7・ 隊長と見張り役
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ホッデスドン(イングランド)
20XX年10月21日
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(反抗…か?)
私は教室に座っている。目の前では、遺伝学の授業が始まろうとしている。教師は指し棒を使い、古い型の映写機が映し出す図を示している。白いボードには2本の染色体が描かれ、特定の区画が別の色で強調されている。
「前回は、相同染色体間で起こる遺伝子交換、つまりクロッシングオーバーについて扱いました。」と先生が言う。「何か質問はありますか?」
すると、ある男子生徒が口を開く。
「先生…もう一度クロッシングオーバーが起きて、遺伝子が元の染色体に戻ることはありますか?」
生徒たちは、その奇妙な問いにくすくす笑う。これが初めてではない。レオポルドはしばしばこうした風変わりな好奇心を見せる。それでも、教師は回答しようとする。
「その確率は非常に低い。まずあり得ないと言っていいでしょう。」
私は半ばだけ授業に注意を払いながら、さっきネイトが私に言った言葉――いじめっ子への対処に関すること――を思い返している。
(正直言って、僕はそういう、いわゆる“壮大な反抗”に向いた性格じゃない。少なくとも、この手の話題で一般的に思い浮かぶような派手な抵抗行為は難しい。今の状況から抜け出すのは…簡単じゃない。)
私はそのことを、さして苦々しくもなく受け入れる。まるで、それ以外に道はないかのように。だが、それは決して嬉しいわけではない。
(でも、無理はよくない、イーサン。今日明日で変われるわけじゃない。これから先は長いんだし、物事が変わる可能性だってある。)
先生が本題に入り、私はようやく集中する。時が過ぎ、やがて休み時間を告げるチャイムが鳴る。生徒たちはノートをまとめ始め、教師は言う。
「よし、皆さん、休憩の後で続きをやります。」
僕は机の上の紙を整えていると、また呼ばれる。
「イーサン!」
その声を認識して、即座に振り向く。
「リジー…」
大きな瞳と長い三つ編みを持つ可憐な女子が、僕のそばに立って微笑んでいる。ほかの女子生徒同様、スカートに襟元には青いリボンを結んだ制服姿だ。彼女は指先で数枚の紙をつまんでいる。
「あなたが貸してくれたノートよ」そう言って彼女は書類を差し出す。「ありがとう、書き写したわ。」
「お…おう…」僕はその紙を受け取るのに少し手間取りながら応じる。「どういたしまして。」
それ以上何も言わず、両手を背中で組んだまま、リジーはドアの方へ歩き去る。ぽかんとしたまま頬を少し赤らめ、彼女が教室を出るまで目を離さずにいると、背後から声がして我に返る。
「目がハートになってるよ!」
苛立ちと気恥ずかしさを抱えつつ振り向くと、声をかけたのはボブカットで活発そうな表情の女子生徒だ。
「ばかなこと言うなよ、マギー!」と僕はとげとげしく言い返す。
「悪いことじゃないじゃない」その子は意地悪そうな表情から打ち解けたような表情に移り、「あの子、可愛いでしょ?」と言う。
「だからこそさ」今度は無関心を装いながら答える。「僕に成功の見込みなんてないんだから、考えるだけ時間の無駄だろ。」
マギーは一瞬言葉に詰まる。それから諦めたようにドアへ向かって歩き出す。
「好きにすれば…でも、あんたの考え方、ちょっと変わってるよ。」
またしても、去っていく背中を眺める羽目になる。数秒呆然としてから、僕はただこう思うしかない。
(今日はいったい、みんな僕を言葉も出ないくらいに呆れさせてくれるなあ。)
視線をリジーが返してくれた紙へ落とす。ほんの少しの間、不思議な幸福感が胸に広がる。もしかすると彼女の役に立てたかもしれない、あるいは少しは気に留めてもらえたのかも…そんなことを考えてしまう。
だが僕は首を振って、その非現実的な期待を振り払う。幻想を抱いたところで辛くなるだけだ。
(それより、この資料、僕もちゃんと勉強しないと)ノートを見つめながら思う。(にしても…いろいろな火薬の作り方を教えるなんて、あの先生は一体何を考えてあの授業を計画したんだろう?)
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エポス(マルティア)
??年??月??日
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イーサンが連れ去られると、ようやくアンソニーはピストルをしまう。その間、准尉ノルシュマンはドーンを一瞥する。その青い瞳には疑いというより戸惑いが浮かんでいる。
「彼女は俺たちの妹だ、信頼できるよ」とサミュエルが保証する。
「確かに、君たちに似ていると思った」と准尉は言う。「よし…そういうことなら、全員が“いい奴”同士ってわかったところで、茶番は終わりにしようか?」
「まあな、ギャヴィン」とサミュエルは微笑む。「でも、正直言って、こういう茶番がどれほど役に立つのか分からないんだ。」
「理由はわかっているはずだろう。」
「でも…どういうこと?」とドーンが口を挟む。急な雰囲気の変化に驚いているようだ。「私…勘違いしてた? 彼はあなたたちの上官じゃないの?」
「そうだ、ドーン。でも今見ているのは、俺たちが外部の人間の前で見せる“形式的な態度”という芝居さ。」サミュエルは少しうんざりした様子で微笑む。「世間一般では、レジスタンス内部には厳格な上下関係があると考えられていて、そのイメージが共和国を威圧する効果が期待されている。だけど実際、その上下関係の厳しさは、見せかけほどじゃないんだよ。」
「説明が済んだなら、案内してもいいか? こっちも忙しいんでね。」とノルシュマンが促すように頷く。
「そうしよう」とサミュエルは同意する。
准尉は手のひらで短く刈った灰色の髪をなでると、その腕を腰に叩きつけるような仕草をして歩き出す。こうして彼は三兄妹をハンガーから連れ出し、船内の通路を進んでいく。
父の捕縛という事態があったにもかかわらず、ドーンはこの環境に魅了されずにはいられない。これほど巨大な航空艦に乗ったことはないのだ。廊下は果てしなく続き、防水扉つきの無数のドアが迷路のように並んでいる。
4人は幾つかの階段を上り、複数の階層を昇っていく。多少時間がかかるが、ついにエポスの最上層エリアに到達する。
「ヴェリウスはどうなった?」とノルシュマンが不意に尋ねる。
「ダメだったよ」とサミュエルが答える。
「戦闘は切り抜けたと聞いていたが…」
「あとで詳しく話す。」
彼らはある扉の前で止まる。准尉がノックすると、
「はい?」と内側から声がする。
「隊長、彼らが来ました。」
「どうぞ、開いています。」
ギャヴィン・ノルシュマンは扉を開き、3人の兄妹を部屋へ通す。これまで通ってきた殺風景な通路とは異なり、この部屋には多少目を引く調度品がある。とはいえまだ質素だが、どうやらここの隊長は若干の贅沢を許しているようだ。
ノルシュマンは中に入らず、扉を閉めて兄妹たちを中へ残す。そこでは、黒い制服を着た男が木製の机の奥から歩み寄り、柔和な笑みを浮かべて彼らを出迎える。彼の青い瞳はわずかに輝いている。
「サンダース兄妹じゃないか!」と彼は言う。「無事だと知って嬉しいよ!」
「ヤング隊長…残念ながら、すべてが順調だったわけではありません。」一歩前に出て、アンソニーが述べる。「我々の父のいる断片に到着して間もなく、共和国の戦艦が現れて私たちを攻撃してきました。積荷は回収できましたが…父はおそらく今、捕虜になっています。」
「なるほど。」
アンソニーとサミュエルが詳細を話し終えると、隊長はそう言う。「サイラスのことは本当に残念だ。彼も私もリスクは承知していたが、積荷を隠すことに成功した後で回収に問題が起きるとは思っていなかったよ。」
隊長は視線をドーンへ向ける。
「君が巻き込まれてしまったことも、もちろん気の毒に思う。」
「いいえ。」ドーンは首を振る。「私は大丈夫でした。」
「サイラスがどうなったのか、何とか突き止めてみる。」隊長は約束する。「ただ、他にも気になることがある…たとえば、共和国が彼がそこにいるとどうやって知ったのか。アンソニー、さっきスパイの話をしていたね?」
「アンソニーはそう思っているが、まだ断定はできない。」サミュエルが口を挟む。
「どう見ても怪しい。」アンソニーは言い張る。
「名前は何て言う?」隊長が尋ねる。
二人の兄弟は互いに目を合わせる。どうやら名前を思い出せないようだ。
「イーサンです。」とドーンが答える。「苗字は思い出せませんが。」
「そいつはもう拘束してあるな?」隊長が言う。「なら、じっくり調べられる。」
「隊長…父のことですが…どうなさるおつもりですか?」とドーンが問う。
「捜索計画を立てる前に、いくつか検討すべき点がある。」男は答える。
「お願いです、私も考慮してください。」彼女は頼む。「私も探しに参加したいんです。」
「ドーン。」アンソニーが割り込む。「こういうのは慣れた人間に任せたほうが…」
「じゃあ私は何もしないでいろっていうの?」少女は言い返す。「私がまるきり素人だって言えるの?私はできるし、何よりやりたいのよ。」
「今はその話題を詰めるのは早計だ。」隊長は慎重に言う。「もう少し確かな材料が揃ったら、改めて考えよう。」
ドーンは唇を噛むが、軽く頷く。兄弟は視線を交わし、アンソニーは険しい顔、サミュエルは不安そうな様子だ。
「さて、ところで…」隊長は急に声を引き締める。「積荷は…その中にあるんだな?」
サンダース兄弟の長男は、隊長が父から託された、ずっと手放さなかったあのスーツケースを指していることにすぐ気づく。彼は頷き、そのケースを机のほうへ寄せる。そして蓋を開け、中身は隊長の目にしか映らないようにする。
隊長は中身を一瞥し、その表情は読み取りづらい。そして手を伸ばして蓋を閉じる。
「よし。」と小さな声でつぶやく。アンソニーにしか聞こえないほどの低い声だ。「すぐに哲学者たちに渡そう。うまくいけば、早いうちに回収作戦に取りかかれるかもしれない。」
「何の回収です?」アンソニーもまた声を潜めて尋ねる。
男は一瞬迷うように黙る。答えるべきかどうか躊躇しているようだ。しかし、ついに心を決めたようで、ごく低い調子で呟く。
「…エネルゲイアの回収さ。」
顔を曇らせながら、私は自分が閉じ込められている小さな牢を見渡す。ここはエポスと呼ばれる船の、下層部のどこかだ。広めの廊下に沿って、囚人用の部屋が並んでいる。
廊下にはかすかな気流が流れ込んでいて、冷たく、肺を十分満たしてくれないような感じがする。実際、初めて無重力状態を経験して以来、酸素を吸い込むのが以前より難しく感じる。
独房の壁は金属製で、廊下側は一列の格子で仕切られている。中には簡素な寝台が一つあるだけだ。多くの船内と同様、光源はネオンに似たチューブ。白っぽい光が不快で、場の陰鬱さをより強調している。せめてもの救いは、少なくともこの場所がかなり清潔だということくらいだ。
私は、壁に蝶番と2本の鎖で固定された寝台に腰掛ける。ここに来てからしばらく経ち、時間が過ぎるにつれて思考はどんどん暗く沈んでいった。ついに、もう我慢できなくなる。
(こうしちゃいられない。今は状況の推移を見守るべきだ。 そしてその間に……)
保留中の考え事がいくつかある。まずは、自分がどこにいるのかを突き止めることだ。
(どこに迷い込んだか確かめなきゃ。未来? 別の惑星? いや…ここに来てからずっと、もっと異質な感覚があるんだ。まるで、さらに未知の領域にいるみたいな。 でも、その直感が何から来るのか分からない。今考えているどの仮説も正しい気がしない。)
私はそこそこの想像力と、謎めいた現象に対して論理的な説明を考える能力がある方だと思っている。でも今回は、あまりにも現実離れした出来事が相手で、太刀打ちできない。
(手掛かりが足りない…何か確実で馴染みのある基盤が欲しい。それがあれば、そこから推測を組み立てられるのに。)
「おい、お前全然しゃべらないのか?」
不意にかけられた声が、私を考え事から引き戻す。話したのは牢の外にいる若者だ。さっきまで黙ったまま、壁に背を預けて座っていた人物だ。私の位置からは、彼の日焼けした腕と、黒々とした短髪の一部しか見えない。何も言われていないが、どうやら彼が見張り役らしい。
「どうなんだ?」
少年の顔がこちらを覗き込み、私と視線が交わる。深い黒い瞳が私を見据える。年は私よりいくぶん下だろう。
「スパイだって聞いてるけど」見張り役が言う。「本当か?」
(答えたところで、誰かの考えが変わるわけでもないのに。)
とりあえず、私は首を横に振る。
「ま、仮にスパイだったら真実を言うとは限らないけどな。」見張り役の少年は続ける。「でも、正直言ってスパイっぽくはないな。」
(ご丁寧にどうも……)
「名前は? あるいはそう名乗ってるだけかもしれないけど。」
「イーサン。」
「やっと声が聞けた!」少年は言う。「俺はジム。お前を見張るのが役目だ。」
「予想はしていたけどね。」
沈黙が降りる。数秒後、ジムはまたそっぽを向く。気温は低いが、彼はタンクトップ1枚だ。そのおかげで、彼がまだ成長過程にある年齢の割に引き締まった、私よりよほど頑丈そうな体格をしているのがわかる。捕虜の見張り役としてここにいるのも納得できる。
またしばらくしてから、ジムが再び声を上げる。
「ふん!」と、彼は鼻で息をつくような音を立てる。
彼が何かを探ったりいじったりする音が聞こえる。私は気になって、少し体を傾けて彼の様子を見ようとする。少年は、この世界の人々が携えていた奇妙なデザインのピストルを手に持っている。なぜかジムは、その一部を布で包もうとしているようだ。どうやら何らかの基準に従っているようだが、私にはよくわからない。
少年がこちらを見る。
「む…何してるの?」と私は尋ねる。
「これを使うとき、粉が飛び散りすぎないようにしてるんだ。」ジムはピストルを持ち上げて答える。「練習するたび手が灰か何かで真っ黒になるんだよ。」
「えっと…どんな火薬使ってるの?」
こちらの火薬が、私の知る物質と同じとは限らない。化学の実験で、安全性に疑問がある教授からいろんな爆発物の配合を習ったことはある。しかし、テルセインの技術は「地球」のそれとは少し違うのは明らかだ。
「いつものやつだろ?」とジムは答える。
「硝酸カリウム、炭、硫黄?」
「えー…ニトロン、炭、硫黄のことか?」
(ニトロン…ギリシャ語っぽい響きがする。確実には言えないけど、硝酸カリウムに相当するのかもしれない。いずれにせよ、こいつらは地球で昔使われていたような古いタイプの黒色火薬を使っているらしいな。)
「無煙火薬は試したことないの?」と私は尋ねる。
「何だそれ?」
「火薬なんだけど、燃やしても汚れが出にくいんだ。作り方は…待って、確かニトロセルロースとエーテルとアルコールが必要だったはず。」
「おいおい、何言ってんだ?」ジムは言う。「そんな用語、自然哲学者たちが使うようなもんだぜ。俺をからかってんのか?」
「いや…やめよう。」私は首を振って会話を打ち切る。
(何でこんなことを口にしたんだ? 妙な話をすればするほど、自分の立場を悪くするだけだ。)
廊下にサイレンが2秒ほど鳴り響く。その音を聞くや、ジムはピストルを仕舞い、近くの壁に沿っているパイプを掴む。多分1分ほど経ってから、サイレンが再び鳴る。
突然、胃のあたりに妙な感覚が走る。その直後、私は寝台から浮き上がり、重みを失ってしまう。
「な、何だ…?」
「どうした?」とジムが言う。「ああ、そうか…あの合図を知らないんだな。」
「何の合図?」寝台の鎖を掴み、漂わないようにしながら尋ねる。
「そのサイレンが鳴ると、これからマグネキニティラスの一つを切るって合図なんだ。それが予告音。だから音を聞いたら、二度目が鳴る前に何かに掴まれってことさ。そんで…」
サイレンがまた鳴る。
「…三度目で重力が戻る準備、四度目で別のマグネキニティラスを点けるって仕組みだ。」
(全部理解したとは言えないが、とにかく寝台に戻った方が良さそうだ。)
鎖を頼りに寝台に戻る。四度目のサイレンが鳴った途端、重力が再び働き始める。私はため息をつき、首を振る。こんな感覚には全く慣れていない。
「その…マグネキ…何とかっていうのは一体何なんだ?」
「マグネキニティラス? 何って…」
ジムは不思議そうな顔をするが、すぐに何かを理解した様子で手のひらに拳を打ち付ける。
「なるほど…お前、外国人か。変な訛りがあると思ってたんだ。」
「そういうことにしといてくれ。」私は頷く。「で、その装置は何なんだ?」
「要するに、この飛空艇で磁力を発生させる発生器さ。」ジムは、無重力状態で飛ばされた白い奇妙な帽子を被り直しながら言う。「そいつのおかげで、俺たちは断片上と同じように歩けるってわけ。」
「ねえ、ジム?」と私は声をかける。「いくつか概念を説明してくれないかな。どうして島から離れると浮き始めるのか、知りたいんだ。」
このライトノベルのこの章をお読みいただき、本当にありがとうございます。この作品は翻訳されたものであり、誤訳や不完全な表現が含まれる可能性があります。その点についてはどうかご容赦ください。それでも、この物語を皆さんにお届けできることを、とても嬉しく思います。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです!
もし気に入っていただけましたら、ブクマや評価をいただけると嬉しいです。特に、広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】からポイントを入れていただけると、大変励みになります!★の数は皆さんのご判断にお任せしますが、★5をつけていただけたら、最高の応援になります!
この物語に美しさと深みを加えてくださったエレナ・トマさんの素晴らしいイラストに心から感謝します。
それでは、また次回お会いしましょう!