ハイヴ侵攻
おそらく戦闘員でない職員なのだろう。
制服姿で腰につけたホルスターから拳銃を引き抜いて必死に発砲してくるが、命中精度が低いどころか慌てて取り落とす姿さえある。
そんな彼らに対して一方的に、無慈悲に攻撃を叩き込む。全く無意味な抵抗を蹂躙していると、通路の先からきちんとした装備を来た兵士たちがようやくやってくる。だが、彼らの弾丸さえ私にはあまり意味が無いらしい。体表で弾かれ跳弾した弾丸が背後で爆ぜる音が聞こえる。
「はっ!奇襲攻撃は成功ってとこか。だが、流石に対応が早いな。とっとと行くぞ!」
飛行するには少々狭い構造に、私たちは通路の先へ向かって駆け出した。
『C2路を侵攻中。通路を封鎖します』
しばらく駆け抜け、駆け降りた先で通路の先が隔壁で遮断される。立て続けに落とされるそれは、そこに人がいようとお構いなしだ。ついに進路を完全に塞がれ、引き返そうとするが振り返る間に同じく塞がれていた。
「ちっ、小賢しい真似しやがる。この程度の壁直ぐに...」
頑丈な鋼鉄の隔壁も、ワルキューレの攻撃の前には破られる...筈だった。
『区画封鎖完了。注水を開始します』
突然、床から壁から天井から、一気に始まった注水に咄嗟に壁を撃ち抜こうとするが間に合わなかった。
「なっ!?どうなって....」
「撃たないで!」
あっという間に身体ごと覆う様な水に、相手がワルキューレに対する対策をしていた事を悟る。
水で満たされた空間にもはや空気はなく、呼吸が出来なく...
ご心配なく。貴方は窒息程度では死にませんので。
(いや、仮に私が大丈夫でもイオナは?)
彼女は必死に壁や天井を探るが、当然呼吸穴なんてあるはずも無く、動く程に窒息して行く。
エリニュスも最大出力で隔壁を殴りつけるが、不安定な水中では表面に多少の凹みをつける程度で効果は薄い。武装が使えればこの程度の壁は容易く破れるだろうに、水のせいで威力減衰どころかかえって自爆になりかねない状況に陥れられるとは。威力を絞りトーチの様にしようとも隔壁を溶断するには及ばず、詠唱もできないとなれば、あと使えるものは...
考え込む間にもイオナは限界に近づいている。だが、預けた刀で壁を斬りつけようと、その程度で破れるものでは無い。
いや、熱がダメなら凍らせたなら?
(ねえ、貴方の再現できる術式に周囲を凍らせる様なものってある?)
詠唱を必要としない方法を私は知っているはずだ。ワルキューレの武装と同じ様に扱えるものを。
思案。残念ですが、周囲の剛性により、凍結を用いる方法は現実的ではありません。
だが、そんな希望も打ち砕かれる。
提案。壁面のケーブルにアクセスしてみてください。
そんな中、突然の提案に万策尽きた私は直ぐに従い、刀傷の入った壁のパネルや配管を引き剥がし、ケーブルを露出させた。でもたとえこんな穴があったとして当然呼吸や通ることの出来るほどの物ではないが、一体どうやって...
すると突然、イオナに接続した時と同じ様に髪が勝手に動き、ケーブルに巻き付く。
しばらく離れます。信じて。
引き留める間もなく、何かがフッと抜け落ちた感覚と共に、バイザー内に表示されていたパラメータ群の殆どが消える。
まさか遠隔でこの罠を解除するとでも?こんなお誂え向きな罠のケーブルがメインシステムと繋がってるなんてそんな...
しかし、そのまさかだった。部屋から急速に水が抜けて行く。
『侵入者は現在D4ブロックにて隔離シー...エリニュス、施設のシステムを一時的に掌握しましたが、時間の問題です。後で合流するので急いで』
隔壁が上がって行くが、途中で照明が赤く切り替わり、中途半端な位置で止まってしまう。
だが、活路は開けた。あの声は間違いない。
グッタリしているイオナの胸を強く一度叩き、水を強制排出させる。まだ朦朧とする彼女の手をそのまま引いて走り出した。
『その先を右です。そうしたら一番奥の....不正なプログラムを検知しました。システムをシャットダウンします』
嫌な予感がして壁ごと貫いてケーブルを握るが、あの感覚が、彼女が戻ってくる気配がない。
まるで最適解を踏み続けるが如く、やり方が狡猾で的確だ。
諦めて、最後の指示通りに施設を駆け抜ける。
ようやく意識がはっきりし出したイオナが言う。
「...あっ、エリニュス...すまない。ここからは自分で走れる」
最後の通路を駆け抜けると、壁に大きな穴が、いや切り口が開いていた。間違いない。この先なんだ。
扉を開け放ち、中へ転がり込む。
そこで見たものは、とても言葉に言い表せる物ではなかった。
割れたガラス一枚の向こうに、形容し難い肉塊の様なものが佇んでいる。まるで人を人形の様にパーツごとにバラしてツギハギして作った様な、しかし乳房の様な丸みを帯びて母性さえ感じさせる悍ましい造形だ。だが、奇妙なことにさらに首の無い胎児の様な形をしていて、近くには開け放たれた複数のカプセルやケーブル類だけが繋がっていた。
思わず言葉を失うエリニュス。こんなものを作ることが計画だなんて言える奴がいるなら、それは悪魔に違いない。
姉達は生贄にされたと、それしか言わなかったイオナ。確かに、こんな姿になっていれば死んだも同然だろう。なら、殺し切る事が私たちにできる事、私たちの来た理由だ。
「嘘だ...どうして。間違いなくここだ。間違いなくこれだ」
だが、肉塊に照準を定めながらも、イオナの様子はおかしい。
「...どうしたの?」
「おかしいんだ。私の知っている限り、アレは一度斬り刻まれた。だが、これがその程度で死ぬなんて思ってなかった。だから、再生ならまだ良い。だが、どうして体積が増えている?」
「...え?」
パチパチパチ...
虚しく響く音の方へ咄嗟に発砲した。だが、それは煙の様にすり抜け、背後へ着弾してしまった。
(しまった、ホログラムか)
そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
「なるほど、それは興味深いですよね。気になりますよね。では、せっかくここまで来ていただいたお礼にネタバラシなんて...まあ、陳腐な創作の様な事はしませんがね。もとより仕組みの分からないものでして」
こちらを挑発する様な口調にイオナは舌打ちする。
「なんだ、黒幕の登場ってか?それにしちゃオモチャ越しなんてビビりすぎじゃねえの?」
顔は鮮明には見えないが、その振る舞いだけでバカにしている様な仕草が感じ取れる男は、ただ神経を逆撫でてくる。
「嫌ですねぇ、黒幕なんて。そんな立派な人間じゃないですよ私は。それにあなた達に掛かれば人間なんて水風船より脆く、パンってされちゃうじゃないですか。いやー、恐ろしくてとてもとても...」
「それで?仕組みの分からない、何に使えるか分からない様なものをわざわざ厳重に守って作ってたって?そんなの不自然だと思うけど」
虚像と分かっていても睨みつける。
「仕組みは分からない。でも、どう使うかは確かでございますよ。せいぜい性能試験にでも付き合ってもらいましょうか。あなた達なら、新作の材料にもピッタリでしょうしね」
ハハハハ...と笑いながら像が解ける。
後に残ったのは、心臓の鼓動の音。
いや、これは私じゃない。目の前のッ
咄嗟に私もイオナも攻撃していた。確かに命中し、肉を大きく抉り取ったが、しかし蒸発させるには遠く至らない。
続け様に何度も何度も撃ち込み、血煙と蒸気で見えなくても撃ち続ける。だが、突如として蒸気を吹き飛ばし、現れたのは光輪を頭上?に浮かべた先程と変わらぬ肉塊であった。悍ましい物体が神聖さを纏うなど何の冗談だろうか。
だが、もっと巫山戯ていたのは直後の出来事の方だった。
人型の肉体の股間部分から、人ほどの肉塊が。いや、人の形の肉塊が産み落とされる。緒で繋がれたソレは複数続けて産み落とされ、肉塊を守る様に周りを漂う。
「やべ、一旦引くぞ!エリニュス!」
言われるまでもない。本能というべきか、カンと言うべきか。アレからはヤバすぎるほどにヤバい気配を感じる。
そうして踵を返し、部屋から駆け出した。




