プロローグ
君は魔法の存在する世界と聞いて何を思い浮かべるだろうか?
心踊る冒険?仲間との死闘の日々?巨悪に対峙したり、逆に悪虐の限りを尽くしてみたり?
残念だが、この世界ではそんな物語が描かれた書物はとうの昔に戦火に焼かれて灰になってしまった。
息を呑むような奇跡の魔法は息の根を止めるような殺戮の道具として振るわれ、青い星は血に染まってしまった。
いつ、誰が何の為に始めたのか。どうすれば終わるのか。終わらない戦争を誰もがただ今日を生きる為に目の前の敵と戦っている。
いや、いつの時代も人は常に何かと戦っていた。姿形は違えど敵は常にあった。
敵が居なくなれば次の敵を見出し、武器を変え、戦略を変え、時に石で、銃で、ペンで、ミサイルや生物兵器で、個人を、民族を、宗教を、国家を、社会を相手に戦ってきた。
描き初めは、ひとまず「プロローグ」とでもしておこう。
Operating system“Walhalla”
コマンド「特殊作戦オメガ」入力…
Geri:承認
Freki:承認
Hugin:条件付きで承認
Munin:承認
条件検証中…
主審 Odin:可決
タスク実行中…
ズズッ…ズルッ...ドサッ
気がついたら私は金属の床の上に倒れていたようだ。
身体は怠く、発熱しているように頭が重い。
ここは何処なのか、私が誰なのか思い出せない。
しかし猛烈な空腹感だ。
仕方なく倦怠感を跳ね除けて、身体を起こす。
目を擦り周りを見るが、ここがどこだか分からない。
手近にあった白衣を一先ず纏っておく事にした。
まだ思い通りにならない身体に鞭打ち、立ち上がる。
床に散らばった書類や壁際の機械に書いてある文字は読めないが、非常用の明かりが灯る扉を見つけたので、ひとまずこの部屋を出ようと思い近づくと
プシュッ…
気の抜ける音と共に扉が開く。
(眩しっ….)
急に明るくなった視界に少しの間目を潰されながら、次第に慣れると外は雪が舞っていて、景色からここが山肌に隠された部屋だったことがわかった。
「…ツッッ…」
光景の寒々しさに思わず震えたが、別に身を切るような寒さを感じることはない。
誰かいないか呼びかけようとしたが今は声が掠れていた。それに、改めて三日三晩飲み食いしてないような渇きと飢えを自覚した。
このままここにいても先はない。しかし出ていくことも躊躇われ、部屋を振り返ってみた。だが、部屋には目ぼしいものは見当たらない。
雪の舞う外の光景を見て再び一瞬躊躇ったが、結局出ていく事にした。山の中なのだから川の一つくらいはあるだろうと思いながら。
おずおずと足を踏み出せば雪に足が沈み、冷たさは感じるが寒いとは思わなかった。
どう言うことかと目を見張ったが、ここに居ても仕方がない。まだ強張る身体を動かして、雪の中を歩いていく。
彷徨いつつ歩けば、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。音を頼りに歩いていると、木々の開けた場所にたどり着いた。幸運にも雪に埋没したり凍結はしておらず、清流が雪景色の中を流れるというのはとても綺麗なもので、ほとりに着いた私はゆっくりと手を入れる。
透き通る水は水底まで見通す事ができ、とても澄んでいる。
水面に映った私の顔は幼さを残す少女の姿で、一瞬何かを思い出しそうになったが結局思い出せなかった。
川の水は直に飲んではいけないなどとも思ったが、乾いて仕方なかった私は一口掬って飲み、また一口と手を伸ばした。