに火柱を乱射し、私が最後の一人を盾で殴り飛ばしたことで、遂にランサーを除いて殲滅は完了した。
「イオナ、復活回数は有限かもしれない。無駄に死なないように」
そう声を掛けながら油断なく最後に残っているはずのランサーの姿を探す。だが、部屋のどこにも反応が見当たらなかった。脅威は去ったかと盾を消した瞬間、ドシュッという音と共に背後から押される様な感覚と、胸に熱い感触を覚えた。見下ろせば胸を貫く様に穂先が飛び出している。




