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一週間後、プロデューサー達スタッフの頑張りにより、メインキャストとなる一般人3人が選ばれた。
会議を重ねるにつれ、番組の期間が1ヶ月と短いため、全く楽譜が読めない等、いろはから始めるのは難しいと悟ったスタッフ達は、慎重にキャストを選んでいった。
もしこれが、半年、一年をかけたドキュメンタリー番組であれば、本当のまっさらな素人1人を選んで密着した方が番組的には盛り上がるであろう。日々の成長は編集によりドラマチックに演出され、人々の興味を惹けるかもしれない。
しかし、用意されたのは1ヶ月。この状況である程度の成果を求められるのであれば妥協は必要。
そして、そんな裏話があったことを、出演者、視聴者には気付かせてはならない。
あたかも、最初からそんな企画であったかのように「素人」は「ある程度弾ける素人」に置き換わっていった。
また、短期間であることを逆手に、人数を増やし、バトル形式とすることにした。
そんなスタッフ達の葛藤の末、メインキャストに選ばれたの3人。
押しに弱そうなおとなしい藍子、目立ちたがりやの颯太、アイドルのように顔立ちの整った祐美。
この三人が、一か月の準備期間をもって、勝負をすることになった。
・・・
挑戦者の一人目である藍子の街角での演奏はというと、今も趣味でピアノを弾いているとのこともあり、拙く途中で何度か止まりながらではあったが、暗譜で一曲を弾ききった。
はじめ、ピアノの前に連れていかれた彼女は、インタビュアーに、
「一曲、お願いします。」
と言われても乗り気ではなく、断ってその場を離れようとしていた。
ところが、インタビュアーが、
「弾いてくれる人が誰も見つからなくて、本当に困っているんです。」「今日、帰れるかどうか。」
などと涙眼で、泣きそうな声で説得を試みると、気の毒に思い、しぶしぶではあったが、
「あまり、上手くないけどいいですか。」
と、最後には許諾して弾いたのだった。
謙遜の言葉を述べてから始まった彼女の演奏は、ミスタッチや弾き直しが目立ったが、一曲を弾ききる実力の持ち主でもあることが窺われた。
二人目の颯太が、
「今はこれしか弾けません。」
と断って披露したのは、黒鍵を駆使した「猫踏んじゃった」であったが、その大きな手から生み出されるダイナミックな音は、街行く人の足を止め、視線を集め、彼の演奏を印象的に轟かせていた。
誰にでも堂々と話す物怖じしない性格と、明るい髪の色のせいか、「チャラい」とか「パリピ」とか言われるのが悩みだという彼が、
「練習に真面目に取り組んで、演奏で愛を語れるようになりたいと思います。」
と、軽い発言をしたのはキャラを通すつもりなのか。やや残念な感じは否めないが、もう少し弾いてほしいとのインタビュアーのリクエストに、
「指連でもいいですか?」
と披露したハノンの練習曲は、昔、真面目に取り組んだで取ったであろう杵柄を感じさせる。
その淡々と弾きこなす様子に、積極的に練習に取り組んでくれるだろうと好印象を持ったプロデューサーは、すかさず彼にオファーを出した。
「ピアノは初めてなんですよね。」
そう言いつつも、楽譜を見ながら一つ一つの音を正確に弾いていく三人目の挑戦者、祐美。
「でも、ずっと、習ってみたかったんです。」
しなを作って可愛らしさをアピールしながら前向きな発言をする祐美は、スマートフォンで検索した楽譜を見ながら、ゆっくりと演奏していく。
「エレクトーンなら、昔、ちょっと習ってたんですけど。」
などと、その後も楽しそうにおしゃべりをしながら、たどたどしい演奏を披露。その実力は不明だが、伸びしろも不明。少なくとも楽譜を読むことはできるので、化けるかもしれないと期待されて選ばれたらしい。
というわけで、オーディション等無いまま、スタッフ達の独断で、この3人が1ヶ月をかけてピアニストを目指して競うことが決まった。