汝何者なりや?
クラス確定:シールダー
倒れ伏すラットを守るには、何が必要か。
(...盾だ...)
そう思った時
私の右手には大きな盾が握られていた。
「ってぇえええ!」
砲口が火を吹く。
ゆっくりに映る世界の中で私はただ、この盾を構える。
砲弾は表面に走る刻印を光らせながら飛翔し、そして盾に“掻き消えた”。
衝撃に周囲の粉塵が舞い上がる。
そうして、塵の晴れる頃。
誰もが言葉を失っていた。
貫いたはずの少女は、防いだはずの盾にさえ一つの傷もない。
...解析、無効化完了
「ば、莫迦な...イージスを貫く新兵器だぞ...」
どこからともなく戸惑いの声が上がる。
エリニュスは関せずに左手を壁へ向けるといつのまにかその手には銃の形をした装置が握られていた。
一条の光が壁を貫き、爆風でエリニュスの髪を揺らす。
だが、もう誰も攻撃する気力は残っていなかった。切り札でさえ完璧に防がれ、目の前の怪物に対応する武器は最早此処にはないのだ。
エリニュスは自分の頭にまるで昔から知っていたかの様にこの力の使い方に関する断片的な知識がある事に気づいた。
それによればラットは...
エリニュスの右手から盾が消え、そのまま“彼女”に向ける。
(詠唱省略。再生術式)
しかし、予想通りラットの身体を光が包む事はなかった。
その様子を確認して落胆しながら、次の術式を編む
(詠唱省略。保存術式)
次は、その肉体を覆う様に光の幕が現れ、傷口からの出血は止まった。
エリニュスはそのまま彼女を抱えると翼が開き、ゆっくりと身体が浮かぶ。
穴から出ていく彼女らを、誰も止める事は無かった。
しばらく飛行し、森の開けた場所に着陸した。
「...ラット」
エリニュスは声に反応したのか僅かに身じろぎし目を開く。
「ゴホゴホッ...エリ...ニュス....」
「うん」
ラットの腕が僅かに持ち上がり、近くの木を指す。
エリニュスはラットをそっと木に寄りかからせた。
ラットは指輪を口元に寄せると
『響く十二時の鐘』
その瞬間、体表にノイズが走り輪郭が変わる。
軍服に包まれた彼女の身体は面影を残しながら確かに女性のものになっていた。
「私は...もう...」
言われるまでもなく、彼女は満身創痍どころか瀕死なのは明白だった。
「間に...合った...ね..」
そう言って弱々しくも笑みを浮かべる。
彼女の最後の贈り物。それにはワルキューレの、ひいてはこの世界で魔法を行使するための3原則が関わっていた。
一つ、女性である事
幻影魔術によって男装していただけで、本来彼は彼女だった。
一つ、25歳未満である事
さらに言えば彼女は24歳だった。にも関わらず詠唱破棄まで行える実力は相当のものだった。
さらには起動キーの条件。それは
『魔法行使可能な処女の初潮の血。または命の最後の一滴であること。』
エリニュスをワルキューレにする為、彼女は命を投げうったのだ。
「どうして、そこまで...」
エリニュスの目は潤んでいた。
既に命を捧げてしまった彼女を生きながらえさせる方法は無い。
彼女とは会ったばかり。なぜ見ず知らずの筈の私を助けたのか。なぜ女装までしてあそこに居たのか。なぜ彼女との別れがこんなにも悲しくさせるのか。
分からない。
ただ彼女の最後の言葉を聞き逃すまいとエリニュスはラットのそばに跪く
そんな様子を愛おしそうに見て、そっと頬を撫でる。
「またね」
そう言って彼女は眠る様に目を閉じた。
眠る彼女が獣に荒らされない様に埋めてあげたかった。
穴を掘る事は武装を使えば簡単に出来る。しかし、そうする事に抵抗を感じたエリニュスは、ただひたすらに穴を掘った。
彼女を底に横たえて上に土を被せ終わった頃、既に木々の間から光が差していた。
エリニュスは翼をはためかせ、その場を後にしようとしたが、ふと振り返って見た朝日に照らされた墓標代わりの岩がどうしようもなくもの寂しく感じられた。
(検索:死者を弔う魔法)
...該当1件:「花畑を出す魔法」
「...『大地の記憶よ芽吹け、香れ、地の限り』」
もう此処に用はない。
「ララティーナ」と刻まれたドッグタグを握り、ただ何処か遠くへ行こうと思った。
魔法3原則最後の一条
一つ、奇跡を望むものは相応の対価を心せよ