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素人が修行を重ねることにより、先達者達を追い抜く。そんなサクセスストーリーは、いつの時代にも好まれてきた読み物だ。
番組を成功させるため、その型を利用したいと考えたプロデューサーたち番組の制作者は、自然と祐美押しで番組を構成し始めた。筋書き(やらせ)というものだ。
したがって、ゲストコメンテーターたちのコメントも、放送されるのは、
「祐美さんの成長が楽しみですね。」
といった方針に当てはまるもののみ。
強制的に視聴者が祐美に注目するように仕向けられていたのだが、こうして番組の主人公は決まり、ある程度弾ける藍子を、祐美が追いかけるという構図が出来上がった。愛されキャラの颯太は、また、別次元で物語を展開すれば良いだろう。
司会者による挑戦者の紹介と本人達による自己紹介の後、それぞれへの課題曲が発表された。
それぞれの実力が違うことを考慮して、専門家の意見を取り入れて決定したという課題曲。
藍子は、街角でそれなりの演奏を披露してしまったため、最も難しい課題曲を言い渡された。
「自分が好きな曲を弾いただけなのに・・・。」
と悲しそうな表情で小さくつぶやくが、周りは無反応。
他の二人の演奏者に比べて確実に秀でていると判断され、勝手に実力者とレッテルを張られた彼女には明らかなハンデが課されることになった。
藍子の課題曲は、ショパンの『英雄ポロネーズ』という、ピアノを買ったときにおまけで付いてくる楽譜にはあまり載っていない難しい曲だ。渡された楽譜は、細かく黒くページ数が多い。
有無を言わさず、この曲に挑戦することになってしまった彼女。そして、指導をする講師も、演奏会などで忙しい有名ピアニストが割り当てられるなど、一見、幸運にも見えるが、ハンデが積み重ねられていく。
「全国で演奏会を開催するほどの実力者に指導をしてもらえるチャンスなんて、滅多にないですよ。」
と、あたかも
彼女が優遇されていると印象付けるようなコメントを残す司会者。
「確かに。」
と、本人も視聴者も納得させられてしまっているは致し方がないか。
・・・
颯太には、本人から「恋の曲」を弾いてみたいとの希望があったため、ベートーベンの『エリーゼのために』が選定された。誰もが知っている有名な曲で、日常の会話でも話題にしやすい。物悲しい雰囲気を纏う曲調は、真面目に練習して曲を捉えられれば、お調子者にも見えてしまう彼の印象をガラッと変えてくれるかもしれない。
指導する講師も、彼のモチベーションと技術の向上につながればと、若い女性のピアニストが選ばれた。
持ち前のムードメーカーな雰囲気を隠しきれてはいないが、課題を前に、
「精一杯、取り組ませていただきます。」
と、真面目なコメントをした彼は、女性視聴者から支持を受けそうなので、番組にとっては期待の星扱いとなっていた。
素直なために上達も早そうではあるが、今の段階では、指が回らない、広がらないなどのブランクの長さが目立つ。それでも、勝つためにと厳しく指導する講師が決めた練習をきっちりとこなしていくだろうと、期待されていた。
・・・
祐美に渡された課題曲は、ショパンの『ノクターン』。こちらの曲も人気かつ有名な曲で、夜想曲という訳から想像する通り、夜に合う落ち着いた曲調が心地よい。
ピアノを習い始める人達から、弾いてみたいと一定の支持がある一曲で、伸びしろがありそうな彼女にピッタリだと選ばれたらしい。それに、人気曲は、聞いたことがある分、練習にも取りかかりやすいだろうとのことだ。
タンタンーーータンターターーターー
と、バック試演奏が流れていた。
・・・
こうして、それぞれに渡された課題曲だが、すべての曲を知っている人は、その偏りに驚いていた。
音楽に疎い、プロデューサーが独断と偏見で選んだと言えば納得してくれるかもしれない。