セイバー戦
盾を構える私を他所に、セイバーは懐から取り出した見覚えのあるカートリッジを握り潰す。
何をしているのかと戸惑っていると、突然溢れた血が意思を持った様に動き出した。
セイバーの腕に巻き付くと、まるで皮膚から溶け込んでいく様に消えてゆく。
あれはまるで...
そんな私の考えを彼女の言葉は肯定する。
「補給完了。じゃ、一つ分からせて連れ帰るとしましょうかね。」
こちらに見せつける様に、手を握って開く事を繰り返す。
(この人を相手に勝ち目はある?)
返答。データ不足。しかし、周囲のワルキューレは現在スレイブモードにあり、一騎打ちである事を考えると勝率は
「考え事は後にしてくれないかなぁ!?」
ほんの一瞬の意識の空白。不自然なほどの速さで彼女は目の前に肉薄していた。
すぐに思考を中断して盾をっ!?...
「足元がお留守だっての」
今度は一瞬遅れた。
庇いきれなかった左足に熱が走る。
痛みに思考が空白を生みそうになるが
「ほらほらほーらっ」
刀が振るわれるたび「ギィン」と擦れる音、盾を持つ手に伝わる衝撃が現実逃避を許さない。
「くっ...」
庇いきれない腕や足に細かな傷が走り、髪の切れ端が舞う。
切られた傷から流れる血は確かに赤かった。
回り込み、潜り込み、時に飛び越えながら私の防御をすり抜けて一太刀浴びせられる隙を探している様だった。
砂を蹴り上げ、振りぬかずにすぐ切り返し、タイミングを一拍遅らせ、刀身に日光を反射させて目潰しし、あらゆる策で攻めて来る。
ただ身を逸らし、盾を割り込ませ、掬い上げ、牽制の射撃も織り交ぜて、迫り来る数々の刃にがむしゃらに対処する。
だが、刃に意識を割き過ぎていた。
「盾で防がれるなら盾以外の脆い部分を叩っ斬れば良いってな!」
そう言うと刀身を煌めかせ、身体を独楽の様に回しながら盾に蹴りを入れる。
後ろによろめけば、続け様に距離を詰めて盾の懐に潜り込み、柄頭で顎を的確に打ち抜いてくる。
咄嗟に追撃の刃を刀身を蹴り上げて回避した。
だが、その時右手が上がらない事に気づいた。
エリニュスが腕を見ると、断たれてはいないものの、内側に浅く無い傷が痛ましく刻まれていた。
(あの時、咄嗟に盾を離していれば...)
だが、傷は塞がらず、血は流れ続ける。
もうこれ以上防戦に徹する事は出来ない。
半ば引きずる様に盾を大地に食い込ませ、再度防御姿勢をとる。だが、もう打ち合うことはできないだろう。
...戦術解析。
提案。
瞬間、脳裏にイメージが過ぎる。これなら
滑る様に距離を詰め、ただ疾く、ただ鋭く迫る刃に対して、脳裏に浮かぶイメージをトレースしていく。
わざと盾ごと身体を泳がせ、倒れ込む様に姿勢を低くする瞬間に左手を翳す
(もう一回アレを!)
...再現術式
再び手をかざした虚空に魔法陣が現れ砲弾が飛び出すが
「残念。何度も同じ手は喰らうか」
咄嗟に飛び退き、刀身を盾にして滑らせる様に受け流された。
だが、狙いは別だ。
左手に魔法陣の下で展開していた銃身から一条の光線が走る。
狙いに気付いたセイバーは咄嗟に軌道へ刀身を差し込むが
「...『蜃気楼』」
エリニュスの口が言葉を紡ぐと、突然光線の軌道が不自然に湾曲し、刀身の傍を掠め、ついに防がれた砲弾を貫く。
セイバーは背後で膨れ上がった衝撃に、後ろから突き飛ばされたように前へと身体が躍る。
それに合わせるように跳ね起きたエリニュス大きく盾を振り回して半回転すると、盾はセイバーの顔に思い切り叩きつけられる。
まるでトラックに撥ねられたように吹き飛ばされる身体が木々を薙ぎ倒していく。
だが、その途中で翼を展開したのを見て、有効打にならなかったことを悟った。
...物質解析および解凍完了。
ドッグタグのマテリアルを再構築します。
セイバーはこちらを見下ろして、浮かんでいた。
顔の右半分が大きく陥没していたが、みるみるうちに再生していく。
「その芸当、やっぱりお前なんだな」
わずかに固さのある声で彼女は言う。
その時初めて直視した彼女の瞳は、先程とは違い、明確に感情を感じた。
ズキッ...
「私は貴女を知りません。放っておいてください」
エリニュスはダメ元で言ってみる。
が、その返答にセイバーの左の口角がわずかに上がる。
「残念だが、なおのこと来てもらわなきゃならなくなった。お遊びもお話もはここまでだよ」
そう言ってバイザーを閉じる。
...再生術式構築完了。
再生開始
勝手に発動された魔術に全身の力がゴッソリと持っていかれる感覚が襲いかかるが、同時に右腕に熱が集まり次第に力が入る様な感覚を覚える。
私が盾を構え直すのをみると彼女は再生が終わるのを待っていた様に静かに納刀し、抜刀術の構えをとる。
....飛行ユニット再生完了。
身体が再び重力の軛を外れる。
どうやら翼が戻ったらしい。
だが、背中を見せれば次の瞬間に命はないだろう。
勝機を見出せ。勝利条件は、手札は
「『其は世界を切り拓く者』」
セイバーの体表に赤黒い雷が迸る。
一瞬の溜めの後、残像を残して掻き消え、全く認識の出来ない一撃によって既に盾に一本の浅く無い傷が刻まれていた。
遅れて雷に打たれたように重ねて複数回火花が散る。
概念侵食率36%
初めて盾に傷が入ってしまった。
ズキンッ...
その後は格段に増した速度で攻撃の一瞬の起点しか見えないながらも、上も下も無く迫る斬撃に腕を、耳を、目を、腿を、指を、狙い澄ました攻撃が襲う。
ほぼ不可視なその一撃を、しかし急所だけは守る様にただがむしゃらに盾と踊る様に激しく身を捩る。
空中で風に揉まれる綿毛の様に様々な方向から加わる斬撃にただ弄ばれる。
概念侵食率43%...48%...56%...63%
見える斬撃も見えない斬撃も盾の表面に更に傷を刻んでいく。
身体に付いた傷は再生をするも、その間に更に多くの傷が付き、一呼吸の間さえ無限の時間にも感じられた。
先ほどとは攻撃速度が違う。攻撃に転ずる隙がない。
このままではジリ貧だ。
何か、まだ見落としている何か。
一つだけ引っかかる。
(概念侵食率って表示は何?)
(回答。敵攻性魔力による防御概念の書き換えです)
(つまり...ハッキングされてるみたいな?)
(部分的に肯定。厳密には違いますが、大枠は正しいです)
それを聞いて、一つだけ思いついてしまった案がある。
いや、案とさえ言えないかもしれない相当な賭けだ。
だけれど、このままでは獅子をも落され本当に私の存在そのものさえ消されてしまう。
やりたくない。ああ、本当にやりたくない。だが
警告。臨界まで間も無く
ジジッ...ジジジッ...
エリニュスの身体に青白い雷が迸る。
警告。臨界到達
盾の上部分が遂に斬り飛ばされる。
覚悟を決めるほかない。いや、行きたいと願った時点で私に諦める選択肢なんて無かった。
もはや機能を喪失してしまった盾を消す。
太刀筋はもはや目で捉えられる速度では無い。
しかし、私はこの太刀筋を“知っている”
ズキズキッ...
このタイミング
静かに半歩、進み出る。
自ら攻撃に当たりに行く、その動きは彼女にとっても意表をついたらしい。
セイバーは僅かに動揺を見せた。
喉を突くはずだった一撃は右肩を深々刺していた。
「捕まえたッ!」
...再生術式、多重展開
熱した刃を突き込まれた様な肩口が、更に意識の飛びそうなほどの激痛を発する。再生に巻き込んだ刃を私は更に左手で掴む。
「接続開始!」
...権限α‘承認。神経接続開始