プロローグ2
「立ち話しもなんだなら、座って話そう」
そう少女が言うと、いつの間にか白い小さな丸テーブルと二脚の椅子が目の前に現れていた。
テーブルの上には湯気が出ている淹れたての紅茶が置かれており、仄かな香りが鼻孔をくすぐった。
「管理者自身が管理する星々に直接介入したり、ましてこのように個別に会って話をする事も特例を抜かせば禁止されているんだ」
ヒイラギが席に着いてティーカップを口に運ぶと、少女が話しを再開する。
「今回はその特例であり、君にお願いがあるんだ」
「まぁ流れ的にはそうなるとは予想できるけど」
「実際に亡くなった人数は176万人にもなってな、それだけの人間をこの世界に生き返らせたせいで、この世界自体に色々な影響が出てしまっているんだ」
「影響?」
「そうだ。この世界の全人口から言えば約0.4%程と少なく思えるかも知れないが、今現在そのせいで国力、政治、戦争などあらゆる分野でかなりのバランスが崩れてしまっているんだ」
この世界に俺が来てどう考えてもまだ10分程度しか経っていない事を考えればおかしな話だ。
「待ってくれ、そんな早く影響が出るものなのか?」
「まず説明すると、この世界に合わせて魂を調整する為にタイムラグが発生して、調整が簡単な早い者で3年前にこの世界に来ていてな、調整に時間が掛かった最後が君なんだ」
「俺が最後?」
「そう、君がこの世界に輪廻した魂の最後の1人だ。そして君の前で1年程の間がある」
「マジか…」
「あの【リアルワールド】は地球人が基準になっているだろうが、こちらの住民達は地球人と比べて数倍のステータス差がある。だから調整によってステータス関係はこちらの基準に合わせると表示が【リアルワールド】時の3割ほどになる。だが3割になったからと言ってこの世界の平均値から見れば、地球人としてではなく【リアルワールド】のキャラクターを反映してしまった為にかなり高い数値にはなってしまうんだ。例えばこちらの一般住民の平均レベル帯は成人で10〜15、元地球人達である「リアルワールド」プレイヤーの平均レベル帯は20〜25になる。この平均レベル帯20〜25と言う数字はこの世界のレベル上位30%に該当する。色々なスキルや能力を持った高レベルのこの者達が様々な分野に散らばる事で例え全人口で言えば0.4%に満たないほどの数だと言ってもこの世界に多大な影響が出てしまっているんだ」
「何となく想像は付くけど…」
「当然この世界に違和感なく溶け込めるように簡単な説明をステータスに記載したし、この世界の住民達の認識も調整したのだがな。大多数の地球人はそれぞれにこの世界に馴染むべく生活をし始めたんだが、やはり悪意ある者はどこにでもいるのだ。いや正直に言えば悪意を持った者が多過ぎた」
「そうだろうな。【リアルワールド】内でも沢山いたし、過分な力を現実世界で使えるなら多少の善人も欲に呑まれる事もあるだろうし、そもそもこの世界にだって悪人はいるだろ」
「その通りこの世界の悪意と結託する者、裏で暗躍する者、国を乗っ取ろうとする者、そしてこの世界の住人や同じ地球人を狙って殺戮する者すら出ている」
「ここは【リアルワールド】のゲーム内じゃないからな、ペナルティも無いなら高レベルの元地球人を殺してレベルを上げたいやつもいるだろうし、何よりPK集団の悪意はこの世界だとより大きくなるんだろうな」
「賢くて助かる。その結果この3年で急速に世界のバランスが変わってしまっているのだ。正直に私の勘違いによる失敗が原因だが私が直接介入する事はできない。だから君に都合良くこの世界を救って欲しいとまでは言わないが、多大な悪意からこの世界を守りバランスを取って貰いたい」
「バランスかぁ、俺がもしこの世界を悪意側でどうにかしようとしたらどうするんだ?」
「私は管理者だ。君の魂は最後まで隅々まで見て調整したからな。どう転んでも悪意側に転ぶ事は無いと断言できる」
「あー、そうゆう事か…。でも俺は完全な善人でも無いと思うけど?」
「そもそも完全な善人なんていないだろう?私は私の目利きに自信があるし、君の自由にしていいさ。それに何もタダでとは言わん。私にできる事は限られているが2つほど報酬を用意した。1つはレアスキルの神眼、これはスキルが使えない君でも特例で使えるスキルだ。これでどんな妨害があっても相手のステータスを見る事できる。これで悪意あるもの達を判別して欲しい」
「神眼の効果をもう少し詳しく説明してくれ」
「分かった。残念ながら神眼自体に攻撃するような効果は一切無い。ただし魔眼や鑑定などの見るスキルの最上位スキルで、意識するだけであらゆるものの詳細な鑑定が可能であり、見ることも善悪も確認できる。それと幻覚、幻惑の効果を打ち消す事もできる」
攻撃効果が無いのは残念だが、戦闘から生活などあらゆる場面で補助してくれるスキルと思えばこの世界で生き残る為には破格なスキルだろう。
そもそもスキルが使えないヒイラギにしてみれば、使えるスキルがあるだけで破格になるのだが。
「少し思っていたのとは違うけど大体理解した。で、もう1つは?」
「君がこの世界で寿命を全うした時、君の意識を残したまま君の要望を聞いた上で輪廻させよう。これが私に出来る最大の報酬になる」
冷めてしまった紅茶に口を付けて、少しだけ考えてみるが俺の答えは聞いた初めから変わらなかった。
「まぁ引き受けるよ。俺に取ればこの世界は望みが叶った形だし、お礼みたいなもんだよ。それにそんな期待される事なんて今までの人生で1度も無かったし、昔からやりたい事もあったから頑張ってみるよ」
「そう言って貰えると非常にありがたいし、助かる。今の君はハンターギルド所属のハンターとして存在している。ギルド自体は国と協力体制はあるが独立している組織と思ってくれていいし、どこの国のどのギルドでも身分を簡単に得られるようにしただけだからハンターギルドを抜けるのも国を渡るのも自由だ。ただし、今いるこの地、ミストリア王国の王リオネル・ミストリアは歴代の王の中でも賢王として名高い人物でな、このミストリア王国を起点に活動する事を勧める」
「この世界は【リアルワールド】に似てはいるが全くの別世界なんだろ?とりあえずミストリア王国に滞在しながら自分の目で見てゆっくり決めていくよ」
「よろしく頼む。ちなみにお前のハンターランクはCだ。今のステータスを反映しているからな」
「あ、もしかしてこの指輪のせい?」
ヒイラギが両手を広げ、左薬指以外の指に付けている指輪に目を落とした。
「そうだ、調整段階でその指輪を付けた状態のステータスだったからな」
付けている指輪は全て同じ物で、マジックアイテムだった。
魔力を抑える効果しかない単純なマジックアイテムだがその分強力で、ヒイラギは膨大な魔力を無駄に使用しない為に普段は抑え、必要に応じて解放していた。
全ての指に指輪が付いている今の状態は、即ち本来の1割程度に抑えられている。
「まぁ必要ならランクは地道に上げれば良いし、ずっとハンターなのかも分からないないし、今は別にランクはどうでもいいかな」
「今は縛られた状態でも無いし、しがらみも無いから自分で判断してくれていい。お前が持つアイテムボックスは【リアルワールド】ではレベルによる拡張機能が付いたシステムだったが、こちらの世界基準ではスキルに該当するからスキルの使えない君の為に特殊な魔道具としてスキルのように使えるよう調整した。こちらではかなりレアな収納容量レベルだし、持っていたアイテムやお金もこちら用に調整してあるから戦闘面や生活面に関してはしばらく困らないだろう」
「そっか、それならまず王都に行ってみるか」
「それがいい。ちなみに本来なら高レベルの鑑定系のスキルでも無いとステータスの詳細は見れない。基本的には国か各ギルドから支給されるステータスカードが基本になるから覚えておいてくれ。ステータスカードは身分証にもなるし、アイテムボックスの中に入ってるから街や都市に入る時に使うといい。ちなみに君のステータスカードは神眼によって自動で隠蔽するようにしてあるから、レベルや職業など調整されて表記されている。忘れないでくれ」
そう言って管理者の少女が立ち上がると、改めてヒイラギの顔を真剣に見つめる。
「今後は立場上頻繁に君と接触はできない。大変な事を頼んだ自覚はあるのだが、本当によろしく頼む」
そう言いながら頭を下げると、ゆっくりと消えていった。
しばらく南に行けば王都アイギスだ、と言葉を残して。
これから俺の第2の人生が始まる。
せっかくの新しい人生なら、自分をとことん貫いて生きてみたい。
理不尽に屈せず、偽善だろうが何だろうが以前とは違ってやりたい様に生きてみたい。
おっさんだろうが、この世界では後悔だけはしないようにそうやって生きよう。
そんな風に心で誓って、南に歩き出した。