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ミストリア王国編6


陽が落ち、夜空を幾千もの星々が輝く下で、さすがに大都市の繁華街とばかりに煌々と明かりが灯り、昼間とは違った活気が溢れている。


ヒイラギは、そんな喧騒を横目に繁華街の裏道に入ると迷わず目的の店へと歩いて行く。


辿り着いた先は、路地裏の名店のような雰囲気を醸し出したバーで、バーと言う看板以外には店名は無く、窓も無いので中も見えない。



「いらっしゃいませ、お客様。当店は会員制のバーとなっております。どちらからご紹介されたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」



重厚な扉を開けて中に入ると、正装をした青年が笑顔で問いかけてくる。

声を掛けられながら店を見渡すと、10人程が並んで座れるカウンターに、高級そうなソファにテーブルが10セットほど、その半分程度が人で埋まっていた。



「誰からも紹介はされていないんだけど、会いたい人がいてね。お邪魔させて貰えないかな?」


「お客様、大変申し訳ございません。ご紹介の無い方はご遠慮させて頂いております」



笑顔のままで青年は、言いながら頭を下げる。

ヒイラギの見た目は30過ぎ、マントを羽織っているとはいえ贔屓目に見ても見た目はお金持ちにも見えない正装もしていない初期装備、それでも態度を変えない青年に好感も持てるし、教育が行き届いている証拠でもある。



「ならカナメくんに、ヒイラギ・アオイが会いに来たと伝えてくれないか?」



青年の表情が一瞬で変わる、が誰もいない背後から青年に声が掛けられた。



「その人を私の部屋に案内してくれ」


「了解致しました。お客様、大変申し訳ございませんでした。今からご案内させて頂きますので、こちらにどうぞ」



振り返ることもせずに青年は笑顔に戻ると、ヒイラギをカウンター横の階段を登り2階へ案内すると、奥の部屋の前で止まりノックをする。



「お客様をお連れ致しました」


「いやいや、お連れしましたも何も一緒に入って驚かそうとでも思ってるの?」



ヒイラギはそう言って誰もいない青年の後ろに視線を向ける。



「まさかあのワールドランキング1位、本物の【暴虐者】に会えるとは思っても見ませんでした」



姿を現したのは探していたカナメ・ササキだ。

気配を消して本物かどうか見定めていたのだろう。



「はぁ、【暴虐者】ねぇ、俺からは1度たりとも仕掛けた事はないんだけど、困るよね」



実際【リアルワールド】時代にヒイラギは【暴虐者】などと言う二つ名を付けられていたが、ヒイラギからは1度たりとも仕掛けた事は無かった。

名声を欲する者、嫉妬する者、従えようとした者、お金や貴重なアイテムを強奪しようとした者、そして理不尽を突き付ける者、それら来る者を追い払った結果、付いた二つ名が【暴虐者】だった。

ヒイラギが言うように自分から仕掛けてはいないが、追い払う時に徹底的に潰したからなのだが。



「私の鑑定でも探れないし、その全ての指に嵌めた指輪に、威圧感の無い可もなく不可もない顔、間違いなくヒイラギさんですね」


「それ悪口だからな?」



【リアルワールド】は、公式、企業、個人と様々な形でネット配信され、その姿は高ランカーほど晒される事になる。

晒される分を補って余りある恩恵も享受できるのだが、ヒイラギは当時【リアルワールド】に依存し引きこもっていたので、現実世界でのデメリットはほぼ無かったに等しいのだが。


そんな会話をしながら部屋に案内されると、先程の青年がお酒を持ってきて退室するとソファに座りながら会話を再開する。



「なぜここへ?って聞くのは野暮なんでしょうね。協力しないって言ったらどうしますか?」


「別に何も。協力してくれれば色々助かるからありがたいけど、無理矢理協力させるつもりはないよ」



お互いにグラスに入った酒を一口飲む。



「ただし、俺の邪魔をしたり、俺の周りに何かするような場合には誰であろうと潰すよ?」



別に魔力を放った訳でも、まして殺気を放った訳でもないが、場の空気が一瞬で凍り付いた。



「初めに謝罪します。商業ギルドの件が気になってヒイラギさんだとは知らずに独自に動いていました、すみません」



商会を立ち上げた後から数人がヒイラギ達を監視していたのだが、殺気などは感じなかったので放置していた。

ただ、カナメが立ち上げた組織だとまでは分からなかったが、神眼を使った時に何人かが「月光」所属の元【リアルワールド】プレイヤーだったので、興味が湧いて逆に話し合いで協力関係を築けないかと探り返してここに足を運んだ訳だ。



「俺としては優秀な諜報組織にさっき言ったように今後色々と協力して貰えるとありがたいんだけど、どう?」


「ヒイラギさんなら例えこの世界であっても望めば大抵の物は手に入るし、悠々自適にこの世界を生きる事も可能だと思いますが、わざわざ商会を立ち上げたり、私に接触したり、その目的をお聞きしても?」



そうなるよなぁ、と思いながらカナメを見ると、真剣な眼差しをヒイラギに向けていた。

前の世界も、【リアルワールド】の世界も、そしてこの世界も知り得る仲間が増えるのは今後に大きく影響するし、全てを知る彼になら別に隠し事をする意味も無いと結論を出した。



「悠々自適に新しく貰った人生を送りたいとこなんだけどね、管理者さんからさ、世界を救えとは言わないからできれば崩れたバランスくらいは何とかして欲しいって頼まれてね。俺はさ、今まで余り人に関わって来なかった分、この世界では普通に幸せになって悠々自適に謳歌したい、ただその為には結局俺達が来たことで崩れたバランスを多少なりとも戻さないと手に入れにくいだろうから、少し世直ししようかな、と」


「世界でも取るつもりですか?」


「ないない、そんな力があるとも思ってもないけど、世界を手に入れたいとも、王になりたいとか勇者になりたいとかも全くない。前の世界じゃさ、ブラック企業で社畜して、人生のレールから外れて【リアルワールド】にどっぷりハマって。だからさ、この世界では普通に彼女見つけて、普通に結婚して、普通に子供作って、本当にそんな当たり前の幸せな人生を送りたいんだよ。正直かなりいい歳でもあるしね」



なぜか微妙な空気が流れている気配を感じて、ヒイラギは苦笑しながら言葉を付け加えた。



「おかしいかい?笑いたきゃ笑ってもいいけど、まぁそれが本音かな」


「いえ、おかしくはないですよ。ただ素直にびっくりはしてますけど」


「まぁだからさ、管理者が望む程度は分からないけど、バランスを戻してさっさと普通の幸せを手に入れたい訳。自分の力を過信なんてしてないし、力だけじゃ足りない事も考えて商会を立ち上げたし、情報網が欲しいからこうやってここにいる。この世界は現実で、地球よりも生命の重さがあり得ないくらいに軽いし、【リアルワールド】と違ってここでは死ねば終わり。だから俺は生きる為にやれる事をやろうと思ったんだよ」



グイッとヒイラギが残ってた酒を飲み干すと、カナメが手を叩く。

先程の青年がヒイラギとカナメのグラスを交換して即座に退室する。



「私は前の世界では公安にいたんです。結構なブラック体質で、上の命令は絶対、汚い事も見てきたし、精神的にも大変でした。それ以外の限られた時間の全てを【リアルワールド】に費やして発散してたんです。だからこの世界に来て少年時代の夢みたいな、男だったら一度は憧れるじゃないですか、正義の味方に。ただね、やっぱりゲームじゃなく現実世界なんですよね。簡単に正義の味方になれるほどこ甘くはないし、理不尽も多いんです」



カナメは苦笑を浮かべながら手に持ったグラスを揺らすと、それをひと口飲み、ソファに背をもたれ掛ける。



「この数年の大きな変動は2つです。始めは大小様々な国々に平均して元【リアルワールド】プレイヤーは散りました。そのうちの7割はその国で生活する事を選び、3割は国を渡り、渡った元プレイヤーが1番流れたのが完全実力主義を掲げるカーバイン帝国です。このカーバイン帝国を中心に軍事力が増大した各国々間で徐々に戦争が増えてきているのが大きな変動の1つ。もう1つは裏組織の増大で、大小合わせると数年で約3倍、元【リアルワールド】プレイヤーから分かってるだけでPK集団を中心に約3万人近い数が流れました。そしてすでに1万人以上の元【リアルワールド】プレイヤーが殺害されています。元々の住人を入れれば被害はその数倍になります。そして私の組織はその裏組織のいくつかには狙われているんです、結構邪魔をしているんで。それでも協力を望みますか?」


「そうだなぁ、正義の味方になりたいなら、俺と手を組むのが最善の手だと思うけど?」


「良いんですか?」


「俺ね、悪意を見抜く神眼を持ってるんだよ。管理者からさ悪意を見極めるのに活用してって。ようするに悪意は潰してくれ、と。だからどの道その裏組織さん達は潰す予定だから問題ないでしょ?て事でさ、よろしく」



何でもない事のように笑顔でヒイラギが手を差し出す。

一瞬だけ間を置いて、その手をカナメが握り返し、これから更にヒイラギの新しい人生の歯車が回り出す事になる。


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