日出づるところの國
透き通った青い空、遠くに見える純白の入道雲。
蝉の鳴き声の合いそうな緑豊かな山の中、私は鳥居の前にいた。
境内には巫女服を着た綺麗な女性が立っている。
ここは何処だろう?
「お待ちしておりました。ーー様がお待ちですので、どうぞ御本殿へご案内いたします」
広い境内の中、決して大きくはないが良く通る声で告げられる。
「あの!ここは何処ですか?」
背中に向けて声を張るが、応じる様子はなく、しずしずと歩みを進めてしまう。何処か分からない場所で置いて行かれては堪らないと慌てて追いかけようとすると、足がもつれて転んでしまう。
身体に力が入らないような違和感を覚えて見下ろせば、何故か手足が短い。
いや、鏡が無いから確認出来ないが、多分身体が幼くなっている。ワルキューレの装備も無く、ただ小学生くらいの身体が有るだけだった。
どうしてか、考えている暇も無い。あまりに気配が希薄で意識から外せば見失ってしまいそうだが、あの巫女を追わねば戻る方法さえ分からないのだ。
追って扉を潜れば、建物の中はとても薄暗かった。
目が慣れてくれば、床に誰かが横たわっている影だけが辛うじて見える。思えば、闇を見通すことができない感覚は随分久しく思われた。
もっと近づいて確かめようと思った時、中空に青白い炎が現れた。
突然の事に驚いて飛び退こうとしたら、またも足をもつれさせ、尻餅をついてしまった。そういえば身体が縮んでしまったのを忘れていた。
薄暗い空間に突然現れた光源に、周囲は薄く照らされる。倒れていた人影はイオナの物だった。
近くにいた為に引き込んでしまったのだろうか?何故か彼女もワルキューレでは無いが他は見覚えのあるままだった。
だが、安心したのも束の間、彼女のそばの狐に気がつく。
それはじっと私を見つめ、フイッと顔を背けた。そのまま闇へ溶け込むように歩み去ると、見通せない闇の奥から声が聞こえる。
...もっと思いだしてから出直して参れ。此度は土産の下賜を以て終いとする。
あまりに勝手な物言いだが、有無を言わせぬ圧を感じる。どころか、畏怖さえ感じさせる存在感があったが、それも炎と共に直ぐに消えてしまった。
再び闇の帷の落ちた部屋の中、目を凝らしても一切視界が効かない。何か見えないかと数回目を瞬く
『...リニュス!大丈夫ですか!?』
「...おい!エリニュス!?」
突然に押し寄せる黒い稲妻を押し返すように力を込めた。一度押されかけた状況も、槍を伝う稲妻は次第に青白く塗り潰されていき、ついに完全に白く染まる。
「危なかった。槍は掌握できたってことで良いのかな?で、これを盾にするってどうやるの?」
自分の体の一部のように感じるが、それでもコレは槍であって盾では無い。
『焦りました。概念侵食は場合によっては自我を失うリスクの伴う行為ですから。今、そのマテリアルは完全に貴方の掌握下にあります。構造を固定する意識さえ外せば、好きなように動かせるはずです』
言われるまま、(盾になれー)と念じてみるが、槍はうんともすんとも言わない。
困った顔でアルターエゴの入っているスーツを見上げれば、妙に人間臭い動きで肩を竦める動作をする。
「なあ、エリニュス。槍の形してるのがダメなんじゃねえか?一回鋳造するようなイメージとかさ」
そうイオナは提言してくれた。一度槍を溶かすイメージをする。炉に入れ、熱し、真っ赤でドロドロな金属に融解する。
握っていた槍は次第に水銀の様な流体へと変わる。
『エリニュス。盾のイメージです』
目を瞑って、私が最初にイメージした盾を考える。あの時、彼女を護りたかった盾を。護れなかった盾を。
もうこれからは違う。なら、同じ盾じゃダメだ。
再び目を開けた時、より洗練された十字の盾が手の中にあった。
クラス:シールダー 適合確認
クラススキル発動。
手に握られた盾を見て、イオナはピュゥウっと口笛を吹く
「剣や槍なんかより、よっぽど様になるじゃねえか。」
『拘束手段及び攻撃手段、すべて有効打なし。また、ワルキューレの到達まで間も無く。ここで決着をつけましょう』
広場にあった山程の兵器群は山の様なスクラップに成り変わった。スーツも軒並み損傷し、目の前の本体?が入った物しか立っている機体は無い。
彼我を遮るものが無くなり、目がないはずの相手にしかし此方を伺う様な、睨めつける様な視線を感じた。全身の毛が逆立つ様な感覚を感じる。だが、此方の変化を感じたのか、今まで盲目的に向かってきていた肉塊は浮遊したまま静止している。
「攻撃プランは?」
「そりゃ、先手必勝だろうがよ」
言うや否やイオナの放った光弾は命中直前に弾かれた。
それを皮切りに、戦闘が始まる。スクラップの山から大小様々な瓦礫が浮き上がり散弾のように迫る。イオナは大きく攻撃域から外れる様に飛び上がる一方、私は弾かれた様にアレに向かって駆け出した。
最小限の回避動作と、命中コースの瓦礫を盾で跳ね除けながら、雨の様な、しかし猛スピードで放たれる鉄塊の散弾をすり抜ける様に駆け抜ける。
小さな、と言っても人間なら四肢に当たれば捥げるような、幾つかの破片は、相手の支配下にある物体だからか、想定外に私の身体に傷をつけて行く。だが、盾には傷一つ付かないのを確認して、更に足を速める。
地面の金属タイルが赤熱し、何条もの電撃が私を打ち据えるが、飛びながら飛来する電撃を盾で受ける。
その能力はすでに確認させてもらった。
「エリニュス!突っ込みすぎだ!死ぬ気か!」
回避しながら、私がむしろ突撃している事に気付き、叫ぶ。
「そいつに攻撃は効かない!全部弾かれちまう!」
いいや、それは違う。私の仮説が正しければ、アレは無敵の能力なんかじゃない。
正気とは思えませんが、それは確かに作戦立案の根幹概念です。
ディスプレイの中でアルターエゴも賛同してくれている。あいつが使ってる能力、あの力場は恐らく科学における電磁力だ。馬鹿馬鹿しい程の極大解釈と魔法の域とも呼べるご都合設定の合わせ技。
金属どころか通常は非磁性体とされるものさえ動かす馬鹿げた出力の。だが、唯一と言って良い魔法の原則!魔法は魔法でしか打ち消せない!
肉薄して、振り回した盾で殴りつける。周囲に展開した人型が肉の盾となって本体へ届かない。だが、衝撃で潰れたトマトの様に弾け、ぽっかりと空いた穴から奥に本体が露出する。
盾を振り戻すより、その場で一度収納する。空手になった拳を握りしめ、一撃を叩き込む。
確かに命中した。ワルキューレの膂力で全力で殴りつけたのだ。戦車の正面装甲だって凹むほどの筈だ。だが、タイヤを殴りつけた様な手応えの薄さで、ただ肉塊を初めて押し返しただけだった。
手応えのなさに、慌てて盾を再召喚し、殴りつける。
だが、大振りな攻撃は殴りつける様に飛来した鉄塊に弾かれる。
「そんな...」
思わず口をついた。アレの能力さえ攻略すれば。つまり私の防御力で持ってアレの魔法を跳ね除けたなら、中身を叩ける筈だった。
ワルキューレ、大規模魔術展開。残り時間僅かです、エリニュス。
僅かに後ずさった肉塊は再度静止し、開けた穴は閉じた後、人型が伸びて盾に取りつこうとする。
慌てて飛び退く。
山の様なスクラップが飛び交い、致命的な攻撃だけを盾で防ぎながら躱す。回避に専念しているイオナも傷が増えてきた。
「エリニュス!もう、ここは離脱しよう!ここに残る必要も無いし、相手してやる義理もねえ!」
私が逃げようといえば、イオナはすぐに従うだろう。姉妹の仇も食料の調達も、何もかもが未完だが死ぬよりずっと良い。だが、
緊急警告。急いで肉塊から遠ざかっ
何が起きたのか、気がついたときには肉塊の上に直径20メートルほどのトンネルの様な空間が開いていた。一拍遅れて槍が凄まじい速度で肉塊を、貫き床に射止め、続け様に数十機のワルキューレが一斉に飛び込んで来て肉塊を囲う。
肉塊の上にあった大きな光輪はいつの間にか消失しており、周囲の人型が力を失い、中心のすらっとした姿体となった肉塊が胸部を射抜かれた状態で露出していた。
半端に仰向け状態で槍に支えられる様なソレの上に、一際大きな翼を、何より目を引く漆黒の鎧を纏うワルキューレが静かに降り立つ。
重力を思い出した様に飛び交っていたスクラップは落下して大きな音を立て、目標が静止したのを確認した彼女は肉塊から静かに槍を引き抜くと、肉塊は力無く地に臥せた。
血振りをする様に槍を振り、表情のない顔でこちらを見る。
「こんな場所で会うとは思わなかった。シールダー、ご同行願おう」
起伏のない声で、しかし有無を言わせぬ響きだ。
「おいエリニュス、こいつもお前にご執心らしいぞ。一体どうなってやがんだクソッ...」
慎重に、エリニュスの元へ戻ってきたイオナの愚痴は、逃げられない予感からくる諦めでもあった。




