未知との遭遇
私は当てもなく、ただ大地が後方へ流れて行くままに飛び続けていた。
途中で大きな川に当たったので、そこから辿っていく事にした。
私はワルキューレかもしれない。でも、人間だと思いたい。ただ、きっと人の前に姿を表せば人々は私を攻撃するだろう。
基地にいた時の激情が何だったか、まるで分からない。今の私は積極的に人を殺そうとする様な意思も動機もない...と思うんだけど?
エリニュスのバイザーに突然受信したメッセージが表示された。
...「所属を明かせ。さもなくば撃墜する。」
空を飛んでいた私の身体は突如重力に引かれ始めた。
(落ちるっ!?)
咄嗟に盾を展開して着地に備えながら後ろを振り返る。
右の翼が切り取られたように無かった。
虚空に走る硝子の罅の様な黒い線。
ほんの一瞬、目の前に少女の影が躍る。
金属の翼と鎧、そして身の丈の大きな刀。
「堕ちろ」
翻る刃が私に迫る。
急いで盾を...
エリニュスの身体は錐揉みしながら地面に突き刺さる。
「翼を落とされた天使は地に堕ちるもの..そうだろ?」
首に冷たい感触が当たる。
地にあいた大穴の中で、エリニュスは少女に刀を突きつけられていた。
「それにしても私に斬れない物があるとは...面妖な」
私は、ただ焦っていた。
盾を動かせば、指一本でも動かせばきっと首を切られる。
(考えろ。どうすれば逃げられる...)
目の前の少女は間違いなくワルキューレだ。不意打ちも通じないだろう。
すると、穴を囲う様に複数のワルキューレが降りてくる。しかし、彼女たちはどこか無個性で、と言うより目の前の少女だけが異質で
「IFFには無反応。人類には当然これを使う技術はない。更にはその斬れない盾...となれば」
フッと首から刃が離れる。
「そう言うことか。なら連れて帰るほかない」
頭の上に右手が翳される。
瞬間、視界にノイズが走る。
魔導回路:オーバーライド
概念防御術式:剥離
人格構成プログラム:削除中...
頭の割れる様な痛みが、自我が溶けて無くなっていく様な恐怖が、私を襲う。
必死に必死にかき集めて抱え込む様に身を丸めるが、ただ手からこぼれ落ちる様に、身体から力が抜けていく。
手足から力が抜ける。世界が音も光も失っていく。
(死ぬって...こんな感じなのかな)
すると、そんな考えに返答する様に何処からか声が響く
(否定。本機は死ではなくシステムの上書きを行われる)
何処か無機質な答えに、思わず可笑しくなる
(上書きって、メモリみたいな...それに、私じゃなくなるって死と同じじゃん)
(疑問。意識の存続は問題か)
(どう言う意味か分からないけど、死ぬのはこわいよ)
(思案。恐怖の意味)
(死が怖い意味って...だって、まだ目覚めたばかりなのに殴られて、助けてくれた人も死んで、何も分からないままなのに死ぬなんて納得できないじゃない)
(理解。生の理由を追求と認識)
(生きる理由なんて...ま、そうだね。まだ死にたく無い)
(承認。対抗策を模索)
システムオーバーライド...拒否、拒絶、不許可
クラススコア発動
バックアップ起動
急激に意識が浮上する。
「なっ...つまらない抵抗を」
目の前の少女は驚きに目を丸くしている。
解析済みの攻撃を再現
推奨:防御態勢
(えっ!?勝手に...)
盾が一瞬輝いたと思った次の瞬間目の前に一瞬で構築された円陣から何かが飛び出した。
咄嗟にそれを斬ろうとした彼女は吹き出した爆炎に包まれ、吹き飛ばされる。
見間違いでなければあの攻撃は
...肯定。
推奨。速やかな離脱
考えは後だ。エリニュスは大きく跳躍すると軽やかに大地に降り立つ。
翼は使えない様だ。
警告。左へ回避
咄嗟に左へ転がれば、さっきまでいた場所に大きな亀裂が入っていた。
「ちっ...どうやらただの雛鳥じゃ無いみたいだな」
煙を切り払って少女の姿が現れる。
「なら...力づくでもご同行願おうか」
残念だが、目の前の彼女は私を逃してはくれないだろう。
エリニュスは覚悟を決めて見つめ返す。
「エリニュス。私の名前よ」
私の存在を守るため、盾を構える。
「はっ...名前なんぞ下らない。クラス・セイバー。いざ参る」
高まる緊張の中で、まるで微動だにしないワルキューレたちの姿は、ただただ不気味だった。