ハイヴ侵入
見えてきた景色は異様なものだった。
自然な山々の中、冗談の様に綺麗な断面を晒す一際大きな山があり、目標を見つけるのに苦労は無かった。
敵対空陣地を視認。防衛兵器の再配備も確認
山へ向かって伸びるいくつかの道と、続くトンネル付近は幾つもの陣地が見て取れ、正面からの近づこうものなら蜂の巣なのは確実だ。まあ、私の場合は平気かもしれないが。
「ありゃ。せっかく天井に大穴開けて来たってのにもう殆ど塞がれてるな」
データにあった、彼女たちが脱出する時に造られた最短経路は、既に修復が行われていて今回使うのは難しそうだ。
探査波解析。地下構造の微修正完了。計画の変更無し。
修復どころか、幾つもの通路が繋ぎかえられたらしい。侵入者対策の即応なのか、防衛として想定済みの仕様なのか分からないが、よくも地下でこの様な器用な真似をするものだ。
また、一定以上の深さは探知できなかった。
(これが限界ってこと?)
回答。スペック状は可能です。ですがこれ以上の強度は探知される恐れがあります。
せっかく高高度から静かに偵察しているのに、それでは攻め入りますと言っている様なものだ。残念だが諦めよう。
構造を見るに、やはり地表の露出を弱点と弁えているのか、水系は地下水脈へ接続されており、排気口は大きく迂回してかなり離れた場所に開かれている。周囲の防衛陣地の分布から、ある程度離れていて突入に都合の良さそうな箇所は3箇所。
だが、脳裏にラット、もといララティーナに助けられた時の事がチラつく。教科書通りの合理的な選択なぞ相手にとっては絶好の罠かもしれない。
故に、最適な選択は突入口に近く、孤立して人数の少ない陣地を抑える事だ。
飛行術式を停止すれば身体は揚力を失い、地面がまっすぐに迫ってくる。
数は13人。外に7人、ミサイル発射機や機関砲を積んだ車両に4人と小屋に2人。無力化する時に派手な攻撃や魔術や魔法を使えば勿論居場所が露呈する為禁止。
落ちる位置を調節し、一人に狙いを定める。
着弾の寸前、鞘の引き金を引くと、刀が打ち出され、少し離れた位置の兵士を柄で強打するのを見ながら、同時に体の下敷きになった兵士の骨が砕ける感触を味わう。
(まず二人)
その場で一回転して隣の兵士に足払いを掛け、そのまま地面で跳ねた刀を蹴り飛ばしながら鞘を投げ飛ばす。跳ね起きて、転ばせた兵士の顔を踏み抜き、同時に刀と鞘がそれぞれに突き刺さって射止める。
(これで五人)
この方法ならレーダーにも映らない為、予兆もない襲撃にようやく気付いた人間が中で動く気配がする。
外にいた残りの二人をイオナが仕留め、そのまま小屋へ向かう様子を見て私は、壁面が装甲化されて入りので静かに車両の下へ手を回し、そのまま横転させた。中の人間の悲鳴が聞こえる。
視界を可視光から切り替えれば中の様子が見える。混乱したまま横転させられた車両に中の人も揉みくちゃの様で、頭を打ったか動かない人もいる。まだ意識のある人を見て装甲の薄い底部にそのまま手を突き刺す。床を貫通して内部に届き、そこにいる人間の足を掴み、そのまま力任せに引き抜くと...
滴る血が地面を点々と汚す。だが、奇襲と隠密を達するにはどうしても迅速かつ静かと言うと方法を選べなかったのも事実だ。
先ほど投げてしまった刀と鞘を骸から引き抜き、小屋へ歩み寄る。
「おい!俺を殺したらアレだ...定時連絡があるんだ!協力するッ、この通りだ!だから、殺さないでくれ!頼む!」
開け放った戸のそばにあったコートで身体に付いた血を拭う。
案の定、中には通信機器が並んでいて、人数も観測通り一人は倒れ伏し、もう一人はまさにイオナに命乞いをしている。
「おう、片付いたみたいだなボス。今、ご協力願うにはどうするか考えてたところだ。まあ、殺しちまえば早いが」
普段より悪ぶった口調で、少し楽しそうに言う。
報告。電波、魔術を含むあらゆる通信は行われていません。暗号化も含めてです。ただしフェイルセーフの可能性を考慮。
事前に考えていた事でもある、この様な施設における監視の定時連絡の存在。それは敵を部分的にも排除しながら進まなくてはいけない私たちの障害になる。
故に、気が進まないながら一応用意はして来た。
「...押さえておいて」
「ああ、やるんだな?」
事前に話しておいた通り、イオナは男を跪かせたまま拘束する。
「おい!何をする気だ!辞めろ!」
喚き散らす男の頭に手を伸ばす。
彼の目には今の私たちはどう映るんだろうか?
たとえそれが怪物であっても、化け物であっても、私たちは躊躇うわけにはいかない。
「...己を捨て、傀儡と化せ『人格乖離』」
男は急に白目を剥き、空いた口から僅かに泡がこぼれる。痙攣し、脱力した瞬間、翳した手の指先がスッと冷たくなる。魂そのものを冒涜した様な、暖かな血を浴びるより気味の悪い感触だ。
イメージをしたのは人間らしさの剥奪。その通りに働いたなら、もはやこの人には個性も感性も残っていない。人として死んだとも言える。だが、本当の死体でさえ使えるものは使うつもりで来たのだ、死んで無いなら働いてもらおう。
「定時連絡はあるの?」
「...はい。」
「なら、以降も異常なしと返答しなさい」
「...はい。」
正気の感じさせない返答ながら、独りでに椅子に座る。その目は開いたまま瞬きも無い。何を見ているのか、何も見ていないのか。
「あーあ、やっぱ定時連絡はあったか。まあ、解決したが。それにしたって、相変わらずお前の使う魔法や魔術は珍妙だなエリニュス。まさか人の傀儡化なんて魔法があるとは思わなんだ、協力頼んで正解だったぜ」
イオナは倒れた男を避ける様に踏み越えて近づいて来た。
「さて、いよいよ行くか、アイツらのところに」
「ええ」
少しだけ、雨が降り出していた。
「こんなところが排気口なのか。全く、うまく擬態してるぜ。なのに手間暇の割にワルキューレにはアッサリ筒抜けとあれば、元人間としちゃ笑い話にもならないな。まあ、今回限りは助かったけどさ」
山の崖にある横穴の様な場所の奥に、それはあった。
ここから入れば、そこは敵の陣中だ。助けもなく、相手の戦力も分からない。ただ、入って仕舞えばある程度の露呈も探知されづらくなるはずだ。制限解除と言っても良い。
思い切って飛び込み、ある程度の深さで翼を開いた。空中でもいのままに動ける様になった身体で緩やかに下降していく。
空間そのものが煙突な上、壁面にさらに複数のパイプが走っている。
メンテナンス通路からエレベーターシャフトへ侵入。どうしてそんな人間らしい考えが浮かんだのか、どこか引っ掛かる。だが、施設の構造を見て思った事。私たちはワルキューレであり、律儀に通路などに従う必要はない。むしろ人と接しない程都合がいいなら最深部で地面を抜いてやればいいのだ。
海抜0mを下回りました。
目標まで150。
順調に管を降りていく。
スキャンによればこの先で空調設備の本体に当たる。それを壊せば、密閉された地下で空気が澱む。それは私たちには関係なくとも人間にとっては致命的になり、侵入経路にもなる。
すでに地表に見えていた部分を考えても相当に潜っている。それでもここは人が一人も居ない静かな場所だ。風の吹き抜ける音だけが聞こえてくる。
眼下に巨大なファンが見えて来た。吹き付ける風は凄まじいが、ワルキューレである私たちは空中にある限り風程度で揺らぐことはない。
左手に砲身を展開する。エリニュスの口は言葉を紡ぎだす。
「...大いなる天より地を穿つ『流星』」
静かに照準を定め、一撃を放つ。光弾はゆっくりと、しかし吸い込まれる様に底面にあたり、次の瞬間、爆炎と共に突き破る。
煙と瓦礫を潜り、ついに地に足をついた瞬間
『施設内で爆発音を確認!総員、第1種警戒配置!』
放送と共に蜂の巣を突いた様な慌ただしい空気が施設を満たした。
まだ晴れない煙の向こうに見える複数の影に照準を定め、引き金を引く。




