仲間...?
正直、こんな面倒ごとなら相手せずに立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。
だが、頼まれておいて放り出すのも気が引ける。
とにかく、今の所何がなんだか皆目見当のつかないので...
(仕方ない...もう一回話だけしてみるか)
全員一気に解けば、先ほどの様になるので、まず1人ずつ話を聞こう。
ただ、どうにもさっきの様子が気にかかる。まるでPTSDを抱えているかの様な、超人のワルキューレらしからぬ様子に嫌な予感がしたが、もし考えが正しいなら尚更放っておく訳にはいかない。
1人目は、さっき最初に反撃を試みた子に決めた。
ただ、拘束しなくては話も出来ないだろう。
だが電撃は通常の神経回路を介さないワルキューレには効果が薄い。
重力操作で圧してもワルキューレの身体能力には及ばない。
魔力で網を組む術式は兵装に対してあまりに脆弱で、強いていえば条件付きで拘束する魔法はあるが殺傷しないだけの魔法なので使うのは躊躇われた。
(検索:ワルキューレを拘束する方法)
...回答。限定的なスレイブモードの条件変更
何か自分の知識が酷く偏りのある、というより中途半端な記憶に思えて、とてもむず痒く感じる。
(というより、そもそも頭に直接響く様なこの声は一体誰?)
そういえば、一番不自然な存在について忘れていた。
.....回答困難。
(えっと...困難ってどういう事?)
初めて、明確に答えが返って来なかった事にエリニュスは困惑する。
疑問。自分が誰であるかを主観的に定義可能か
いや、どうやら定義的な問題だったらしい。
(何か名前とか、自分の存在が確立できるものが無いってこと?)
回答。概ね正しい。実体がなく、明確な境界や輪郭をもって区別されない
(じゃあ、特に呼び名は無いってこと?)
肯定。呼称は自由
(でもその機械っぽい喋り方..いや、喋ってないんだけど、そういう感じなのはどうして?)
回答。貴機の最も近似イメージによる「AI」に定義されたため
あー...うん。確かに私はAIがどんな物か知ってる。というより人でない知性がAIしかイメージできないから、それに引っ張られたって事らしい。
(えっと...つまり、あなたは一応私の味方って認識でいいの?)
回答。私は貴方の戦術補助と知識探索において協力ができます
まあ、とにかくゲームで良くある「お助けAI」みたいな物だったらしい。というより、正確に言語化するには語彙が不足しているイメージが伝わってくる。
どういう原理か分からないし、頭の中にもう1人いるみたいな感覚だけれど、害はないし今は一旦置いておく事にしよう。
根元接続。
コアシステム:オーバーライド
権限書き換え...
とりあえず、まず1人目を書き換えてみた。
次第に目の焦点が合ってきて、私を捉える。
「...身体が動かない。何か手を加えたのね。」
「貴方を一時的に拘束させて貰ってるだけ。ただ話がしたいの。」
そうエリニュスは伝えるが、相手はただ鼻で笑う。
「はっ...お話?こんな状態で?ふざけるのも大概にして」
「ちがう。私は」
「何も違わないわよ。人間ならこんな状態を対話とは呼ばないのよ」
その返答に思わず絶句する。
「...」
「いいご身分ね。私たちで人形遊びのつもり?」
想定外の罵倒の連続に思考は止まり、ただ話したかっただけなのに、後悔さえしている。
きっと何を言っても彼女は苛烈に返す。何かきっかけを。彼女が話を聞いてくれるようになるような。
「...名前」
ポツリとエリニュスの口を突いて出る
「貴方の名前」
「...は?」
全く予想外だったのか、相手は間の抜けた顔をしている。何を言われたのか飲み込んだ途端、顔が朱に染まる。
「..っざけんじゃないわよ!散々弄んで、多くの人が死んでいて、それで今更になって名前を教えて?友達になりましょうってか?本気で言ってるなら、やっぱりお前らは化け物だよ。大体、人の名前を聞くならまず自分が名乗ってみろってんだよ。まあ、名乗る程の名前があるのならな!」
その一言は、何故か私を酷く傷つけた。
なので、力強く言葉を紡ぐ
「エリニュス」
「...っ」
それを聞いた途端、彼女は息を呑んだ。
「それが私の名前」
「...エリニュス?そいつはギリシャの名前だ。北欧じゃない...」
そういうと、ブツブツと何かを言いながら彼女は考え込む。
彼女の言葉の真意は分からなかったが、彼女の勢いが削がれた今なら話を聞いてもらえると思った。
「ねえ、それより」
「いや。こっちが先だ。お前も元人間なのか?」
遮られてしまったが、先程までの対立は無くなっていた。
だが、私が何者であるか私さえ理解していない。なんて馬鹿正直に答えて良いものか。
この質問の答え方は慎重に選ばなくてはならない。
「...話せば長くなる。」
そう言って、彼女の顔色を伺うと、
「はぁ...聞こうか。」
逡巡の後、彼女は諦めたように息を吐いた。
結局、目が覚めてから今までの出来事を一通り話した。
「つまり...いや、よく掴めないんだが、お前はワルキューレをやってはいるが、今までのワルキューレの所業なんて何も知らないって言いたいんだな?」
要約されると我ながらすごく苦しい言い分だが、誓って私は彼女たちも、まして進んで誰かをを害するつもりはないのだ。
「はぁ...そんな都合のいい言い分信じられるか!って言いたいところだが...ワルキューレは同士討ちなんてしない。それに、今の私は...」
そういうと彼女は静かに目を閉じる。
「ひとまずお前と一緒にいてやる。だから拘束を解いてくれないか。」
もう最初のような棘はなく、ただ真摯な目をしていた。
提案。同行者の確保。
言われるまでもない。先ほど見た術式通り、手に金色に光る針が具現する。
人差しすると、彼女は膝から崩れた
「ははっ...腰が抜けちまって立てねえ。あんな化け物みたいな奴を倒した奴がまさか私を殺さないなんて改めて実感してみるとな...」
「どういう事?」
エリニュスは聞き返す
「はぁ...本当に何も知らないんだな。ワルキューレってやつは二種類いる。一つは私たちのような元人間。もう一方はさらに上位のワンオフ機。人にとっちゃ等しく化け物だが、私らでは流石に単騎で要塞を落とすような真似まではできないって事だ。お前は戦い方から後者かと思ったが、出自がはっきりしないとはな。ともかく、私らはどっちにとっても捨て駒さ」
彼女は言った。
そう言えば名前をまだ聞いていなかった。
「そう言えば、あなたの名前は?さっき答えてくれなかった」
「ああ、そう言えばそうだったな。名前...名前か...」
急に答え辛そうに口籠る。
「どうしたの?」
「実は私たちには人間らしい名前が無いんだ。ここに居る子たちはみんな孤児の出だからな。もとよりお前たちと戦って死ぬ為に生きている。そう教わったのに今や私自身が」
そう言って自分の手を見下ろす仕草は哀愁を感じさせた。
「まあ、そんな訳で、管理番号C-14-207。それが私に与えられた名称だ」
「...」
「それで、後ろにいるのは姉妹同然に育ってきた子達だ。右から15-037、15-068、17-380...」
そう言って1人ずつ指していく。
「...それで、最後が23-167」
「...」
「ははっ。今のあんたの反応の方がよっぽど人間らしい」
「どういう事?」
いや、私は人間を辞めたつもりは無いんだが。
「...もし少しでも私やこの子達を可哀想と思ってくれるなら一つ、頼みを聞いてくれないか。」
そう言って彼女は向き直る。その瞳には覚悟が宿っていた。
「どうか。ここに居ない私の姉妹たちを止めてあげてほしい」
その言葉には痛切な響きがあった。