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月影華  作者: 六条せり
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第四話

翌朝、傷の痛みはほとんどなく、頭もすっきりとしていた。

こんなにすっきりと目覚められたのも、薬湯に安眠作用のある薬草も調合してあったのかもしれない。

「起きましたね」

彼女が起きたことに気付いた幽玄が、薬草の入った籠を手にやってくる。

「気分はどうですか?痛みは?」

「平気です、久しぶりにすっきりと起きられました。」

「それはよかったです。…食事にしましょうか?」

いたわるような、やんわりとした笑みを向けて、史蓮を起こすのを手を差し伸べて手伝う幽玄。

戸惑いがちに、差しのべられた幽玄の手をとり、体を起こした史蓮は心が和むのを感じた。

昨日の夜のこと、幽玄は本当に気にしていないようだ。

それが、ありがたかった。

「…あの、幽玄先生」

寝台より降りた史蓮は、幽玄を見上げる。

「なんですか?史蓮さん」

自分よりも小柄な史蓮と視線を合わせるように、わずかに史蓮を覗き込むようにして幽玄がいつもの穏やかな笑みを向けた。

その穏やかな笑みに、史蓮は心に決めた決意が揺らぎそうになって、幽玄に気付かれないよう、小さく拳を握って言葉を次ぐ。

「…お礼に、今日は先生のお手伝いさせてください」

今日一日、恩返しをしてこっそりここをでよう。

わたしは黒虎の暗殺者。

こんな、穏やかで優しい場所にはふさわしくない。

幽玄先生のような、人々に慕われている人のそばにいてはいけない。

わたしには、ここにいる資格なんか、ない。

そのことを考えると、胸がきゅっと掴まれたように痛くなる。

だが、それを敢えて表情から悟られないように、幽玄に笑んで見せる。

「史蓮さん…。…それはありがたいですね。あなたが手伝ってくれるのなら、私も張り切ってしまいそうです。」

史蓮の申し出に、くすりと笑った幽玄は嬉しそうに答えた。


小さな幽玄の庵には村人たちが毎日のように尋ねてくる。

病や怪我はもちろんのこと、相談や茶飲み話。

それだけで、幽玄がどれほどこの村の人々に慕われているのかがわかる。

「史蓮さん、その薬草をこの器に入れて置いてください。それと、この薬を英琳ちゃんの膝に塗ってあげてください」

「はい」

薬草を調合しながら、幽玄は史蓮に指示を出す。

予想よりも忙しく、史蓮は慣れない仕事に戸惑いながらも幽玄の指示に従って薬草を用意したり、調合を手伝ったり、またはおばあさんなどの昔話の聞き手をしたりと、そう広くもない庵の中をぱたぱたと動き回っている。

「えっと、これですね?」

言われた薬草を器に移し、軟膏を手に膝を擦りむいて泣いている幼い少女の視線にあわせてしゃがみこむ。

「英琳ちゃん、大丈夫よ。すぐに痛いの治してあげるから、泣かないで」

「史蓮さんは、子供にすぐになつかれそうですね」

今朝の、初めて村の子供と接した時と比べて、子供を安心させるようにあやしながら薬を塗る史蓮の姿に、「さすがは女性ですね」と幽玄は笑う。

「幽玄先生、その笑いって褒めているんですか?」

「褒めていますよ、…ただ、それは塗りすぎですね」

明らかに、傷の五倍はある面積に薬をつけて、なおも塗っている史蓮におかしそうに声を立てて笑う幽玄。

「…、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

そういう史蓮も吹きだしてしまっている。

…できることなら、ずっとこうしていたい。

このまま、この村で幽玄先生の手伝いがしたい。

…自分の本来の生業を思うと、胸が重くなる。

どんなに楽しくても、望みを持っても、心に引っかかる暗殺者という烙印。

わたしは、人を殺すことを仕事としてきた人間なのだ。

「…史蓮さん?」

心配そうに顔を覗き込まれて、史蓮ははっと我に返る。

「どうかされたのですか?」

「…ううん、なんでもない。」

ふっきるように、頭を振ると幽玄を見上げる。

「先生、次は?」


日は、すっかりと落ちていた。

「史蓮さん、お疲れ様でしたね。」

ニコニコしながら幽玄は史蓮の向かいに腰を下ろす。

「でも、あなたのおかげで、いつも以上に仕事をこなせましたし楽しく過ごせました。ありがとう」

「わたしも、幽玄先生のお手伝い、楽しかったです」

幽玄の為にお茶を煎れる史蓮に、幽玄は呟くように口にする。

「史蓮さんさえよかったら、ずっとここにいてほしいのですが…」

その言葉に、史蓮は小さく胸が痛む。

今夜、ここを去ろうというのに…。

これ以上、わたしに優しくしないで。

そう思う反面、許されるなら、その申し出を受けたい自分がいる。

この村で、幽玄の手伝いが出来たのなら…。

だが―――。

全洪の命令で、依頼として割り振られた仕事で、逃げるための手段で。

脳裏をかすめるのは、多くの命で、真っ赤に染まった自分の両手。

「…先生、お茶をどうぞ」

聞こえなかった振りをして、湯飲みを幽玄の前に置く。

幽玄は特に何も言わなかった。

ただ、何かを考えているようだった。

「…。」

史蓮は静かに立ち上がると、そのまま奥へ行き匕首と黒衣を手にする。

「…っ」

そうして戸口に向かおうとし、振り返った史蓮は息をのんだ。

振り返った目の前に幽玄が立っていたのだ。

その動きは物音はおろか、気配さえも感じさせなかった。

「史蓮さん、少しいいでしょうか?」

目を見張っている史蓮に、静かな声で幽玄が呼びかけた。

「…なんですか?」

「…ここに、とどまろうという気は…ありませんか?」

「……。」

まっすぐな視線に耐え切れず、史蓮はうつむいて視線をそらす。

心が見透かされそうで、自分の幽玄に隠している生業のことも見抜かれそうで幽玄の目を見つめることができなかった。

「史蓮さん…。」

視線をそらす史蓮に、優しく幽玄が名を呼ぶ。

きゅうっと史蓮は抱えている黒衣を握りしめた。

幽玄の穏やかで優しい声に、抑え込みたい感情が溢れそうになる。

「…わたしには、……先生と一緒にいることが許されない…。」

言葉に詰まりながら、史蓮が呟く。

「…どういうことです?」

「…先生、お願い。優しくしないで。…わたしは人に優しくされる価値はないの…っ」

感情を隠すように、声を張るようにして幽玄を見上げる。

「史蓮さん…」

「わたしは…人を殺すことしかできない人間なのだから……っ」

涙が込み上げてくる。

ぽろぽろと大粒の涙が、止めることもできず史蓮の頬を伝う。

「わたしは、黒虎の暗殺者だから…っ」

「黒虎……」

幽玄の声に驚きの色が感じられた。

黒虎といえば誰もが知る暗殺集団。

無理もない、と史蓮はきゅっと唇をかみ締める。

恐れられ、軽蔑され、批難される。

所詮は、人殺しの集団の一員なのだ。

「わたしは、今までに多くの人を手にかけてきました。…わたしには、……先生のような人と一緒にいることなんてできない…。…だから…っ」

「史蓮さん…」

突然、史蓮は幽玄に抱きしめられた。

ふわりと包むように、その腕は優しく。

だが、史蓮を支えるように、強く、しっかりと抱きしめる。

「…かまいませんよ。あなたが黒虎の一員でも」

そっと、囁くように告げて、慈しむように史蓮の髪をなでる。

「先生…」

耳元で囁かれた言葉に、思わず耳を疑い、顔をあげた史蓮の目の前にあったのは、限りない優しさに満ちた幽玄の眼差し。

「それに、あなたは自分の行ってきたことを悔いているのでしょう?…何事も、やり直せない、ということはないはずですよ。」

「……」

その言葉に、史蓮はじっと幽玄を見上げる。

「……私の友人の話ですが…。」

そう、幽玄が切り出したときだった。

「先生、史蓮ちゃん、いるかい?」

劉おばさんが夕食のおかずを持ってやってきたのだ。

「は、はい!」

いきなりのことで、慌てて離れる二人。

おばさんは不思議そうに幽玄と史蓮を交互に見やっていたが、あらあら、と笑い出した。

「若い人の邪魔をしちゃったわねぇ、ごめんなさいね」

何かを勘違いしたのか笑いながらおばさんは戸口に向かう。

「ちょ、ちょっと劉さん?!」

勘違いされてる、とあわてて後を追う幽玄。

「いいのよいいのよ、先生もとうとうお嫁を迎える気になったのねぇ…」

「だから、勘違いされてないですか?劉さん?!」

遠くなる、おばさんと幽玄の声。

史蓮はしばらく立ち尽くしていたが、意を決したように匕首と黒衣を抱えた。

そうして、幽玄の庵を出て行った。


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