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悪霊探偵  作者: エビス
導入
6/21

俺も探します

「そう、阿部くんの高校の同級生で・・・」


「世間は狭いっすね。 あっ、自分、小熊(おぐま)一宏かずひろっていいます。 よろしくです」


スーツ姿の男性は、プロレスラーのようなゴツい体格に反し、とても人懐こい笑みを浮かべると挨拶してきた。


「ど、どうも・・・(ひいらぎ)です」


それに吃りながらも挨拶を返す。


そして、小熊と名乗った男性から目線を移し、夏休みだというのにきっちり制服を着こんで私の目の前に座っている男、阿部(あべ)修良(のぶよし)を見た。


彼もまた無表情でじっとこちらを見ている。

その視線が私の視線とぶつかり、頭の中に疑念が生まれる。


どうしてこの男が探偵事務所に居る?

どうして私の目の前に座っている?


これは全て偶然なのか?



それとも・・・



駄目だ、考えが上手くまとまらない。

やるべき事、聞くべき事が分からなくなっている。


そんな風に私が混乱して黙っていると、阿部が先に口を開いた。


「それで、柊さんはどのような用件で来たのでしょうか?」


いつもと変わらない、酷く平坦な声がした。

この状況にもまるで動じているようには見えない。


そんな阿部の態度によって、私の中で混乱と一緒にある感情が生まれる。


それは苛立ちだった。


私がこんなに混乱しているのに、阿部だけが冷静な事だったり、夏海が見つからない事への不安だったり、依頼も出来ない事への理不尽さだったり、そんな感情がごちゃ混ぜになった苛立ちだった。


そのせいで、阿部の質問に答える私の声も早口でぶっきらぼうなものになってしまう。


「もう知ってると思うけど、夏海が行方不明になったの。その行方を調べて欲しかったのよ」


――どうせあんたはこれを聞いても何も感じないんでしょ――


私が放った言葉にはそんな考えも多分に入っていた気がする。

だが、言ってしまった後で罪悪感が押し寄せてきて、目を伏せた。


分かってるんだ。

阿部は何も悪くない。

当たり散らすような真似は絶対に良くない。


(謝ろう・・・)


そう思って伏せていた目を上げて阿部を見る。


すると、


(えっ?)


ほんの僅か、けど確かに阿部の表情が変わっている。


傍から見たら「どこが?」と言われてしまうような変化だが、それでも常日頃から彼を見ていれば目がいつもより大きく見開かれている事に気づく。


それは明らかに私の言葉によって起こった反応で、出会ってから初めて見た阿部の動揺の表情だった。


それが、また私を混乱させる。


(な、何で・・・? 夏海が行方不明な事は知っているでしょ・・・)


下火になったとはいえ、ここ一週間、世間はこの話題で騒いでいたし、何より生徒には学校から連絡があった。


特にクラスメイトや部活動の部員は夏海の行方について知っている事がないか聞かれている筈だ。


知らない訳がない。


「阿部も知ってるわよね?」


一応、念のために聞いてみる。

まさかそんな訳ないだろうと思って。


だが、彼は首を横に振った。


「いえ、今知りました。 いつから行方が分からないのですか?」


「一週間くらい前からだけど・・・」


私がそう言うと小熊と名乗った男性が突然「ああ・・・」と声を上げた。


「俺らさっきまで山ん中だったんで」


「や、山?」


思いもよらない場所の言葉が出て来て困惑する。

そんな私を余所に小熊さんは続けた。


「訳あって俺と阿部くんで入ってまして。 その間、携帯が圏外だったんでここ一週間の出来事まったく知らないっす。 帰ってきたのも今さっきなもんで、完全に浦島太郎状態っすよ」


「そ、そうなんですか・・・」


苦笑いで誤魔化すが新しい情報にまた頭がこんがらがる。


山に一週間も籠る理由って何だ?

キャンプ?学生服とスーツで?


すごく気になる。

でも質問するのは止めておいた。


はぐらかされそうな気がしたし、何より理由を知った所で夏海が見つかる訳でもない。


それにさっき氷沢さんに言われた。

未成年の私ではそもそも探偵に依頼は出来ない。

両親を説得できれば良いのだが、生憎とそんな自信はなかった。



ならば、もうここに長居する理由もないのではないか?



ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

そしてそれは考えれば考えるほど正しい事のように思えた。


確かに気にはなる。主に阿部の事が。


でもそれは今考える事ではない。

今は夏海の行方を探す方が先決だ。


(ここに居ても混乱するだけで依頼は出来ないし、警察も当てにならない。 ならもういっそのこと・・・)


「あの、ありがとうございました。 両親と相談してからまた来ます。 お手数をお掛けしました」


そう言って氷沢さんに頭を下げる。

その様子を見て、彼女は慌てて口を開いた。


「いえいえ・・・! こちらこそせっかく来てもらったのに何も出来なくて申し訳ありません・・・」


「いえ、それでは失礼します」


そのまま席から立ち上がり、事務所の出口に向かう。

そしてドアを開けて出て行こうとしたその時、私の脇から手が伸びてきて先にドアが開いた。


「・・・・・・えっ?」


呆然とする私を置いて、阿部が先に外に出る。

去り際に私の耳元で「送ります」とだけ言って。


「なっ・・・! ちょっと待ちなさい! あっ、ありがとうございました! 失礼します!」


言われた言葉の意味を理解するのに若干時間を要したが、氷沢さん達にお礼を言って阿部を追いかけて事務所を出る。


出た瞬間、ムワッとした熱気が身体に襲いかかるが、不思議な事に不快感はそれほど感じなかった。


階段をかけ降りてビルから出る。

そして外で待っていた阿部に声をかけた。


「阿部・・・!」


私が名前を呼ぶと彼は言う。

相変わらずの無表情な顔で。


「それでは、杉山さんが行方不明になった時の状況を教えて下さい」


「はっ?」


「柊さんは思慮深く、考えてから行動する方だと思うので、事務所に来る前にテレビやネットにある情報は調べ尽くしている筈です。 歩きながらで良いので教えて下さい。 小熊さんが言ってた通り、俺はここ一週間の話題には疎いですから」


淡々と、それでいて普段の学校生活ではあり得ない程の文字量を阿部が喋っている。


その事に驚きながらもなんとか聞き返す。


「い、いや・・・あんたそれを聞いてどうするのよ?」


すると、阿部は短く一言で答えた。


「俺も探します」

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