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月影華  作者: 六条せり
2/5

第二話

はっと気がついた史蓮は、自分がどこにいるのか咄嗟にはわからなかった。

彼女は寝台の上で、薄手の布団がかけられていた。

確か、外で倒れたはず…。

体を起こすと右肩に痛みが走るが、手当てが施されていることに気付いた。

着物も黒衣ではなく、さっぱりとした男物の衣を着せられていた。

…ここは、どこ?

史蓮はあたりを伺う。

どこかの庵だろうか、そんなに大きくはないが質素で落ち着いた雰囲気の室である。

また、薬草だろうか。名も知らぬ草や、乾燥させたもの、薬草の調合に使う道具などが置かれている。

そして、近くの卓の上には彼女の纏っていた黒衣と匕首が置かれていた。

「気がついたみたいですね。」

不意にかけられた声に、身構えるように史蓮はそちらへ顔を向ける。

「ほらほら、まだ傷は完全に塞がっているわけではありませんよ。」

苦笑交じりに言うのは、年の頃なら三十かそれよりも少し若いと思われる男で温和な笑みを浮かべている。

その穏やかな表情と柔らかな口調や声音、雰囲気からは害意はまったく感じられない。

むしろ、安堵を感じる。

「あなたは傷を負って倒れていたのですよ。…この村のはずれで。」

そういいながら、青年は史蓮の傍にやってくると、手にした薬湯の入った器を差し出す。

「これは鎮痛作用があります。少々、苦いかもしれませんが飲んでくださいね。」

「……ありがとう。」

器を受け取った史蓮は、小さく礼を述べた。

史蓮の束ねていた長い髪はほどいてあり、寝台に流れている。

「失礼かと思ったのですが…傷の治療の為あなたの着物も着替えさせてもらいました。」

申し訳なさげに青年はいい、卓を示す。

「あなたの着物はここに。」

「…うん…。」

薬草の香りが強い薬湯に口をつけながら史蓮は頷いた。

返事こそ言葉少なかったが、史蓮は警戒を解いていた。

警戒のしようがないのだ。

「幽玄先生、」

戸口で声がして、ふくよかなおばさんが着物を手に入ってきた。

「あぁ、りゅうさんですか。」

青年・幽玄は微笑む。

「先生、わたしが娘の頃に着ていた服だけど、これでいいかい?」

劉というおばさんは、手にしている柔らかな色合いの女物の衣を広げてみせる。

「ええ、助かります。」

幽玄はおばさんに笑みながら頷いた。

「ああ、この子かい?」

寝台で上体を起こしている史蓮に気付いたおばさんが、衣を手にやってくる。

そしてしばらく史蓮を見つめて、にっこり笑う。

「うん、この子にならこの色でよかったわね。この衣はもう着ないから好きに着ておくれ。」

おばさんの勢いに史蓮はあっけにとられながらも、ぺこりと頭を下げる。

「あんたも、災難だったねぇ。刀か何かで斬りつけられたんだろ?盗賊か何かに襲われたのかい?」

心配そうな表情になっておばさんは史蓮の顔を覗き込む。

「あ…いえ…」

「でも、幽玄先生に助けられてよかったよ。先生はここらで一番の名医だからね。」

「劉さん、」

困ったように苦笑する幽玄。

「まだ彼女は先ほど目がさめたばかりなので、すこしゆっくりさせて上げましょう」

「あ、そうだったねぇ。まあ、無理しないで養生するんだよ。なにか困ったことがあったら遠慮なくいっておくれ、ちからになるよ。」

おばさんはそう言うと優しく史蓮の肩をとんとんと叩き、幽玄に向き直る。

「じゃあ先生、この子のことお願いしますよ。」

「ええ。」

温和な笑みで頷き、史蓮に言う。

「若い娘さんに男物の着物を着せておくのも何ですので、着物を用意していただいたんですよ。お世話好きなかたなので。」

賑やかな方だったでしょう?と笑って。

「私がいては着替えができませんね。隣の部屋で薬草を煎じてますので、何かあったら呼んでくださいね。」

幽玄はそう言うと静かに室を出て行く。

それを見届けると、劉おばさんが持ってきた着物に目を落とし着替え始めた。

右肩の傷には包帯が巻かれていたが、痛みがだいぶ減った気がする。

だが…。

史蓮は着物に袖を通し、前を合わせて細帯を結びながら卓の上の黒衣と匕首に目を向ける。

黒衣を纏って匕首を帯びた娘の姿に、幽玄は何の疑問も抱かなかったのだろうか…。

幽玄の態度に、彼女を恐れる素振りも、危ういものに触れる様な素振りもない。

あるのは、心が安らぐような、安堵と穏やかさ。

衣を纏い、長い髪をゆるく一つに束ねる。

こういった着物を着るのは初めてだ。

任務の時は黒衣、それ以外のときでも男装していた彼女にとって、このような着物を着るのは嬉しさと恥ずかしさと、緊張が伴うものだった。

「娘さん、入ってもいいですか?」

扉の外から幽玄が呼びかける。

「忘れ物をしてしまいました。」

史蓮はその言葉に、扉を開ける。

幽玄は史蓮の姿にびっくりしたようだ。

「…みちがえましたよ。」

娘らしい姿の史蓮に、僅かに目を瞠るとにっこりと笑みを向ける。

そんな幽玄に、史蓮は戸惑ったような、それと同時に照れくさいのと嬉しさが入り混じった表情になる。

「…ありが…とう。」

史蓮の言葉に幽玄は笑みを返し、籠に乾燥させた薬草を三種類と薬草をすりつぶす道具を手にとると隣の部屋へ向かう。

その時だ。

「先生のお嫁さん?」

庭に面した窓から子供の声がする。

「先生、お嫁さんもらったの?」

見れば子供たちが興味津々と言った顔で史蓮と幽玄を見つめている。

「ちがいますよ、この娘さんは怪我をして倒れてらっしゃったんですよ。」

子供たちがわいわい騒ぐのに苦笑しつつ、説明する幽玄に思わず史蓮は微笑んでいた。

自然に笑みが出るなんて何年ぶりだろう。

「えっと、娘さん…名前を教えてもらえますか?」

子供たちの対応をしながら、幽玄が問う。

「…史蓮、です。」

「史蓮さん、傷が癒えるまで好きなだけここに留まっていてかまいませんから。」

茶化す子供たちに困ったような笑みを浮かべて振り返る。

「はい。」

その姿に、くす、と小さく笑って史蓮は頷いた。


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