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天空への部屋  作者: 絵里
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始まりの記憶から

私は空を愛している。

今も。この想いが変わる日は来ないだろうと、そう思えるほどに。

空は身近にあるようで傍にはいない、そんな存在だ。

彼方にこそあれど、どこにあるかをはっきり表す言葉を、残念ながら私は持ち合わせていない。

無限を思わせる、そんな空を私と彼は「天空」と呼んだ。

この物語は天空での記憶を彼に捧げる、所謂、追悼の文である。


私は貧しい村に生まれた。かといって家の貧しさはそれほどでもなく、食べるものには困らなかった。

両親は私に「サーシャ」という名を授けた。

この名に意味があるのかは分からない。実際、私の人生においてこの名はありきたりなものであり、特別さを放つものではなかった。かといって不便を感じることもなかった。

私は両親の下で健やかに、順調に成長した。両親は博識で、母は農学の、父は医学の知識で村を支える立場にあった。

そんな両親に生まれた私は教育を十分に受けることができ、およそ両親の満足のいくほどの才をふるまえるほどになった。

しかして、村には学校がなかった。ゆえに幼児教育は私の仕事になり、古い集会場が私の教壇になった。人にものを教えるのは、両親の血が関係しているのか、それ程苦ではなかった。子供は今でも好きだ。揺らぐこともあったが、総じて私の人生にとっての大切な調味料であることには間違いない。

そんなこんなで私の生活は充実していた。それでも農作業のための起床から身体のための就寝と、私の体と心は私のための物ではなかった。しかし、両親の役に立つことが目的であった私は満足していたし、苦痛を感じ逃げ出したくなることもなかった。私には娯楽があった。

私の住む世界には幻想種も魔法族もいないし、特別な能力も存在しない。常識であり、疑うことすら無駄だろう。そう思っていた私は、そこに住む人々と同じだあった。同じである、というのは、同じ思考を持っていたということなのだろう。

私の人生のきっかけであり、絵具であり、そして入口であった。今思えば、娯楽とは呼べないが、当時の私は非現実との遭遇であり、夢のようなものであった。村のはずれの話である。

自然に愛されていた私の村は、四方を森に囲まれて孤立していた。他の村との交易は十日にあるかないかといったところで、よそ者は村にとっては情報源の全てであり、世界との唯一のパスであった。おかしな話であるが、私の村から他の村に出ようとするものは聞いたことがない。

世界はすごいらしい。私の知識では説明できないものが話から湧き出す。よそ者との話は村の者全員にとっての娯楽であり、同時に呪いでもあった。今思うと、そうとしか思えない。

私の娯楽はよそ者の話ではなく、よそ者の足跡が導く村のはずれにあった。

村のはずれには道などない。うっそうとした高木が見下ろすばかりの樹海である。故によそ者は目印をつけてやって来る。その目印を探すのが私の娯楽であり、一歩でも間違えれば無限の迷宮に入るその緊迫感が私の心に大きな快感をもたらした。

しょうもないだろう。所詮はその程度の娯楽しかなかったのである。


私が15の時である。

恒例の娯楽にも飽き始めていた。私はある夜、よそ者も村の者と同様に床に入った深夜に行動を開始した。夜の森はもう何度も入っているので特に特別なことはなく、厚着をしてランプを持ち、少し冷える夜の村を横断して森へ向かった。そろそろ別の趣味を探すかな、そう思い始めたサーシャは今日は深く入って思い出の最後の一夜にしようと決心した。

「止まれ」

そう言われてはっとする。

「止まれ」

顔をあげてみれば、そこには誰もいない。

聞き間違いであった。そう確信して大樹のむき出しの根に腰を下ろした。

「私の声が聞こえているのならば、これより先に進んではならない」

幻聴は流暢に話を進めた。

「これより先に進むのならば、覚悟の灯をともし、その手にある熱の灯を消せ。汝の覚悟が示す道に轍を刻むがよい。」

「あなたはどこにいるの、意地悪しないでお顔を見せて」

「我が言の葉は大地の記憶の欠片である。警告はした。光を閉ざす眼を放つ少女よ、世界の理を知りたくば、天を仰げ。天空の覇者が汝の行き先を示す。鎖に閉ざされた道に戻る少女よ、この場から去るが良い。」

「何を言っているのか全然わからない!あなたはどこにいるの」

立ち上がりつい声を荒げてしまった。

遠くで何かの気配が増えたのか、一気に命が悪寒を告げる。

「ねえ、誰か。誰か。誰か!」

「少女よ、決断の時である。進むか戻るか。自由か柵か。これは汝がここまで歩を進めた報酬である。これは汝がここまで浸入した罰である。」

「助けて、お願いします。私、夜の森で大声を出してしまったの。もう最期かもしれないわ。」

「選択せよ。選択せよ。汝の道は既に開かれている。」

私は気が動転していたのか、それとも腹を決めていたのか。今にして思えば大胆な行動に出た。

「この木を燃やせば、誰かが気付いてくれる!」

ランプの炎はまだ消していない。私は木の燃えやすそうな個所に向かってランプの炎を近づけた。

「燃えない」

「決断の時は過ぎ去った。汝には死あるのみ。我が欠片と共にならん。」

「あなたは何者なの。」

「我が言の葉は大地の記憶な欠片である。汝はいずれ我になり、我はいずれ汝となる。」

「この木を燃やせばあなたは出てくるのかしら!」

「我が言の葉は大地の記憶である。一つの命にあらず。汝よ、この大樹の先に湖がある。行け。さもなくばその身体に獣の牙を。行け。もはや汝には生死の門番のみが待って居よう。」

天空は大樹の枝葉によって覆われ、ランプの炎は息を引き取った。

暗闇である。獣の息は感じられるほどに近いところにある。私は迷った。戻るか、謎の言葉を信じるか。そもそも頭にこれほど響く経験は初めてであった。

「行くしかないじゃない…」

私は水の香りを頼りに、大樹の先へ、森の深淵へ顔を向けた。

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