森の獣
迂闊だった。これ程までに綺麗な水場なのだ。冬でも冬眠していない獣の1匹や2匹出ても不思議ではない。いや、もしかしたらここまで足跡を尾けられたのかもしれない。何にせよ、背後の物音に振り返った瞬間、私は浅瀬の中に組み伏せられていた。回る視界の中で犬歯の生えた口と生臭い息が目の前に迫る。襲ってきたのは狼のようだった。噛みつこうとする彼我の間に咄嗟に左手を挟んで、首を噛まれる事は防げたがしかし、痛いし怖い。
近くに石でもないかと手で探るが、水中の小石を掴むばかりで、左手に次第に牙がさらに食い込む。
だが、一滴も血が流れていない。
何故か腕に牙が刺さっていない。その様子に狼も唸るのをやめて不思議そうに目を開いた。
その一瞬緩んだ隙を逃さず、私は噛まれた左手を喉奥へ突き込んだ。
まさか反撃されるのは予想外だったのか、狼は目を白黒させながら大きく飛び退く。
その隙にと起き上がって必死に走り出すが、人が狼に勝てる道理も無く、今度はうつ伏せに倒された。
背中の上で前脚を振るうと白衣の裂ける音が聞こえた。
露わになった肌に再度牙が立てられそうになった時、1発の乾いた銃声が響いた。
途端に覆い被さっている狼が脱力し、暖かいものが身体に降りかかる。
その感触にどこか心地良いものを感じながら銃声の主を探すと、銃を構えた白い迷彩を着た兵士の姿があった。兵士は少女の姿を認めると、驚いて銃を下ろし駆け寄ってきた。
ただでさえ空腹で、その上獣にも襲われ、限界だった私は背中の重さを感じながら意識を失ってしまった。




