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悪霊探偵  作者: エビス
第一章「人喰いマンション」
9/21

黒い影

最後に少しだけ残酷な描写があります。

苦手な方は注意して下さい。

手がかりを探して、私と阿部は駅前から夏海の自宅マンションまでの道のりを歩く。


行方不明当日、夏海が使ったであろう道。

私からすれば夏海と一緒に帰った事もある道だ。


だから、もしかしたら私にしか見つけられない手がかりがあるんじゃないか、という淡い期待もあった。


でも、


(なにも見つからない…!)


今の時刻はお昼時、


丁度夏海が消えた時間帯と同じだ。


駅前こそ人で混んでいたが、一歩マンションのある住宅街に踏み込むと周囲は閑散としており、人通りはあまりない。


辺りを確認しながら進んで行くが、これと言った手がかりも見つけられなかった。


(どうしよう…)


覚悟はしていたつもりだった。


だけど実際に探索してみると、自分の想像がいかに甘いものだったか思い知らされる。

自然と足取りも重くなって、焦りと嫌な重圧が肩にのし掛かかってきた。


そんな私に向かって、隣を歩く阿部が口を開く。


「あまり気を落とさないで下さい。 この程度の捜索で見つかるなら警察がとっくに見つけています」


それは励ますような、こちらに気を遣った一言だった。

阿部は続けて言う。


「更に言えば、見つからないという事は警察が捜査した範囲にはいないという事です。 なので俺達は、警察の捜査が甘かった部分を調べてみましょう」


警察の捜査が甘かった部分?

どこの事を言ってるんだ?


ちょっと考えてみたが皆目見当もつかない。


「それって、例えばどんな場所を指してるの…?」


しょうがないので阿部に聞いてみる。

すると彼はあっさり教えてくれた。


「これから行く杉山さんのマンションです」


「えっ? でも、報道だとマンションに夏海が入った形跡はなかったみたいよ?」


「そうですね。 ただ俺は、犯人が土地勘のある人間だと考えてますから、形跡がないというだけでマンションの住人がシロだとは思ってません」


「いや、そうだとしてもマンションの住人を全員調べるのは…」


どう考えても無理。

そもそも名前も、住んでいる人数も不明なのだ。


阿部もそれは百も承知で、


「分かっています。 ですので先に杉山さんの部屋を探しましょう。 土地勘のある人間ということは、杉山さんとも顔見知りの可能性が高い。 何かしらの手がかりがあるかもしれません」


そんな風に話しながら歩いていくと、徐々に見慣れた建物の輪郭が見え始めた。


私は、その建物を指差す。


「あれが夏海の自宅があるマンションよ」


阿部も私が指差さした方向に顔を向けた。


「あれですか。 随分と良い建物に見えます」


「ええ。 ここら辺では結構良いマンションの筈よ」


なんせ夏海のお父さんは、広く名前の知られている会社の社員だ。

このマンションの家賃がどれくらいかは分からないが、払えるだけの収入はあるんだろう。


その事を阿部に話す。


「なるほど」


「それで、着いたら夏海の部屋を調べれば良いの?」


私が聞くと阿部が頷く。


「出来ますか?」


「たぶんね……おばさんを言いくるめるようで気が引けるけど」


「それでもお願いします。 探して欲しいのは日記やメモ帳といった日々の記録、それとスマホや財布、着替え等がないかです。 俺はマンションの周囲を見て回ってますので、終わったらこれに連絡を下さい」


そう言って阿部は一枚のメモ用紙を渡してくる。

受け取って見てみると、それには携帯の番号が書かれていた。


「これって…?」


「俺の携帯番号です。 それではよろしくお願いします」


阿部はマンションの入口が近づくと歩く速度を上げ、私を追い抜く。

そのまま脇にある専用駐車場からマンション裏手に消えていった。


一人残された私は入口前で貰った紙を眺め、呟く。


「私の番号教えてないわ。 まぁ、あいつの番号は分かってるんだから掛ければいっか」


そして、紙に書かれた番号をスマホの電話帳に登録してからマンションへと入る。

入ると直ぐにエントランスにあるインターホンで夏海の自宅を呼び出した。


何回かのコールの後、夏海のお母さんの疲れた声が聞こえてくる。


『はい……杉山です…』


「あっ、おばさんですか? 香織です」


『ああ、香織ちゃん・・・』


だいぶ警戒した声色だったが、私だと分かるとおばさんは安心した声を漏らす。

それだけでこの一週間の心労が察せらて心が痛むが、それを押し殺して嘘をつく。


「すいません、こんな時に。 実は夏海に教科書を貸してたんですけど、私も必要なので返して貰えないかなと」


『本当? あの子ったら…ごめんなさい、直ぐに開けるわね』


おばさんは呆れたように言うと、エントランスの自動ドアが開いた。


私はお礼を言ってインターホンから離れると、開いたドアを通って、中へ入る。


そしてエレベーターに乗り込むと、夏海の自宅がある階のボタンを押した。

運良くエレベーターは一度も止まらず目的の階で停止したので、降りて通路を進み、夏海の自宅のチャイムを鳴らす。


すると直ぐに玄関でおばさんが出迎えてくれた。


「こんにちは、香織ちゃん。 どうぞ」


「ありがとうございます。 お邪魔します」


案内されて室内に通される。

ここに来るのはこの前の期末試験で夏海に勉強を教えてた時以来だ。


つまり最近なのだが、その頃と比べ、随分と変わっている。

物が散らかっていて、あまり掃除もされていない。


そんな事をしている余裕もないのだろう。


また心が痛んだがグッと堪えて口を開く。


「本当にすみません」


「良いのよ。 それよりごめんなさい、私も手伝えたら良いのだけど…あの子の部屋に入ると…何故か苦しくて……」


「いえ、直ぐに探してきます」


そう言って頭を下げると夏海の部屋へ向かう。


彼女の部屋は廊下の突き当たりの右側、何回も来てるから迷う事はない。


部屋にたどり着くと中へと入る。

夏海の部屋の中は最後に来た時とあまり変わってなかった。


全体的に薄いピンク色をした、私の勉強道具しかない殺風景な部屋と比べると、かなり女の子らしい部屋。


色んな思い出のある部屋だ。


ここで勉強を教えたし、下らない話しで盛り上がったりもした。


全部、大事な思い出。


でも、今は懐かしんでいる場合ではない。


「よし!」


余計な感情を叩き出す為に、両頬を叩いて気持ちを切り替える。


手がかりを探さないといけない。


阿部に言われたのはスマホや財布、着替えの有無、それと日記やメモ帳だ。


まず、衣服を確認するためにタンスとクローゼットを開けたが、特に減っているようには見えなかった。

お気に入りのコートはクローゼットに入ったままだし、シャツや下着はタンスの中に綺麗に仕舞われていた。


次に、机の上を探す。


タンスやクローゼットの中とは違ってだいぶ乱雑になっている机の上には、手付かずのまま放置された夏休みの課題があった。


だが肝心のスマホや財布はなく、日記帳らしきものも見当たらない。


辛うじて見つけたものといえば、卓上カレンダーに挟まっていた映画の前売り券ぐらいだ。


(そういえば、見たい映画があるとか言ってたっけ)


おそらく私と見に行くつもりだったのだろう。

日付を確認してみると一週間前、行方不明になる前に買ったものだった。


(一応、阿部に見せてみようかしら)


そう思ってスマホで前売り券の写真を撮ろうとした時、部屋の外から声がした。


「香織ちゃん、見つかった?」


おばさんの声だ。

時計を確認すると調べ始めてからだいぶ時間が経っている。


「あ、ありました! 今出ます!」


慌てて返事をして、何かの手がかりになればと、スマホで撮れなかった前売り券をポシェットに押し込む。


そうして部屋を出た。


「すみません、時間掛かっちゃって」


部屋の前にいたおばさんに頭を下げる。

彼女はそんな私に「いいのよ、見つかって良かったわ」と言ってくれた。


おばさんに玄関まで送ってもらい、去り際にもう一度お礼を言って、外に出る。


来た時と同じ道を通って階から出ていき、エントランスまで来ると、スマホを取り出して登録した阿部の番号に掛けた。


『もしもし、阿部です。 どちら様ですか?』


電話口から淡々とした無機質な声が聞こえてくる。


「私よ、柊。 終わったけど、あんた何処にいるの?」


『マンションの裏手です。 柊さんは入口ですか?』


「ええ、そうよ」


『分かりました。 これから戻ります』


「待ってるわね」


阿部との通話を切り、一息ついているとマンションの中から出てきた人に声を掛けられた。


「おや、柊ちゃんかな?」


「あっ、管理人さん。 こんにちは」


声を掛けて来たのは、六十代くらいの顎に白い髭を生やした人の良さそうな男性で、この暑さの中、長袖長ズボンを着て、手にはペンキを塗るローラーを持っている。


このマンションの管理人の立花(たちばな)さんだ。


始めて夏海の自宅に遊びに来た時、オートロックの開け方を教えて貰ったりして面識がある。

かなり信頼出来る管理人みたいで、夏海も信用していた人だ。


「こんにちは。 どうしたんだい、そんなところで?」


「ちょっと貸していた物を取りに夏海の家まで行ってました。 今は連れを待たせて貰ってます」


私がそう応えると立花さんは悲しそうな顔をして目を伏せた。


「そうか…夏海ちゃんの家に…心配だよね」


「ええ、夏海は……友達ですから」


「そっか…そうだよね。 よく二人で遊んでたものね。早く見つかると良いんだが…」


管理人さんは口元を抑えて言う。


その時、背筋がゾッとするぐらいの悪寒が走り、管理人さんの背後に一瞬、黒い影のようなものが見えた。


(……っ!? あれっ?)


でもそれは本当に一瞬の出来事で、夢か幻か判断出来ないほどだった。

再度見ても管理人さんに黒い影は見えない。


私の気のせいか?


「柊さん」


不思議に思って首を傾げているとまた名前を呼ばれた。

声のした方を見ると、今度は駐車場の方から阿部が歩いて来ていた。


阿部は傍に来ると立花さんに視線を向ける。


「このマンションの管理人の立花さんよ」


「立花です。 よろしくね」


私が紹介すると笑顔の立花さんが阿部に向かって挨拶する。


それに対して阿部は、


「………」


何も応えない。


固まったまま、まじまじと立花さんの全身を凝視している。


そして、その顔には何故か警戒の色が広がっていた。


「阿部?」


「どうかしたかな? 私の顔に何か付いてるかい?」


「いえ……失礼しました。 阿部と言います」


そう言って阿部は頭を下げる。

だが、その声は普段より少し低い気がした。


微妙な空気が流れる中、それを変えるように立花さんが口を開く。


「そうだ! これから休憩にしようと思ってたんだよ。 君達もどうだい?」


「結構です。 行きましょう、柊さん」


「あっ、ちょっと!」


阿部は立花さんの提案を断り、私の手を掴むと歩きだす。

まるで一刻も早くマンションから離れたがっているみたいに。


「ど、どうしたのよ! ねぇ!」


聞いても答えてくれない。

そのくせ引っ張る力は思ったより強く振りほどく事が出来ない。


私は諦めて引っ張られながら立花さんに叫んだ。


「す、すいません! また今度! さようなら!」


「ああ、うん、さようなら。 気をつけてね」


何とか別れの言葉だけは伝えると立花さんは苦笑いで見送ってくれる。


そのまま私は阿部に引きずられるようにしてマンションから離れていった。


































「やれやれ……あの反応はやっぱりそうだよね。 ここも潮時かな?」


白い髭を弄りながら立花が呟く。

手には先ほどのペンキ用のローラーではなく、ハンマーと買い物袋が握られている。


彼は笑顔を張り付けたまま、薄暗い地下通路を進み、途中で立ち止まる。

そこには頑丈そうな鉄扉があり、外から閂式のロックがかけられていた。


それを外して中へと入る。


中は打ちっぱなしのコンクリートで出来た狭い部屋で、豆電球が一つに簡易トイレがあるだけの劣悪な牢獄になっていた。



その檻に捕らわれて、床に転がされている人間が一人、



その人物は後ろ手に手錠を掛けられ、足はガムテープでぐるぐる巻きにされている。

口にも猿轡を噛ませられていて、声が上げられないようになっていた。


胸が僅かに上下していることから息はあるようだが、意識は無い。


立花はその姿を一瞥すると、持ってきた買い物袋からタオルを取り出し、転がっている人物の顔に乗せた。

続けてペットボトルを取り出すと、中身の水を、タオルの乗った顔目掛けてかけ始めた。


「がごっ! ぶあっ! ごほっ!!」


いきなり水をかけられ飛び起きたその人物は、拘束された身体をよじって激しくのたうち回る。

その様子を、立花は張り付けたままの笑顔で眺めていた。


やがて水を掛け終わると顔に乗せていたタオルを取り、荒い呼吸を繰り返す、縛られた人物の頬を叩く。


「おはよう、()()ちゃん。 良い夢見れたかい?」


「げほっ…! んぐっ……! んんっ!」


床に転がされ、身体中を水で汚した杉山夏海は立花の顔を見ると恐怖で顔を歪め、距離を取ろうとする。


だが、拘束された身体でまともに身動き出来る筈もなく、芋虫みたいに這うのが精一杯だった。


「流石に若いだけあって体力があるね。 良い事だ」


立花は少し嬉しそうに言うと、続けて口を開く。


「だが、仕方なかったとはいえ、未成年の君を拐ったのはマズかった。 警察は誤魔化せたけど、厄介な奴を呼んでしまったみたいでね。 あっちも確信は無さそうだけど……時間の問題だろうな。 変なリスクは負いたくないし、正面から戦うのも趣味じゃない、となればさっさと逃げないとね。 その前に……君はどうしようかな?」


立花は持ってきたハンマーを手に取り夏海に見せつける。

床に這いつくばる彼女の顔がさらに恐怖で歪む。


それを見た立花は張り付けた笑みを深くして、とても人間とは思えない笑みを浮かべた。


同時に禍々しい黒い影が牢獄を覆っていく。


夏海の目にその影は見えなかったが本能的に理解できた。


底冷えし、生き物を恐怖させるドス黒さを。

天国でも地獄でもない、この世界だからこそ生まれる、淀みを。



その名前は、悪意。



それに無防備に晒された夏海は目から涙を流して必死に叫ぶ。


「んっー! んんっー!」


「安心していい、簡単には殺さない。 なんせ(人間)は大事な食糧だからね。 君の恐怖と苦痛が(悪霊)の糧となるのさ。 だから、これは念の為だ」


この場の悪意の元凶は、そう告げるとハンマーを持ち上げ、躊躇なく夏海の脛に振り下ろした。


くぐもった絶叫が地下に響き渡る。



それに気づく者は、誰も居なかった。


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