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諸悪の根源

◆◆◆


 景和は瞬氏を調べていた。

 だから、景和は丁重に青波を扱ったのだ。

 急いで、自室に戻ったのも、瞬氏の子孫である青波とじっくり話がしたかったから。

 ――くだらない。


「ばかばかしい。八百年も前に滅びた王族の末裔なんて、何もないですよ。ちっぽけな術の一つも、今はろくに使えないんですから」

「えっ? 使えないんですか。術が」

「ええ。まあ。だから、私も焦って……」

「そうでしたか」


 どういうわけか、景和は感極まって、目頭を押さえていた。


「鎌をかけてみて正解でした。やはり、瞬氏は異能を使うことができるんですね。滅びても八百年、脈々と受け継がれた伝統。感動です。結婚して欲しい」

「いや、それは無理かと」


 さらりと言われたので、青波もあっさり返してしまった。


「無理ですか? 宦官のことを気にしているのでしたら、私の場合、瞬家以外の人間に欲を持たないことを陛下はご存知だったので、宮刑にされたふりをして、学司になったので、問題はないはずですが」

「問題しかないですよ」


 さすが春霞。適当も良いところだ。


「瞬家の末裔と縁を持つことが出来たら、滅んだ王朝についての正史、術の発動条件、すべて教えてもらえるじゃないですか。学司なんて、即辞められるのに」


 景和は少年のように瞳を輝かせ、悪びれることなく、青波を利用したいと吠えている。

 ――恐ろしい。


『だから、この男を貴方と会わせるのは嫌だったんだって!』


 春霞の怒りが頭上で炸裂していた。

 彼は最初からこうなることを予見していたのだ。だったら、無理にでも止めて欲しかった。


『ほら、早く行こう。青波。こいつは危険なんだよ』


 春霞が青波の周囲を旋回しながら急かすので、青波は慌てて腰を浮かした。


「すいません。先生。やっぱり、私、他を当たります」

「ま、待ってください」

「婚姻は無理ですって」

「違います。そうじゃなくて。一つ訊きたい。術が使えなくなったのは、いつからですか?」

「それは……」


 彼に下心がないことを察した青波は、正直に話した。


「気づいたのは、二カ月くらい前です。最初は調子が悪いのだと、放置していたのですが、皇城に対してだけ術が使えなくなっていったので気になって……」

「なるほど」

「まさか、心当たりがある……なんてことはないでしょうけど」

「ちなみに、その頃でしたら」

「えっ! あるんですか?」


 滑らかに景和が語り始めたので、青波は目の色を変えた。


「確証はありませんが、確か、その頃、瞬氏に関する秘伝が発見されましてね。瓦に描かれた象形文字を、私は必死で解読していたんです。本当に面白くて。描かれていたことを試して回ったんですよ。……で、その一つに瞬氏は神符なるものを「神」の化身として崇めていたとあったので、私が真似て書いてみたところ、素晴らしいから、崇めてみようということになったんです」

「崇める? なぜ? 透国には神がいらっしゃいますよ」

「ええ。でも、沢山の神が護ってくれたら、有難いですよね。この国の神と、瞬氏の神が力を合わせてくれたら、こんなに凄いことはありません。効果二倍です」

「透国の神と、瞬氏の神に対して、失礼なことをしているという自覚はない……と?」

「瞬氏の神符を再現することは、歴史を紐解く上で、重要なことです」


 ……どうしたものか。

 常識が噛み合わない。

 だが、相入れることのない会話は、景和の方が断ち切ってくれた。


「それで、皇城の主だった場所に、量産して貼ってみようということで」

「貼っちゃったんですか?」

「はい。百枚ほど。今、貴殿の話を聞いてみて、得心しました。守護の力の強い札は、貴方の術を退けることが出来るのですね。……私、凄くないですか?」

「そんなことどうでも良いので、即刻、それ……はがして頂けませんか」


 ――最悪だ。

 青波は両手を床について、深く重い溜息を吐いた。

 ―――犯人は、景和だったのだ。

 良かれと思って神符を貼ったら、結果的に、それが青波の術を退けてしまった。

 こんな痛い結末を知るために、悩んでいたのかと思うと泣きたいくらいだ。


「しかし、青波殿。私の一存で札をはがすことはできません。それを命じたのは、他でもない」

『わわわっ!』


 慌てて部屋の隅に隠れて、小さく蹲っている春霞を、青波はきつく睨みつけた。


「陛下」


 ……酷い。

 春霞は後ろめたいことがあるから、青波を景和に会わせたくなかったのだ。そして、会ってしまった後は、早々に引き離そうと煽っていた。

 ……つまり。

 彼は神符の効果を知った上で使用し、青波をわざと皇城まで誘き寄せたのだ。

 護神法が使えないと知れば、必ず青波が動くだろうと、最初から読んでいた。


「陛下の仕業だったんですね。一体、こんなことをして、どんな利があるのですか? 私に対する嫌がらせですか?」


 景和はきょとんとしながらも、しかし、言葉自体は通じていたので、穏やかに首肯していた。

 その景和の背に隠れて、春霞は必死に叫ぶ。


『だから、青波。狙われているのは、本当なんだって!』

「つまり、暗殺以外は全部、陛下の意図したことだと?」

『えーっと』

「ああ、そういえば」


 景和がぽんと手を叩いた。


「一ヶ月前、陛下に瞬氏特製の幽体になる薬なるものも、作ってさしあげましたね」

「……はっ?」


 頭が……真っ白になった。


「瞬氏は昔それを同族同士で使って、やりとりをしていたらしいです。私には効かないので、失敗なのか、瞬氏でないと効かない薬なのか分からなかったのですが……。一応、陛下には幽体になると三日程度で元に戻ることと、副作用が怖いので、使用には慎重になるよう、書簡でお伝えしました。でも、私には効かないのに、陛下に効くなんてことは……」

「へえ」

『効いた……みたいね』

「……へえ」

『ごめんなさい!』


 春霞は流れるように飛んで、青波の前にひれ伏した。


『でもさ、神符を貼ったから、青波は私を気にして後宮に来てくれた訳だし。私が幽体にならなかったら、尚寝殿にいた貴方の所に行くことも出来なかったでしょう。この件に関しては、私一人でケリをつけたかったから、貴方には関与して欲しくなかったんだ。だから「護神法」も使って欲しくなくて』

「だったら、なぜ、殺されそうだと、私に仰ったんでしょう?」

『それは、青波が私のことを心配してくれたら良いなって。……つい』

「つい?」

『信じられないよね? でも、これだけは言わせて。私には貴方しかいないんだ。私は潔白で、身体も清いままなんだ』

「別に、身体のことは、どうでも良いのですが……」


 身の潔白と、操の潔白をごちゃまぜに訴えられても困る。


「ともかく、最初からご説明をして頂かないと」


 ――と、話している側から、足音と共に、大きな声が届いた。


「恐れながら!」


 奇異な目で青波の様子を観察していた景和が、瞬時に表情を切りかえた。


「何です?」


 景和の従者だろう。声が震えていた。


「正妃様が霜先生にお会いしたいと、こちらに」

「私にですか?」


 想定外のことが起きているようだ。

 悪名高い正妃が来襲するなんて、天変地異にも匹敵しそうだ。


「ともかく、青波殿は隠れて」

「待って下さい。隠れるところなんて、何処にも」


 鬱蒼とした書物の密林は、人が隠れる程の隙間さえ、持っていなかった。まだ少し時間があるだろうと、急いで場所を空けていたら、すでに手遅れだったらしい。


『青波』


 春霞の囁きと共に、青波の背後から、鋭い声が飛んできた。


「そこのお前、ここで何をしているの?」


 漲る殺気に、青波の動きはぴたりと止められてしまった。

 正妃の峡 汀。

 彼女がもたらす緊張感に比べたら、景和と春霞の寒い言動も笑ってやり過ごせそうだ。


「わ、私は……」

「汀妃様。お待ちを」


 急いで、景和が間に入ってくれたが、彼女はさっと横に片手を出すことで、彼の口を封じてしまった。ともかく、跪拝するしかないと、正妃と向き直った青波は跪いて、正妃を視界に入れないよう努めた。


「聞いたわ。お堅い学司が下賤な者の巣窟から、女を攫ったとか? ふふっ。お前のことよね? 肥溜にいるような汚い女。そんな女が、わたくし達も出入りをする、学司の部屋にいること自体、噴飯ものだわ」

「いや、しかし……。この人は」


 景和は嘘を吐くのが、苦手のようだ。


(まずいな)


 この人などと、青波に一定の敬意を表してしまった。むしろ、正妃と一緒になって下賤な者だと、貶めてくれた方が良かったのかもしれない。

 当然、正妃は何かを察したのだろう。怒りを露わに青波のもとに近づいてきた。


「いけません。汀妃様」


 女官達が止めるも、お構いなしだ。


「……お前」


 汚物に触れるかの如く、正妃は人差し指一本で青波の顔を上向かせた。


「あっ」


 否が応でも、目が合った。

 評判通り、正妃は美人だった。

 肌理の細かい白い肌に、真っ赤に引かれた唇の紅が、際立って似合っている。髪は堆く結い上げ、簪はこれでもかというくらい挿していた。

胸の辺りを寛ろげた刺激的な装いをしている。  ……が、黒い上衣を二重に羽織っているあたりは、不思議と地味に感じられた。


「あの、私は」


 とりあえず、名乗るのが筋だと、口を開いたものの……。短気な正妃は、それすら制した。


「分かっているわ。お前が後宮の幻華だってことは」

「はい?」


 いきなり、とんでもない発言を繰り出してきた。思わず、青波は春霞を捜したが、正妃の蛇のような目に阻まれてしまい、硬直するしかなかった。


「いくら捜しても、お前に会えなかったから。今日は会えて良かったわ。想像以上に醜くて。陛下も何でこんな汚い娘を、後宮内に隠していらしたのか。……気持ち悪い」


 正妃は本当に気持ち悪そうに、顔を顰めて、女官達と共に、その場から去ってしまった。――まるで、嵐だ。


「一体、何がしたいたんだ。あの妃は」


 我に返った景和は、妃が踏み散らかした書物を溜息混じりに拾い上げた。

 ――しかし。

 青波は時間を経ても、今の正妃の立居振舞いが頭から離れなかった。

 違和感を覚えてしまった。


「まさか……」


 青波のぽつりと零した独り言に、景和は首を傾げながら反応した。


「どうしたのですか?」

「……陛下のせいですよ。全部」


 ――正妃のこと。

 すべての情報を繋ぎ合わせてみれば、自ずと真実が見えてくる。

 景和の背後にいる春霞に、青波は涙目で訴えた。

 ――嘘つき……。

 彼に対する青波の信頼感は、すっかり崩れてしまった。

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